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原文 | 現代文 |
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11.1 花散里訪問を決意 | |
人知れぬ、御心づからのもの思はしさは、いつとなきことなめれど、かくおほかたの世につけてさへ、わづらはしう思し乱るることのみまされば、もの心細く、世の中なべて厭はしう思しならるるに、さすがなること多かり。
麗景殿と聞こえしは、宮たちもおはせず、院隠れさせたまひて後、いよいよあはれなる御ありさまを、ただこの大将殿の御心にもて隠されて、過ぐしたまふなるべし。 御おとうとの三の君、内裏わたりにてはかなうほのめきたまひしなごりの、例の御心なれば、さすがに忘れも果てたまはず、わざとももてなしたまはぬに、人の御心をのみ尽くし果てたまふべかめるをも、このごろ残ることなく思し乱るる世のあはれのくさはひには、思ひ出でたまふには、忍びがたくて、五月雨の空めづらしく晴れたる雲間に渡りたまふ。 |
人知れず、自分の心からでた物思いは、いつと限らないようだが、世の中の情勢がわずらわしく、こうも意に反して動いていると、心細くもなり、世の中を厭わしく思うのだが、さすがに捨てきれないことが多いのだった。
麗景殿といわれる方は、皇子たちもなく、桐壺院が亡くなってからは、いよいよ不如意になっていて、ただ源氏の御心、庇護だけを頼りにして暮らしていた。 妹の花散里は、内裏にいたときちょっと逢っていた名残で、例によって、忘れてしまうこともなく、格別にもてなすこともしないので、女はひどく苦しんだに違いないのだが、この頃は、源氏は何につけても悩み多き世のあわれを感じるひとつとして、花散里を思い出して忍びがたく思い、五月雨の空がめずらしく晴れた雲間に、お出かけになった。 2018.2.13/2021.7.24/ 2023.2.11◎ |
11.2 中川の女と和歌を贈答 | |
何ばかりの御よそひなく、うちやつして、御前などもなく、忍びて、中川のほどおはし過ぐるに、ささやかなる家の、木立などよしばめるに、よく鳴る琴を、あづまに調べて、掻き合はせ、にぎははしく弾きなすなり。
御耳とまりて、門近なる所なれば、すこしさし出でて見入れたまへば、大きなる桂の木の追ひ風に、祭のころ思し出でられて、そこはかとなくけはひをかしきを、「ただ一目見たまひし宿りなり」と見たまふ。ただならず、「ほど経にける、おぼめかしくや」と、つつましけれど、過ぎがてにやすらひたまふ、折しも、ほととぎす鳴きて渡る。もよほしきこえ顔なれば、御車おし返させて、例の、惟光入れたまふ。 「をちかへりえぞ忍ばれぬほととぎす ほの語らひし宿の垣根に」 寝殿とおぼしき屋の西の妻に人びとゐたり。先々も聞きし声なれば、声づくりけしきとりて、御消息聞こゆ。若やかなるけしきどもして、おぼめくなるべし。 「ほととぎす言問ふ声はそれなれど あなおぼつかな五月雨の空」 ことさらたどると見れば、 「よしよし、植ゑし垣根も」 とて出づるを、人知れぬ心には、ねたうもあはれにも思ひけり。 「さも、つつむべきことぞかし。ことわりにもあれば、さすがなり。かやうの際に、筑紫の五節が、らうたげなりしはや」 と、まづ思し出づ。 いかなるにつけても、御心の暇なく苦しげなり。年月を経ても、なほかやうに、見しあたり、情け過ぐしたまはぬにしも、なかなか、あまたの人のもの思ひぐさなり。 |
特に支度することもなく、目立たぬように、先払いもつけず、お忍びで中川のあたりを過ぎようとすると、小さい家だが木立などが由あり、良い音色の琴を和琴に合わせ、にぎやかに弾いていた。
耳にとまって、門近くだったので、少し体をのり出して見ると、大きな桂の木に風が吹きわたり、葵祭りを思い出し、なんとなく風情があったので、「一度来た宿だな」と見た。心が動いて、「久しく御無沙汰していたが、憶えているだろうか」と、気が引けるが、通り過ぎがてに車を止めると、折りしもほととぎすが鳴いて渡った。誘うようなので、車を戻して、例によって惟光をやった。 (源氏)「戻ってみると語らいあった昔がなつかしい ほととぎすが昔お逢いした宿の垣根にきています」 寝殿と思われる邸の西の棟に人びとがいた。聞き覚えのある声がして、咳払いして様子を見て、消息を伝えた。若い女房たちは、不審そうだった。 (女)「その声はほととぎすの声のようですが、 五月雨の空のようにはっきりしませんね」 わざと分からない風をしていると見て、 「ならば、間違えたかも」 と惟光は戻るが、女は内心で恨めしくもあわれにも思った。 「こうも突然では遠慮するのも当然だろう、さすがに。このような身分では筑紫の五節が可愛かったな」 と、思い出す。 どんな女でも、源氏は心の休まる時がなく気を遣った。年月を経ても、会ったことのある女には、情けを忘れないので、多くの女たちの物思いの種であった。 2018.2.14/2021.7.24/ 2023.2.11◎ |
11.3 姉麗景殿女御と昔を語る | |
かの本意の所は、思しやりつるもしるく、人目なく、静かにておはするありさまを見たまふも、いとあはれなり。まづ、女御の御方にて、昔の御物語など聞こえたまふに、夜更けにけり。
二十日の月さし出づるほどに、いとど木高き蔭ども木暗く見えわたりて、近き橘の薫りなつかしく匂ひて、女御の御けはひ、ねびにたれど、あくまで用意あり、あてにらうたげなり。 「すぐれてはなやかなる御おぼえこそなかりしかど、むつましうなつかしき方には思したりしものを」 など、思ひ出できこえたまふにつけても、昔のことかきつらね思されて、うち泣きたまふ。 ほととぎす、ありつる垣根のにや、同じ声にうち鳴く。「慕ひ来にけるよ」と、思さるるほども、艶なりかし。「いかに知りてか」など、忍びやかにうち誦んじたまふ。 「橘の香をなつかしみほととぎす 花散る里をたづねてぞとふ いにしへの忘れがたき慰めには、なほ参りはべりぬべかりけり。こよなうこそ、紛るることも、数添ふこともはべりけれ。おほかたの世に従ふものなれば、昔語もかきくづすべき人少なうなりゆくを、まして、つれづれも紛れなく思さるらむ」 と聞こえたまふに、いとさらなる世なれど、ものをいとあはれに思し続けたる御けしきの浅からぬも、人の御さまからにや、多くあはれぞ添ひにける。 「人目なく荒れたる宿は橘の 花こそ軒のつまとなりけれ」 とばかりのたまへる、「さはいへど、人にはいとことなりけり」と、思し比べらる。 |
お目当ての所は、思ったとおり、人気がなく、静かなたたずまいで、たいそうあわれだった。まず女御の処で、昔話などを語り合ったが、夜が更けてしまった。
二十日の月が出るころになって、小高い樹木がほの暗く見えて、軒端の橘の香りも昔なつかしく、女御の気配は、年はとっているが心づかいが行き届き、気品があった。 「格別なご寵愛こそなかったが、気がおけずなつかしいお方と思されていたのだが」 など思い出をお話しするにつけて、昔のことが次々と思い出されて、泣いてしまった。 ほととぎすが、あの垣根の鳥だろうか、同じ声で鳴いている。「慕って来たのか」と思うのも、はなやかな感じがした。「いかに知りてか」の歌をひそかに誦した。 (源氏) 「橘の香りを懐かしんでほととぎすが 橘の花の散る里を訪ねて来ました 昔の忘れがたいことを慰めるには、こうして来てお会いすべきでした。大いに気持ちがまぎれることも、さらに増すこともあります。人は時勢に従うものですから、昔をぼつぼつ語る人も少なくなりましたのに、まぎれることなくお思いでしょう」 と仰せになるに、こんな世の中になったが、物事をあわれに思い続ける気色の浅からぬお方なので、お人柄でしょう、ひとしおあわれを感じた。 (麗景殿)「人目もなく荒れたこの宿に咲く軒端の橘 その花があなたをお誘いしたのですね」 と言うばかりだったが、「しかし、この方は人とは全く違う」と内心思い比べていた。 2018.2.15/ 2021.7.24/ 2023.2.11◎ |
11.4 花散里を訪問 | |
西面には、わざとなく、忍びやかにうち振る舞ひたまひて、覗きたまへるも、めづらしきに添へて、世に目なれぬ御さまなれば、つらさも忘れぬべし。何やかやと、例の、なつかしく語らひたまふも、思さぬことにあらざるべし。
かりにも見たまふかぎりは、おしなべての際にはあらず、さまざまにつけて、いふかひなしと思さるるはなければにや、憎げなく、我も人も情けを交はしつつ、過ぐしたまふなりけり。それをあいなしと思ふ人は、とにかくに変はるも、「ことわりの、世のさが」と、思ひなしたまふ。ありつる垣根も、さやうにて、ありさま変はりにたるあたりなりけり |
寝殿の西面に、自然に、忍んで渡って中を覗くと、久しぶりのことに加えて、世にも素晴しい源氏の姿であってみれば、辛さも忘れてしまった。なにやかやと、例によって、なつかしそうに語らうのも、自ずと話すのだろう。
仮にも源氏が付き合う女を見る限りは、世間並みの身分ではなく、どんな点をとっても取柄がない女などいないが、憎からず思い、君も女も情を交わして過ごすのであった。それを嫌だと思う女は、とかく心変わりをするのだが、「それも当然、世の習い」と思っている。あの垣根の女も、そういうわけで、心変わりしてしまったのだろう。 2018.2.15/ 2021.7.24/ 2023.2.11◎ |
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