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原文 | 現代文 |
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27.1 近江君の世間の噂 | |
このごろ、世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、ことに触れつつ言ひ散らすを、源氏の大臣聞こしめして、
「ともあれ、かくもあれ、人見るまじくて籠もりゐたらむ女子を、なほざりのかことにても、さばかりにものめかし出でて、かく、人に見せ、言ひ伝へらるるこそ、心得ぬことなれ。いと際々しうものしたまふあまりに、深き心をも尋ねずもて出でて、心にもかなはねば、かくはしたなきなるべし。よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ」 と、いとほしがりたまふ。 かかるにつけても、「げによくこそと、親と聞こえながらも、年ごろの御心を知りきこえず、馴れたてまつらましに、恥ぢがましきことやあらまし」と、対の姫君思し知るを、右近もいとよく聞こえ知らせけり。 憎き御心こそ添ひたれど、さりとて、御心のままに押したちてなどもてなしたまはず、いとど深き御心のみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。 |
この頃、世間の人の噂で、「内大臣の今姫君」と、ことに触れて言い触らすのを、源氏の大臣が耳にされて、
「本当のことはどうあれ、人目に触れずに籠っていた女子を、いい加減な口実であっても、あんなに大げさに引き取って、人にも見せ、噂にされるとは、してはいけないことだ。はっきりしようとするあまり、詳しい内情も調べずに連れ出して、心にかなわなければ、こんな心ない扱いになったのだろう。 何ごとも、やり方次第で、おだやかにすむのに」 と、気の毒がるのだった。 このような噂をきくにつけ、「玉鬘はよく来たものだ。内大臣が親と言いながらも、年来の親の考えを知らずにそばに来たら、恥がましく感ずることもあったであろう」と、右近にもよく言い聞かせていた。 源氏は、いやなお心はおありだが、かといって、思うがままに行動することはなかったし、いよいよ深い愛情がまさり、玉鬘もようやく素直に打ち解けてきた。 2019.l8.14/ 2021.10.1/ 2023.5.3 |
27.2 初秋の夜、源氏、玉鬘と語らう | |
秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、背子が衣もうらさびしき心地したまふに、忍びかねつつ、いとしばしば渡りたまひて、おはしまし暮らし、御琴なども習はしきこえたまふ。
五、六日の夕月夜は疾く入りて、すこし雲隠るるけしき、荻の音もやうやうあはれなるほどになりにけり。御琴を枕にて、もろともに添ひ臥したまへり。かかる類ひあらむやと、うち嘆きがちにて夜更かしたまふも、人の咎めたてまつらむことを思せば、渡りたまひなむとて、御前の篝火のすこし消えがたなるを、御供なる右近の大夫を召して、灯しつけさせたまふ。 いと涼しげなる遣水のほとりに、けしきことに広ごり臥したる檀の木の下に、打松おどろおどろしからぬほどに置きて、さし退きて灯したれば、御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に、女の御さま見るにかひあり。御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまにものをつつましと思したるけしき、いとらうたげなり。帰り憂く思しやすらふ。 「絶えず人さぶらひて、灯しつけよ。夏の月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」 とのたまふ。 「篝火にたちそふ恋の煙こそ 世には絶えせぬ炎なりけれ いつまでとかや。ふすぶるならでも、苦しき下燃えなりけり」 と聞こえたまふ。女君、「あやしのありさまや」と思すに、 「行方なき空に消ちてよ篝火の たよりにたぐふ煙とならば 人のあやしと思ひはべらむこと」 とわびたまへば、「くはや」とて、出でたまふに、東の対の方に、おもしろき笛の音、箏に吹きあはせたり。 「中将の、例のあたり離れぬどち遊ぶにぞあなる。頭中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」 とて、立ちとまりたまふ。 |
秋になった。初風が涼しく吹いて、背子の衣の裾をひるがえす様子もさびしく、我慢できずに、しばしば玉鬘の元に行って、一日過ごし、琴などを教えたりした。
五、六日の夕月は早く山に没し、すこし雲に隠れる様子、荻を渡る風のさやぎもようやく物寂しい頃になった。琴を枕辺において、そろって添い寝するのだった。こんな男女の仲もあるのかと、嘆きながら夜をふかすが、女房たちが咎めだてすることを思い、自室に帰り際に、前庭の篝火がすこし消えそうになっているのを、右近の大夫を呼んで、灯りをつけさせた。 涼しげな遣水のそばに、たいへん風情のある低い檀の木の下に、目立たない程度の松の割り木を置いて、すこし奥の方で灯せば、お部屋の方は涼しげに、風情のある光に照らされ、女の様子も見る甲斐があった。髪の手あたりなどは冷ややかで品がある心地して、打ち解けず、恥ずかしいと思っている気配が、たいそう可愛らしかった。帰りがたく、ぐずぐずしている。 「ずっと人をつけて、灯し続けなさい。夏の月のない夜は、庭に光がないと、気味が悪く心もとない」 と仰せになった。 (源氏)「篝火に立ち上る煙こそ いつまでも消えぬわたしの思いです いつまで待てばいいのか。くすぶっているのも、苦しい下火です」 とおっしゃる。玉鬘は、「奇妙な二人の仲だこと」と思い、 (玉鬘)「あてどない空に消してください 篝火の煙にたとえるのなら 人があやしいと思いますよ」 と心配するので、「それでは」と、出たが、東の対の方で趣きある笛の音が、筝と合奏していた。 夕霧の中将が、例によって側を離れぬ連中と遊んでいるのだ。柏木であろう。格別に響く音だな」 とて、立ちどまるのだった。 2019.8.15/ 2021.10.1/ 2023.5.3 |
27.3 柏木、玉鬘の前で和琴を演奏 | |
御消息、「こなたになむ、いと影涼しき篝火に、とどめられてものする」
とのたまへれば、うち連れて三人参りたまへり。 「風の音秋になりけりと、聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」 とて、御琴ひき出でて、なつかしきほどに弾きたまふ。源中将は、「盤渉調」にいとおもしろく吹きたり。頭中将、心づかひして出だし立てがたうす。「遅し」とあれば、弁少将、拍子打ち出でて、忍びやかに歌ふ声、鈴虫にまがひたり。二返りばかり歌はせたまひて、御琴は中将に譲らせたまひつ。げに、かの父大臣の御爪音に、をさをさ劣らず、はなやかにおもしろし。 「御簾のうちに、物の音聞き分く人ものしたまふらむかし。今宵は、盃など心してを。盛り過ぎたる人は、酔ひ泣きのついでに、忍ばぬこともこそ」 とのたまへば、姫君もげにあはれと聞きたまふ。 絶えせぬ仲の御契り、おろかなるまじきものなればにや、この君たちを人知れず目にも耳にもとどめたまへど、かけてさだに思ひ寄らず、この中将は、心の限り尽くして、思ふ筋にぞ、かかるついでにも、え忍び果つまじき心地すれど、さまよくもてなして、をさをさ心とけても掻きわたさず。 |
御案内します。「こちらに、火影の涼しい篝火にありますよ」
と源氏が案内すると、三人連れ立って来た。 「風の音が秋になったと笛の音が知らせるので、がまんできない」 とて、源氏は琴をだして、心ひかれる音で弾きだした。夕霧は盤渉調で趣きある調子で吹いた。柏木は、気をつかって謡いにくそうにしている。「遅い」と言われ、弁の少将が拍子を打ち出して、静かに歌う声、鈴虫にまがうほどだった。二度ほど謡わせてから、琴を中将に譲られた。実に、あの父大臣の弾き方に劣らす、中将ははなやかに弾くのだった。 「御簾のうちに、演奏の分かる人がおりますよ。今宵は盃は控えましょう。盛りのすぎた者は、酔い泣きして、あらぬことをしゃべってしまうかも」 と仰せになると、姫君も身にしみて聞いていらっしゃる。 姉弟の強い絆は、並大抵のものではないからだろうか、この君たちを玉鬘は隠れてしっかり目にも耳にも留めていたが、まったくそうとは知らずに、柏木は、心の限りを尽くして、思いの丈を、このような機会でも、抑えきれない気持ちがするが、よく抑えて、気を緩めることなく、弾き続けた。 2019.8.15/2021.10.1/ 2023.5.3 |
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