HOME | ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ | 源氏物語 目次 |
---|
源氏物語は様々な文人や学者によりまた市井の愛好家によって、現代文にされている。
朱雀帝は六条御息所の娘が、斎宮となって伊勢下向するときに、斎宮を見初めてしまった。斎宮が任を解かれて帰京すると、朱雀帝は既に冷泉帝に譲位していた。源氏は前斎宮をまだ幼い冷泉帝に入内させる。すっかり落胆した朱雀院の気持ちを源氏がおもんばかる場面。
絵合の巻から。
原文
前斎宮の御参りのこと、
中宮の御心に入れてもよほしきこえたまふ。こまかなる御とぶらひまで、とり立てたる御後見もなしと思しやれど、大殿は、院に聞こし召さむことを憚りたまひて、二条院に渡したてまつらむことをも、このたびは思し止まりて、ただ知らず顔にもてなしたまへれど、おほかたのことどもは、とりもちて親めききこえたまふ。
院はいと口惜しく思し召せど、人悪ろければ、御消息など絶えにたるを、その日になりて、えならぬ御よそひども、御櫛の筥、打乱の筥、香壺の筥ども、世の常ならず、くさぐさの御薫物ども、薫衣香、またなきさまに、百歩の外を多く過ぎ匂ふまで、心ことに調へさせたまへり。大臣見たまひもせむにと、かねてよりや思しまうけけむ、いとわざとがましかむめり。
・・・
†
「かの下りたまひしほど、御心に思ほしけむこと、かう年経て帰りたまひて、その御心ざしをも遂げたまふべきほどに、
かかる違ひ目のあるを、いかに思すらむ。御位を去り、もの静かにて、世を恨めしとや思すらむ」など、「我になりて心動くべきふしかな」と、思し続けたまふに、いとほしく、「何にかくあながちなることを思ひはじめて、心苦しく思ほし悩ますらむ。つらしとも、思ひきこえしかど、また、なつかしうあはれなる御心ばへを」など、思ひ乱れたまひて、とばかりうち眺めたまへり。
絵合より
与謝野晶子 1912年/1938年
前斎宮の入内を女院は熱心に促しておいでになった。こまごまとした入用の品々もあろうがすべてを引き受けてする人物がついていないことは気の毒であると、源氏は思いながらも院への御遠慮があって、今度は二条の院へお移しすることも中止して、傍観者らしく見せてはいたが、大体のことは皆源氏が親らしくしてする指図運んでいった。
院は残念がっておいでになったが、負けた人は沈黙すべきであると思召おぼしめして、手紙をお送りになることも絶えた形であった。しかも当日になって院からのたいしたお贈り物が来た。御衣服、櫛くしの箱、乱れ箱、香壺の箱には幾種類かの薫香がそろえられてあった。源氏が拝見することを予想して用意あそばされた物らしい。
・・・
斎王として伊勢へおいでになる時に始まった恋が、幾年かの後に神聖な職務を終えて女王が帰京され御希望の実現されてよい時になって、弟君の陛下の後宮へその人がはいられるということでどんな気があそばすだろう。閑暇かんかな地位へお退のきになった現今の院は、何事もなしうる主権に離れた寂しさというようなものをお感じにならないであろうか、自分であれば世の中が恨めしくなるに違いないなどと思うと心が苦しくて、何故女王を宮中へ入れるようなよけいなことを自分は考えついて御心みこころを悩ます結果を作ったのであろう、お恨めしく思われた時代もあったが、もともと優しい人情深い方であるのにと、源氏は歎息をしながらしばらく考え込んでいた。
谷崎潤一郎 1939年/1965年
前斎宮の御入内のことを、中宮がお心におかけなされて、御催促遊ばされます。細かなことまで面倒を見てお上げなさるような、これというおん後見がありませんのを、どうかと思し召すのでしたが、大殿は、院への聞えを憚り給うて見て二条院へお移し申し上げることさえお止めになり、全く知らず顔にもてなしていらっしゃいますけれども、内々万端のお世話を引き受けて、親のようにしてお上げになります。
院はたいそう口惜しくお思いになりながら、外聞の悪いことなので、それきりおん消息などもなさらずにいらっしゃいましたが、入内の当日になって、結構なおん装束どもや、世の常ならぬお櫛の筥、打乱りの筥、香壺の筥どもや、くさぐさのおん薫物ども、薫衣香などを、またとないように、百歩の外を遠く過ぎても匂うくらいに、特にお心を籠めてお調えなされて、お贈りになります。大臣が御覧なさりもしようかと、かねてからお心づもりなすっていらっしったのでしょうか、何だかわざとらしい感じがしないでもありません。
・・・
昔あの宮が伊勢へお下りになった時に、院がお心のうちにお思いになったであろうこと、こうして年を経てお帰りになって、ようようそのおん思いも叶えられようという時にこんな意外ななりゆきになったことを、何と思し召しておいでであろう、御位を去って、物静かに暮らしていらっしゃって、世を恨めしく感じておいでになるであろう、もしこれが自分であったら心の動揺を禁じがたい場合であると、思いつづけ給うにつけても院がお気の毒で、どうしてこんな意地の悪いことを思いついて、おいたわしくもお苦しめ申すのであろう、自分もかっては院をお恨み申し上げたこともあるけれども、またなつかしいところのある、やさしいお方でいらっしゃるものを、などと思い乱れ給うて、しばらくじっと考え込んでいらっしゃるのでした。
玉上琢弥 1965年
前斎宮の御入内の事は、中宮が御熱心に御催促もうしなさる。こまかなことまで面倒をみる、これといったお世話役もいないとお察しにはなるけれども、大殿は、院のお聞きあそばすことをはばかりなさって、二条院へお移しもうすことも、今度はおやめになって、まったく知らぬ顔をしていらっしゃるけれども、一通りの御用意は引き受けて、親のようにしておあげになる。
院はたいそう残念にお思いになるけれども、外聞がわるいので、お便りなども絶えてしまっていたのだが、入内の当日になって、すばらしい御装束の数々に、お櫛の箱、打乱り箱、香壺の箱を幾つも幾つも、並大抵のものではなく、いろいろの御薫物や薫衣香っは、ほかにはないほど、百歩の外を遠く過ぎても匂うまでに、特に心をこめておそろえになった。大臣が御覧なさりもしようかと、まえまえからお心づもりなさっていたのだろうか、たいそうわざとらしい感じであった。
・・・
あの伊勢へお下りになった時に、院がお心にお思いになったであろうこと、こうして何年もしてお帰りになり、そのおん思いもとげられる時に、こうした齟齬のあることを院はどうお思いになっておいでだろう、お位を去って、物静かに過ごしていらっしゃって、世を恨めしくお思いであろうか、など、自分のこととして考えれば必ず心のさわぐことだと、思いつづけなさると、院がお気の毒で、「どうしてこんな無理なことを考え出して、おいたわしくもお苦しめするのであろう。自分もかっては院を恨めしいとお思い申したけれども、そのいっぽう、お優しく情け深い御心でおいでなのに」などと思い乱れなさって、しばらく思いにふけっていらっしゃる。
瀬戸内寂聴 1997年
前斎宮の御入内のことを、
藤壺の尼宮はお心におかけになって、しきりに御催促なさいます。
源氏の君は、前斎宮には細かなことまでお世話してさしあげるような、これといった御後見もいないことを案じていらっしゃいますけれど、朱雀院のお耳に達することを御遠慮なさって、今度は前斎宮を二条の院にお移しすることも思い止まられました。この件については全く知らないふりをしていらっしゃいますが、御入内のための一通りのいろいろな御支度はお引き受けになり、まるで親になったようにお世話していらっしゃいます。
朱雀院は、今度の決定を非常に残念にお思いになりましたが、人聞きも悪いので、その後は前斎宮にお便りなども全くなさいません。いよいよ御入内の当日になって、朱雀院からすばらしい贈り物が届きました。何とも例えようものいほど見事な御衣裳の数々や、御櫛の箱、乱れ箱、香壺の箱など、皆最高の物ばかりをお贈りになりました。その上に、幾種類もの御薫物、薫衣香など、またとはないすばらしい名香ばかりを、百歩の遠くまで匂うほどに、特にお心をこめて調合させられました。
源氏の君が御覧になるだろうと、前々からお心づもりをなさっていられたのでしょうか、いかにも殊更にお心をつかわれたらしい感じがしないでもありません。
・・・
「昔、斎宮が伊勢へお下りになる時、どうやら院が斎宮をお見初めになられたらしい。それがこうして何年もたって斎宮が京へお帰りになられて、ようやくその恋も叶えられようという今、こんな意外ななりゆきになってきたことを、院は何とお思いでいらっしゃるだろうか。御位を去られてからお淋しくなられた世の中を恨めしくお思いだろうに。もしも自分がその立場になればとても平静ではいられないことだ」
といろいろお考えになりますと、朱雀院がおいたわしくてなりません。
「どうしてこんな強引で意地悪なことを思いついて、お気の毒にも院のお心をお苦しめするのだろう。自分も須磨で苦労していた時には、院をお恨みもしていたけれど、その一面また、おやさしく情の深いお方でもいらっしゃるというのに」
などと思い悩んで、しばらく物思いに沈んでいらっしゃいました。
渋谷榮一 1996年
前斎宮のご入内のこと、中宮が御熱心に御催促申される。こまごまとしたお世話まで、これといったご後見役もいないとご心配になるが、大殿は、朱雀院がお聞きあそばすことをはばかりなさって、二条の院にお迎え申すことをも、この度はご中止になって、まったく知らない顔に振る舞っていらっしゃるが、一通りの準備は、受け持って親のように世話してお上げになる。
朱雀院はたいそう残念に思し召されるが、体裁が悪いので、お手紙なども絶えてしまっていたが、その当日になって、何ともいえない素晴らしいご装束の数々、お櫛の箱、打乱の箱、香壷の箱など幾つも、並大抵のものでなく、いろいろのお薫物の数々、薫衣香のまたとない素晴らしいほどに、百歩の外を遠く過ぎても匂うくらいの、特別に心をこめてお揃えあそばした。内大臣が御覧になろうからと、前々から御準備あそばしていたのであろうか、いかにも特別誂えといった感じのようである。
・・・
「あのお下りになった時、お心にお思いになっただろうこと、このように何年も経ってお帰りになって、そのお気持ちを遂げられる時に、このように意に反することが起こったのを、どのようにお思いであろう。御位を去り、もの静かに過ごしていらして、世を恨めしくお思いだろうか」などと、「自分がその立場であったなら、きっと心を動かさずにはいられないだろう」と、お思い続けなさると、お気の毒になって、「どうしてこのような無理強引なことを思いついて、おいたわしくお苦しめ悩ますのだろう。恨めしいとも、お思い申したが、また一方では、お優しく情け深いお気持ちの方を」などと、お思い乱れなさって、しばらくは物思いに耽っていらっしゃった。
大塚ひかり 2008年
前斎宮のご入内のことを、藤壺中宮は熱心に催促申されます。前斎宮にはこまごまとしたお世話までして差し上げるような、これといったご後見役もいないだろうと源氏の“大殿”・・・内大臣・・・は推察しますが、兄院(朱雀院)がお耳になさるだろうと遠慮して、二条院にお移し申し上げる計画をも今回は思いとどまって、ただ知らぬ顔を通しているものの、一通りのことは引き受けて、親のようにお世話します。
院はとても残念にお思いになるものの、外聞が悪いので、お手紙なども差し上げないでいらしたのですが、入内当日になって、それは見事なお衣裳の数々や、御櫛の箱、化粧道具箱、香壺の箱をいくつも、尋常でない素晴らしさで、また、さまざまな種類のの薫物や、着物にたきしめる薫衣香をまたとないほどに、百歩の距離を隔たってもまだ匂うまで、心をこめて調合してお贈りになります。
「源氏の大臣が見るかもしれない」と、かねてからご準備していらしたのでしょう。おかにもこの機会を待っていたとばかり意図的に見えます。
・・・
源氏の大臣はこれを見つけて、思い巡らすにつけても、とても申し訳なく”いとほしくて”・・・可哀想で・・・、理不尽な恋ほど燃える自分の性分としても身につまされて、あの伊勢下りの折、院がお心に思いを抱かれ、こうして年を経て斎宮が帰られた今、そのお気持ちもやっと遂げられる時になって、ご意思に反する事態になったのを、
「どうお思いだろう。帝位も退いて、静かにお暮しの中、世を恨めしく思っていらっしゃるだろう」などと、
「自分だったら、きっと心が乱れそうな状況だな」と、考えれば考えるほど、おいたわしくて、」
「なんでこう強引なことを思いついて、お気の毒にも、お心を悩ませているのやら。院のお仕打ちはひどいと思いましたけれど、一方ではまた、なつかしく優しいお方なのに」などと心が痛んで、しばらくぼんやり沈みこんでいます。
角田光代 2017-2020年
前斎宮(六条御息所の娘)の入内のことを藤壺の宮が熱心に督促している。すみずみまで行き届いた世話をするしっかりした後見人もいないことを案じてはいるが、光君は、前斎宮を気に入っていた朱雀院の耳に入ることを憚って、二条院に彼女を移そうという計画を思い留まった。そして何食わぬ顔で振る舞っているが、ひと通りの支度は引き受けて、彼女の親代わりとして世話をしている。
朱雀院は前斎宮の入内を実に残念だと思ってはいるが、人聞きも悪いので、手紙を送ることもなくなっていた。しかし入内のその日になって、それはみごとな装束の数々、櫛など化粧道具の入った箱、身のまわりのものをいれる乱れ箱、香壺の箱など、類まれなるすばらしい品と、また幾種類もの薫物や薫衣香などめったにないものを、百歩をすぎてもさらに遠くまで香るほど、入念に調合させて前斎宮に送った。光君もそれを見るであろうことを前々から念頭に置いていたのか、いかにもとくべつな贈り物といったふうだ。
・・・
前斎宮が伊勢に下る時、院はどのようなお気持ちだったのだろうか、このように何年もたって前斎宮が帰京し、ようやくかってのお心のままになさることができるというのに、お望み通りにいかず、弟である帝(冷泉帝)に入内してしまうことをどうお思いだろう。御譲位になり、ご身辺も静かになって、世を恨んでおられるだろうか、自分に同じことが起これば平静ではいられないだろう・・・と考え続けていると、同情の念が深くなり、どうして入内などと勝手なことを思い立って、心苦しくも院のお気持ちを悩ませるのだろう、須磨退居の時は恨めしく思い申したこともあったけれど、やはりやさしくて情け深いお心のお方なのに・・・と煩悶し、しばらくぼんやりともの思いに沈んでいる。
KT 2023年
前斎宮の六條御息所の姫君の入内は、中宮が熱心に源氏に催促された。細かく面倒をみるなど、これといった後見もなく、源氏は朱雀院の耳に入ることにとても気をつかい、二条院にお連れするのは、今回は思いとどまって、素知らぬ顔をして振舞っていたが、万端にわたって取り仕切って親のように世話をしていた。
朱雀院は口惜しかったが、体裁が悪いので、文なども出さず、当日になって、見事な衣装の数々、化粧箱、乱れ箱、薫香を入れた壷の箱など、実に見事な何種類もの薫物、薫衣香などこれ以上のものがないほどで、百歩を過ぎても匂うまでに、格別に心をこめて用意した。源氏がご覧になろうかと前々から準備したのだろう、わざとらしい感じがした。
源氏は、これを見て思いめぐらすに、恐れ多くもおいたわしくて、自分の心をかえりみて、思うにまかせぬわが身につまされて、
・・・
†「あの伊勢下向のとき、院の御心に生じた恋心を、斎宮が年を経て帰ってきて、その思いが遂げられる時になって、弟帝に入内という意に反することが起こり、どう思っているだろう。譲位して、静かに過ごし、世を恨んでいるだろうか」など、「わたしなら平静ではいられない」と、思うと、お気の毒で、「どうしてこんな無理なことを思い立って、院の心を苦しめ悩ますのだろう。須磨蟄居などつらい仕打ちもあったが、また、やさしく情の深い方だ」などと思い乱れ、しばし物思いに沈んだ。
Arthur Waley 1925-1933年
It will be remembered that after Rokujo's death Genji decided that her daughter, Princess Akikonomu, had best come and live with him till the time came for her Presentation at Court. At the last minute, however, he altered his mind, for such a step seemed too direct a provocation to Princess Akikonomu's admirer, the young ex-Emperor Suzaki.
But though he did not remove her from her palace in the six Ward he felt his responsibilities towards this unfortunate orphan very keenly and paid her many lengthy visits. He had now definitely arranged with Fujitsubo that Akikonomu was soon to enter the Emperor's Palace; but he was careful not to betray in public any knowledge of this plan, and to the world at large he seemed merely to be giving the girl such general guidance and support as might be expected from a guardian and family friend.
Suzaku was indeed bitterly disappointed at the intelligence that the Princess had been handed over to a mere infant such as the present Emperor. He often thought of writing to her but at the same time dreaded the scandalwhich would ensue if his attachment became known. When however the day of Presentation at last arrived his caution suddenly deserted him, and he sent to Akikonomu's palace an assortment of the most costly and magnificent gifts which his treasury could supply - comb-boxes,scrap-boxes,cases for incense-jars; all of the most exquisite workmanship and material; with these was a supply of the most precious perfumes both for burning and for the scenting of clothes,so that the bales in which these gifts arrived scented the air for a full league on every side. This extravagant maginificence, besides relieving Suzaki's feelings lady's guardian, to whom, as Suzaku very well knew, the contents of these packages would immediately shown.
・・・
Somehow or other, in cases of this kind, Genji could never help imagining what he himself would feel if he were in the same position. Supposing that that he had fallen in love with someone all those years ago and that the beloved person had gone away immediately to some far-off place; and suppose that he, instead of forgetting all about her as might have been expected, had waited patiently year after year and, when at last she returned, had been told that she was to be handed over to someone else - he saw on reflection that the situation was really painful.Judging from his own experience he knew that Suzaku's complete lack of employment,now that he had resigned all his official duties, would gravely aggravated the case. Yes, he must indeed be passing through a period of terrible agitation! He was now extremely sorry that he had ever suggested the Presentation of the young Princess. He had indeed in the past good reason to resent his brother's conduct towards him. But lately Suzaki had shown nothing but affability....He stood for a long while lost in thought.It was all very perplexing.
from The Picture Competition
Edward G.Seidensticker 1976年