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時の帝に寵愛された更衣は、壺庭に桐が植えられていたので、桐壷の更衣と呼ばれ、帝も桐壷帝と呼ばれて、巻名になっている。
源氏は、空蝉の寝所に忍び込むが、空蝉は察知して、中将女房の局に泊まって、難を逃れた。その夜。相聞の歌を交換したのが巻名の由来です。帚木は信濃国、伊奈郡、園原の伏屋という所にあった箒を逆さにしたような木で、遠くからは見えるが、近づくと見えなくなるという。
帚木の心を知らで園原の道にあやなく惑ひぬるかな (源氏) (2.12)
歌意 近づけば消える帚木のようなあなたの心も知らず園原に来てすっかり道に迷ってしまった
数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さにあるにもあらず消ゆる帚木 (空蝉) (2.12)
貧しい伏屋に生まれた卑しい身ですので居たたまれずに帚木のように消えるのです
源氏は、空蝉が脱ぎ捨てた小袿を持ち帰り空しく見るのだった。
空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな (源氏)(3.5)
歌意 蝉が脱皮して木の下に残した脱け殻をなつかしんでいる
空蝉の羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな (空蝉) (3.5)
歌意 空蝉の羽に置く露が見えないように人目に隠れて泣いております
源氏は、乳母の病気見舞いに立ち寄った、隣家の籬に咲いたを花を一輪乞うと、童女が扇子にのせ歌を添えて持ってきた。
心あてにそれかとぞ見る白露の光そえたる夕顔の花 (夕顔)(4.1)
歌意 源氏の君かと推定します、白露をおいた夕顔の花のようなひときわ美しい御方は
寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔 (源氏)(4.1)
歌意 近くに寄ってはっきりご覧になったらどうですかたそがれ時にぼんやり見えた夕顔の花を
源氏は、北山のある僧都の草庵で、美しい女子を発見した。
手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草 (源氏)(5.11)
歌意 この手に摘んで早く見てみたい、藤壺の紫にゆかりの野辺の少女を
荒れた邸にひっそり暮らしている、亡き常陸宮の姫君のことを聞いて、訪問を重ねたある雪の朝、姫の容貌を見て驚く。鼻が異常に大きく長くて赤い。巻名は自邸に帰ってから、書きすさんだ源氏の歌による。
なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖に触れけむ (源氏)(6.9)結局源氏は、宮家の貧しい暮らしぶりに同情し、姫君を援助する。末摘花は、紅花の異名。
歌意 心ひかれる人でもないのにどうしてこの赤い鼻の女を相手にしたのやら。
巻名「紅葉賀」は本文中には見えないが、次の花宴の巻で作者が朱雀院の行幸を「御紅葉の賀」と呼んでいる。巻名となる歌なし。
秋の紅葉賀に続き、南殿の春の桜の宴が開かれる。巻名となる歌なし。
葵祭の当日源氏は紫の上と同乗し、見物にでかける。源典侍が来ていて歌の相聞になった。源氏はいい席を譲ってもらう。
はかなしや人のかざせる葵ゆゑ神の許しの今日を待ちける (源典侍) (9.3)
歌意 残念ですこといい女がお隣で葵をかざしているのに男女の逢瀬を神も許される祭りを楽しみに待っていたとは
かざしける心ぞあだにおもほゆる八十氏人になべて逢ふ日を (源氏)(9.3)
歌意 葵をかざして待っているあなたは誰彼なしになびく浮気者ですね
源氏は、伊勢へ行く六条御息所のいる仮宮を訪れ、変わらぬ気持ちを示すため、榊を手折って、禁制の神垣を超えて来ましたと言って差し出す。
神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ (六条御息所) (10.2)
歌意 こちらの神垣には目印の杉もありませんのに榊を折って何をまちがって来られたのですか
少女子があたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ (源氏) (10.2)
歌意 この辺りに神の乙女子がいると思って榊の香をなつかしんで折ってきたのです。
故桐壷院の麗景殿の女御が妹の花散る里と住んでいる邸を訪ねる。
橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ (源氏) (11.3)
歌意 昔を思い出す橘の香をなつかしんで橘の花散る里に時鳥がやって来ました。
須磨がこの巻の舞台である。それを巻名とした。
明石がこの巻の舞台である。それを巻名とした。
源氏は復権し、願果たしのため、住吉神社を詣でる。控え目にしたが、源氏の圧倒的な盛儀に、例年のとおり、住吉詣でにきていた明石の君はあまりの身分の違いに圧倒される。源氏はそれを知って、歌を贈る。明石の君と相聞の歌。
みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな (源氏) (14.17)
歌意 身を尽くして恋うている証しに澪標のあるここでめぐり会えるとは深い縁ですね
数ならで難波のこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ (明石の君) (14.17)この段にふかくかかわる次の古歌をあげる人もいる
歌意 人数にも入らないこんな甲斐ないわたしがどうして身を尽くしてあなたをお慕いしたのでしょう
わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ
歌意 これほど悩むのならもうどうなっても同じことこの身を尽くしても逢いたいと思う
たまたま通った末摘花の邸が荒れ果てて蓬生が生えていることから巻名になったもの。須磨明石に蟄居していて、源氏は援助を忘れていた。
舞台となった逢坂の関の関屋からとったもの。歌はない。
巻名は内裏で絵合わせが行われたことによるもの。歌はない。
明石の君の母尼の歌。入道と別れ、明石から娘・孫と三人で上京し、大井の山荘に落ち着くが、
身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く(明石の尼君) (18.7)
歌意 尼姿になり入道と別れひとり山里に帰ってきたら明石の浦と同じような松風が吹いている。
藤壺が亡くなり、源氏が念誦堂に籠って悲しんでいるときの歌から取っている。
(源氏)「入り日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがえる」(19.13)
歌意 入り日さす峰にたなびく薄雲は悲しみにくれるわたしの袖の色のようだ。
註)悲嘆が極まると血の涙が出るといわれた。
斎院の朝顔の君は、父宮の死去で自邸の桃園に移った。源氏はさっそく訪問するが、姫は源氏になびかない。朝顔の君との相聞。
見し折のつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ (源氏)(20.3)
そのむかし見た朝顔の忘れられない美しさ その花の盛りは過ぎたのでしょうか
秋果てて霧の籬にむすぼほれ あるかなきかに移る朝顔 (朝顔の君)(20.3)
歌意 秋も終わり霧がおりる垣根にからまって人知れず咲く朝顔のようなわたしです
五節の舞姫の時季になった。源氏は昔をしのび筑紫の五節の君に歌を贈り、夕霧は舞姫に選ばれた惟光の娘の美しさに惹かれる。
乙女子も神さびぬらし天つ袖古き世の友よはひ経ぬれば (源氏)(21.26)
歌意 昔乙女だったあなたも神さびて年をとったことだろう その頃の友のわたしも年をとりましたので
かけて言へば今日のこととぞ思ほゆる日蔭の霜の袖にとけしも (筑紫の五節)(21.26)
歌意 五節の舞姫にちなんで申し上げれば、まるで今日のことのように思い出します 日陰のかずらをかざして舞ったむかしを
日影にもしるかりけめや少女子が天の羽袖にかけし心は (夕霧)(21.27)
歌意 日の光にも分かるでしょう 乙女が天の羽衣の袖をふって舞った姿にわたくしは思いをはせています
源氏は引き取った姫の美しさによろこんだ。玉鬘の呼称も巻名も源氏の歌による。
恋ひわたる身はそれなれど玉かづらいかなる筋を尋ね来つらむ (源氏) (22.26)
歌意 亡き夕顔を慕う気持ちは変わらないが、 この美しい髪の娘はどんな縁でわたしの処に来たのだろう
(註)玉はかづらの美称。かづらは、髪にさす花・枝・飾り。地髪が短いときつかうそえ髪。
新年は源氏は女君たちに挨拶にまわる。そこで明石の君の処に行く。母の思いにあわれを感じ、源氏が仲を取って、娘と相聞になる。
年月を松にひかれて経る人に今日鴬の初音聞かせよ (明石の君) (23.2)
歌意 長の年月対面を待っているわたしにせめて鶯の初音を聞かせて下さい
ひき別れ年は経れども鴬の巣立ちし松の根を忘れめや (明石の姫君)(23.2)
歌意 お別れしてから母上にお会いしていませんが、どうして巣立った所を忘れられましょうか
紫の上と中宮の歌の相聞。春秋の優劣を競う。
花園の胡蝶をさへや下草に秋待つ虫はうとく見るらむ (紫の上) (24.5)
歌意 春の花園に美しく舞う胡蝶でさえも、下草で秋を待つ松虫はお嫌いでしょう
胡蝶にも誘はれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば (秋好中宮) (24.5)
歌意 胡蝶に誘われてそちらに行きたい幾重にも山吹が隔てなければ
源氏は兵部卿を招いて、玉鬘に向かって蛍を放ちその明かりで玉鬘を見せようとする。その時の相聞。
鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆるものかは (蛍兵部卿) (25.5)
歌意 鳴く声も聞こえない蛍ですら人がその明かり消そうとしても消えないのにわたしの恋心をどうして消せるだろう
声はせで身をのみ焦がす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ (玉鬘) (25.5)
声には出さず身を焦がして明かりを灯している蛍こそ口に出す人より思いは勝っているのでしょう
源氏と養女として引き取った玉鬘の相聞。
撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人や尋ねむ (源氏) (26.5)
歌意 なでしこのような美しいあなたを見たらきっと母上を尋ねたくなるでしょう
山賤の垣ほに生ひし撫子のもとの根ざしを誰れか尋ねむ (玉鬘) (26.5)
歌意 山賤の垣根に生いた撫子のその母のことなど誰が尋ねてくれましょうか
(註)常夏は「なでしこ」の古名です。
篝火をたいて源氏と玉鬘の相聞。
篝火にたちそふ恋の煙こそ世には絶えせぬ炎なりけれ (源氏) (27.2)
歌意 篝火に立ち上る煙こそ消えることのないわたしの恋の思いです
行方なき空に消ちてよ篝火のたよりにたぐふ煙とならば (玉鬘) (27.2)
歌意 立ちのぼった空で消してください あなたの思いが篝火の煙なら
野分が来たことが記述されるので、それを巻名にする。歌は特にない。
冷泉帝への入内を、玉鬘は決めかねている。冷泉帝の行幸を見て、翌日に源氏と相聞。源氏がどうでしたかと問う。
うちきらし朝ぐもりせし行幸には さやかに空の光やは見し (玉鬘)(29.4)
歌意 霧が深く立ち込め朝曇りしてましたので、行幸の場では、はっきりと帝を見えませんでした。
あかねさす光は空に曇らぬをなどて行幸に目をきらしけむ (源氏)(29.4)
歌意 あかねさす光のような、美しい帝のお姿は輝いておりましたのに、どうしてあなたはあの行幸の場で目を霞ませてしまったのですか。
血筋がつながってないと知った夕霧は、源氏の使いで玉鬘の処に行くと、藤袴を御簾の下からさし入れて、恋心を伝える。そのときの相聞。
同じ野の露にやつるる藤袴あはれはかけよかことばかりも (夕霧)(30.4)
歌意 同じ野の紫のゆかりでしおれている藤袴ですほんのひと言でもやさしい言葉をかけてください
尋ぬるにはるけき野辺の露ならば薄紫やかことならまし (玉鬘)(30.4)
歌意 尋ねてもはるかに広い野辺の露であるならば薄紫のゆかりもほんの口実でしょう
(註) 藤袴は欄の古名です。
髭黒と北の方が離婚して、母の実家に帰るときの娘の真木柱と北の方の歌による。
今はとて宿かれぬとも馴れ来つる真木の柱はわれを忘るな (真木柱)(31.14)
歌意 今はもうこの家を去ってしまっても、真木の柱はわたしを忘れないでおくれ
馴れきとは思ひ出づとも何により立ちとまるべき真木の柱ぞ (北の方)(31.14)
歌意 なれ親しんだ真木柱は思い出してくれても、わたしたちは何でこの邸にとどまることができましょう
六条院での薫物比べの後、宴が行われ、柏木の弟の弁の少将が催馬楽の「梅が枝」を謡って興をそえた。特定の歌はない。
恋仲の夕霧と雲居の雁は長いあいだ一緒になれないでいたが、内大臣は夕霧を藤の花の宴に招いて、「藤の裏葉の」とこの歌を誦して二人の仲を許すのだった。歌は『後選集』読み人しらずから。
春日さす藤の裏葉のうらとけて君し思はば我も頼まむ (『後撰集』 読み人知らず)(33.5)
歌意 藤が裏葉を見せるようにあなたが心を開いてくれるならわたしも信頼しましょう。
子供を連れて、玉鬘は源氏の四十の賀に若菜を献じた。その時の源氏の歌。
小松原末の齢に引かれてや野辺の若菜も年を摘むべき (源氏)(34.28)
歌意 行く末永い幼子にあやかって野辺の若菜も長生きするだろう
柏木亡き後、友として遺言めいた言葉もあり、夕霧は一条邸を尋ねる。そこで柏木の北の方の落葉の君に誘いの歌。
ことならば馴らしの枝にならさなむ葉守の神の許しありきと (夕霧)(36.24)
歌意 できるなら連理の枝になりたいものです 葉守の神のゆるしがありましたということで
柏木に葉守の神はまさずとも人ならすべき宿の梢か (落葉の君) (36.24)
歌意 主人となる葉守の神は居ないのに人を泊めていいものでしょうか
柏木の一周忌も終え、夕霧は一条邸を訪ねる。その時御息所から、柏木ゆかりの笛を贈られる。その笛を試みに吹くと、
露しげきむぐらの宿にいにしへの秋に変はらぬ虫の声かな (一条御息所) (37.7)
歌意 涙にくれて暮らすこの荒れ家に、秋の虫の音と一緒にようこそお出でくださいました
横笛の調べはことに変はらぬをむなしくなりし音こそ尽きせね (夕霧) (37.7)
歌意 横笛の調べは昔と変わりませんが、亡き人の笛の音は尽きずに思いに残るでしょう
源氏は鈴虫を庭前に放って秋を楽しむ。源氏と女三宮の相聞。
おほかたの秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき鈴虫の声 (女三宮) (38.6)
歌意 おおかたの秋は憂しと知りましたが鈴虫の声は捨てがたいですね
註 秋=飽(あ)くを掛ける
心もて草の宿りを厭へどもなほ鈴虫の声ぞふりせぬ (源氏) (38.6)
あなたは自らこの世を厭って捨てましたがまだとても美しい鈴虫の声ですね
夕霧が小野山荘を訪れ、霧で帰れないと落葉の君に詠いかけ、宮がそれに答える。
山里のあはれを添ふる夕霧に立ち出でむそらもなきここちして (夕霧) (39.4)
歌意 山里のあわれをさそう夕霧が立ち込めて帰る気になれません
山賤の籬をこめて立つ霧も心そらなる人はとどめず (落葉の君) (39.4)
歌意 山賤の籬に立ち込める霧も心がそらの人が出立するのは止めないでしょう
自ら催した法華経千部供養の法会が終わって、皆帰ろうとするとき、永遠の別れを惜しむかのように、紫の上が花散る里に詠いかけ、花散る里が返す。
絶えぬべき御法ながらぞ頼まるる世々にとむすぶ中の契りを (紫の上) (40.4)
歌意 これがわたしの最後の法会でしょうが、この結縁によって正々世々結ばれたあなたとのご縁を信頼します
結びおく契りは絶えじおほかたののこりすくなき御法なりとも (花散る里) (40.4)
歌意 すばらしい法会で結ばれたわたしたちの格別なご縁は後の世まで絶えることはないでしょう、大方の人には残り少ない縁であっても
源氏の歌。神無月の時雨れ時、紫の上を亡くし、夕暮れの空にも心細く涙にくれる。
大空をかよふ幻夢にだに見えこぬ魂の行方たづねよ (源氏) (41.14)
歌意 大空を飛び交う幻術士よ、夢にも現れぬ亡き人の魂の行方を捜してくれ
巻名はこの巻の主人公の呼び名に由来する。匂宮は薫とともに以降の主人公。
紅梅大納言(柏木の弟)が右大臣家のあとを継ぎ、庭前に美しく咲く紅梅の一枝をつけて、自分の娘たちに匂宮の気を惹こうとして、匂宮に和歌を送ったことによる。これによりこの巻は大納言とともに紅梅と呼ばれる。
心ありて風の匂はす園の梅にまづ鴬の訪はずやあるべき (紅梅大納言) (43.5)
歌意 そのつもりで梅の香を風が運んでいるのに鶯が訪れないことはないでしょう
催馬楽「竹河」を歌った時の歌の応答。藤侍従は玉鬘の三男。
竹河のはしうちいでし一節に深き心の底は知りきや (薫)(44.8)
歌意 竹河を謡いましたあの文句の一端に、大君を慕う私の深い心の内はお分かりくださいましたでしょうか
竹河に夜を更かさじといそぎしもいかなる節を思ひおかまし (藤侍従)(44.8)
歌意 竹河を謡って饗応が浅いと早く帰られたのは どういうおつもりだったのでしょう
歌は薫と八宮の大君の相聞。
橋姫の心をくみて高瀬さす棹のしづくに袖ぞ濡れぬる (薫)(45.16)
歌意 姫君のさびしいお心のうちを思って、棹させば涙があふれて袖が濡れそぼちます
註 橋姫は宇治川にかかる橋の守護神。
さしかへる宇治の川をさ朝夕のしづくや袖を朽し果つらむ (大君)(45.16)
棹さして行き来する渡し守は朝夕袖を濡らして朽ちさせていることでしょう
薫は亡くなった八宮の居間に入って、
立ち寄らむ蔭とたのみし椎が本むなしき床になりにけるかな (薫)(46.24)
歌意 出家のあかつきは寄るべき蔭ともお頼り申していた宮は亡くなり、その御座所は、空しく床となっいる。
薫は八宮の一周忌で宇治へ行く。姫君たちは八宮の法要の準備で総角を結ったりしている。薫と大君の相聞。
あげまきに長き契りを結びこめ同じ所に縒りも会はなむ (薫)(47.2)
歌意 あげまきのように長い契りを結んで君と一緒になりたいものです
ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に長き契りをいかが結ばむ (大君)(47.2)
歌意 涙にくれるわたしの玉の緒ですこのもろい命にどうして長い契りが結べましょう
年が改まり、山寺の阿闍梨から新春の蕨・土筆が贈られてきた。阿闍梨の歌に中君が応じる。
君にとてあまたの春を摘みしかば常を忘れぬ初蕨なり(阿闍梨)(48.1)
歌意 亡き宮に長年お摘みしてきた初蕨です。いつも通り献上いたします
この春はたれにか見せむ亡き人のかたみに摘める峰の早蕨 (中の君)(48.1)
歌意 この春は父も亡く姉もなく、誰にお見せしたらよろしいのか亡き父の形見に摘んでくださった峰の早蕨
薫は、弁尼と昔話をして、歌を唱和す。
やどりきと思ひいでずは木のもとの旅寝もいかにさびしからまし (薫)(49.44)
歌意 昔ここに泊まった思い出がなかったら 深山木のしたの旅寝はどんなに寂しかろう
荒れ果つる朽木のもとをやどりきと思ひおきけるほどの悲しさ (弁尼)(49.44)
歌意 荒れ果てた朽木のもとに昔泊まったことを覚えていてくださり亡き姫君を思い出してとても悲しいです。
匂宮の来訪を避けて仮の宿(東屋)に移った浮舟を薫が尋ねる。雨のなか、待たされた薫が詠んだ歌。
さしとむるむぐらやしげき東屋のあまりほどふる雨そそぎかな (薫)(50.37)
歌意 むぐらが生い茂って戸を閉ざす東屋の外で長く待たされて雨に濡れてしまった
匂宮は薫と偽って宇治の浮舟の部屋に入って契り、翌日は向う岸にわたり逢瀬は二日間に及んだ。橘の小島という所で棹とめて、小舟の中の相聞。
年経とも変はらむものか橘の小島の崎に契る心は (匂宮)(51.24)
歌意 小島の崎の橘に誓って年を経ても心変わりは致しません
橘の小島の色はかはらじをこの浮舟ぞゆくへ知られぬ (浮舟)(51.24)
歌意 お約束されたお気持ちは変わらないでしょうけれど、この浮舟のようなわが身はどこへ行くのでしょう
薫は物思う。八宮姉妹の運命のはかなさを思い、悲しい結果に終わったその縁を思い、失踪した浮舟を思い、夕暮れに蜻蛉のはかなげに飛ぶのを見て感慨にふける。
ありと見て手にはとられず見ればまた行方も知らず消えし蜻蛉 (薫)(52.42)
歌意 いると思って手を出すといなくなる また見ると行方が分からなくなり消えてしまう蜻蛉
浮舟は意識をとりもどし、鬱々として日を過ごしていた。手習いに歌を書きつける。
身を投げし涙の川の早き瀬をしがらみかけて誰れか止めし (浮舟)(53.14)
歌意 悲しみで、身投げした早瀬に柵を作って誰が救ってくれたのでしょう
巻名はおそらく作者の造語で本文中にはない。『奥入』に引く古歌を下に挙げておく。 『夢の浮橋の』の巻名の由来は何か(増淵勝一)
世の中は夢の渡りの浮橋かうちわたりつつものをこそ思え (奥入 出典不明)
歌意 男女の仲は夢の中の浮橋のようなもの不安定に揺れて物思いが絶えない
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