源氏物語  絵合 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 絵合
前斎宮の御参りのこと 六条の御息所の姫君。天皇譲位により、斎宮を辞したのでこう呼ぶ。前斎宮が入内すること。
中宮の御心に入れてもよほしきこえたまふ 中宮がご熱心にうながし申される。/ 前斎宮の主上への入内のことを、中宮が熱心に源氏に対して催促をなさった。/ 「もよほしきこえたまふ」源氏にである。「きこえ」は源氏に対する敬意。「たまふ」は中宮に対する敬意をあらわす。、 /
御櫛の筥 櫛、鋏、毛抜、髪掻(こうがい)などの化粧道具を入れる箱。
打乱うちみだりの筥 乱れ箱。手ぬぐいやかもじなどを入れ、髪結いの時に用いる。
香壺の筥 薫香を入れた壷。
薫衣香くぬえこう 薫香の名。これを口に含めば、日がたつつれて身体、衣服香ばしく、遠く風に匂うとされた。
挿櫛さしぐしの筥の心葉こころば 飾り櫛を入れた箱の装飾の枝に。
別れ路に添へし小櫛をかことにて遥けき仲と神やいさめし 伊勢にお旅立ちの時、お身に添えた黄楊のお櫛のことを口実に、遠く離れた二人の仲でいよと神がおとめになったのでしょうか。伊勢下向のとき、天皇自ら斎宮の額に黄楊のお櫛さし、「京に帰らぬように」と言ったことをふまえる(新潮) / 伊勢路にお旅立ちの時、お身に添えた黄楊(つげ)の小櫛のことを口実に、遠く離れた二人の仲でいよと神がおとめになったのでしょうか。伊勢下向の折、天皇自ら斎宮の額に黄楊の小櫛をさし、「京に帰らぬように」と言ったことを踏まえる。(新潮日本古典集成)/ あなたが伊勢へ下向する時、ふたたびお帰りなさるなと別れの小櫛をさしあげたが、あれを口実にして、あなたとわたしの仲を遠くはなれたものと神がお定めになったのか。(玉上)
あやにくなる身を抓みて 思い通りにならない自分も身につまされて。
その御心ざしをも遂げたまふべきほどに ようやくかってのご希望もとげられるというときになって。
かかる違ひ目のあるを 入内という御意に反することが起こって。
我になりて心動くべきふしかな 自分がそんな目にあえば平静ではいられないことだと。
つらしとも、思ひきこえしかど< 須磨退去については、恨めしくもお思い申し上げたけれども。
いとかたはらいたければ 大層具合が悪いので。
人びとそそのかしわづらひきこゆるけはひを聞きたまひて 女房たちがおすすめ申すのに困っている様子を察して。
いにしへ思し出づるに 伊勢下向のときのことを思い出すと。
別るとて遥かに言ひし一言もかへりてものは今ぞ悲しき はるか昔、お別れにあたり、「帰るな」と仰せられた一言も、こうして帰京しますと、いまはかえってもの悲しく存じられます(新潮)/ はるか昔、お別れに当たり、「帰るな」と仰せられた一言も、こうして帰京しますと、今はかえってもの悲しく存じられます。(新潮日本古典集成)/ 遠い昔お別れのときふたたび京に帰るなと仰せられた一言が、帰京した今になって、心からしみじみ悲しく思われます。(玉上)
院の御ありさまは、女にて見たてまつらまほしきを 朱雀院のご様子は、女にして拝見したいぐらいお美しいのに。源氏の心中のつぶやき。
この御けはひも似げなからず 前斎宮のお年格好もちょうどよいくらいで、大層お似合いの仲と見えるのに。朱雀はこの年34歳、斎宮は22歳。
内裏は、まだいといはけなくおはしますめるに 帝はこの年。13歳。前斎宮は22歳。
弘徽殿こきでん 弘徽殿は、権中納言(頭中将)の娘。
兵部卿宮 紫の上の父。藤壺の兄宮。かねて姫君を入内させたく思っていた。
うけばりたる親ざまには、聞こし召されじ 表立っての親代わりのようにはお考えいただかないようにと。「うけばる」他にはばかることなくうちふるう。他に気がねすることなくおおぴらにやる。
いと二なく、けはひあらまほし (宮邸の有様は)またとないほど、理想的であった。
あはれ、おはせましかば、いかにかひありて、思しいたづかまし ああ、御息所がご存命なら、どんなに晴れがましいことと思って、大切にお世話なさるだろう。
おほかたの世につけては、惜しうあたらしかりし人の御ありさまぞや 特別な関係を抜きにして考えるならば、惜しむべきすばらしいお人柄だった。「あたらし」惜しくもったいないの意。
さこそえあらぬものなりけれ あのようにはとてもできぬものだ。
よしありし方は、なほすぐれて 風流でいらした点はやはり抜群だと。
恥づかしうやあらむ 気詰りであろう。「恥ずかしい」②相手が立派に思えて、自分が劣っていることを感じて、気おくれする。気詰まりだ。
ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば 小柄でか弱そうなご様子なので。
御覧じつきたれば お馴染みになっているので。
かく隙間なくて、二所ふたところさぶらひたまへば このように、ほかのひとの入る余地のない有様で、有力なお二方(前斎宮と弘徽殿の女御)がお仕えしていらっしゃるので。
立てて好ませたまへばにや 特別にご興味がおありだからか。
かの旅の御日記 あの須磨明石の絵日記。
御心深く知らで今見む人だに 当時のご事情をよく知らず初めて見る人でも。
すこしもの思ひ知らむ人は 少し物の心が分かる人なら。
一人ゐて嘆きしよりは海人の住むかたをかくてぞ見るべかりける 一人京に残って悲しみに沈んでいるよりは、海女の住む海辺をこの絵のように、私も行って見るのでした(新潮)  / 一人京に残って悲しみに沈んでいるよりは、海女の住む海辺を、この絵のように、わたしも行ってみるのでした。(新潮日本古典集成)/ 一人京に残って嘆いていましたが、それよりは私も須磨に下って行ってこのように海女の生活を絵に描いていたほうがよろしゅうございました。(玉上)
おぼつかなさは、慰みなましものを お身の上を案じる思いは、紛れましたでしょうに。
憂きめ見しその折よりも今日はまた過ぎにしかたにかへる涙か つらい思いをしたあの時よりもまして、今日は改めて、昔の有様を描いた絵に過去を偲んで涙を流すことです(新潮) / つらい思いをしたあの時よりもまして、今日はあらためて、昔の有様を描いた絵に過去を偲んで涙を流すことです。(新潮日本古典集成)/ つらい思いをしたあの当時よりも、今日のこの絵を見て、再び過去にたちかえってひとしお涙が流れます。(玉上)
梅壺の御方 斎宮の女御のこと。梅壷(凝花舎)を賜っているのである。
伊勢の海の深き心をたどらずてふりにし跡と波や消つべき 『伊勢物語』の深い意味を考えようとせずいたずらに古風な作だと、けなしてよいものでしょうか(新潮) / 『伊勢物語』の深い意味を考えようとせず、いたずらに古風な作だと、けなしてよいものでしょうか。(新潮日本古典集成)/ 伊勢物語の深い趣を考えようともせず、古くさい作品だとけなし去ってよいものでしょうか。(玉上)
世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに圧されて ありふれた色恋沙汰の一見面白く書いてあるのに気圧されて、業平の名声を無にしてしまってよいでしょうか。
雲の上に思ひのぼれる心には千尋の底もはるかにぞ見る 宮中に上がった正三位の高い志と比べれば『伊勢物語』などはずっと下のものです(新潮) / 宮中に上った正三位の高い志と比べれば、『伊勢物語』などはずっと下のものです。(新潮日本古典集成)/ 宮中に上がった正三位の心からは、伊勢の海の千尋の底も遥か低く見下されます。伊勢物語など見劣りしますわ。(玉上)
 
みるめこそうらふりぬらめ年経にし伊勢をの海人の名をや沈めむ ちょっと見たところは古くさいでしょうが、昔から有名な『伊勢物語』の名を堕とすことができましょうか(新潮) / ちょと見たところでは古くさいでしょうが、昔から有名な伊勢物語の名を堕すことができましょうか。(新潮日本古典集成)/ ちょっと見には古くさいだろうけれど、昔から有名な伊勢物語の名声をけなせようか。(玉上)
わりなき窓を開けて 秘密の部屋を用意して。「わりなき窓」は、普通でないところに、無理に作った窓、の意。
延喜の御手づから 醍醐天皇が手ずから。
身こそかくしめの外なれそのかみの心のうちを忘れしもせず わが身こそこうして宮廷の外にいますが、その昔、心の内に思ったことは決して忘れません。(新潮日本古典集成)/ わが身はこうして内裏の外にいるが、あの当時の心持を決して忘れはしない。(玉上)
しめのうちは昔にあらぬ心地して神代のことも今ぞ恋しき 宮中は、あの時とすっかり変わってしまった感じがいたしまして、神に仕えた遠い昔のことも今は恋しく存じられます(新潮) / 宮中はあの時とすっかり変わってしまった感じがいたしまして、神に仕えた遠い昔のことも今は恋しく存じられます。(新潮日本古典集成)/ 御所の中は、昔と変わってしまったようで、神に仕えておりましたころのことも、今となっては、恋しゅうございます。(玉上)
はなだの唐の紙 はなだ色。薄い藍色の中国渡来の紙。
后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし 弘徽殿の大后から伝来して、あちらの女御(弘徽殿女御)にも渡っているだろう。
深うしろしめしたらむと思ふに 藤壺が絵に精通しているとおもうにつけ。
大臣もいと優におぼえたまひて 源氏も藤壺の臨席をまことにすばらしいとお思いになって。藤壺を意識して緊張する気持ち。
帥宮そちのみや 源氏の弟宮、後の蛍兵部宮。源氏と特に親しい。
紙絵は限りありて 紙絵。大きな襖絵や屏風絵ではなく、高さ一尺数寸程度の紙に書いた絵。
朝餉あさがれいの御障子を開けて 朝餉の間。台盤所の北隣にある。天皇が略式の食事を召し上がるところ。台盤所との間の障子を開けて。
本才の方々のもの教へさせたまひしに 実際の役に立つ技能。儀式、典礼など、政治家に必要な知識、技能。作詩、書道、舞、楽など諸方面があるので、「かたがた」という。
心より放ちて習ふべきわざならねど その気がないで精通できるものではない。/div>
おのづから移さむに跡ありぬべし 自然、師匠の技法を学び取るにもきまった道筋があるでしょう。教えられたとおりきまった学習をすれば、ある程度上達は見込める、という意。
跡をくらうなしつべかめるは 逃げ出すにきまっている。跡をくらまして逃げ出しそうなほど。
心地ゆき 気持ちが晴れ晴れする。
そのころのことには、この絵の定めをしたまふ その当時の世を挙げてのこととしては、人々は、絵の論評に明け暮れている。
はかなきことにつけても、かうもてなしきこえたまへば ちょっとした遊びごとにつけても、(源氏が斎宮の女御を)お引き立てになるので。
もとより思ししみにければ もとから弘徽殿に深く傾いていたので。
さるべき節会どもにも、「この御時よりと、末の人の言ひ伝ふべき例を添へむ」と思し れっきとした節会の折々に、当時の御代より始まったと、後世の人々が言い伝えるような事例を加えようとお思いになった。
私ざまのかかるはかなき御遊びも 女房向きのたわいもないお遊びをも。「私ざま」は公政治的なことに対して、後宮関係のことをさす。
中ごろなきになりて沈みたりし愁へに代はりて、今までもながらふるなり 中途で一度没落して、苦境に沈んだ嘆きの代わりに、今まで生き長らえていたのである。
末の君たち 夕霧十歳、明石の姫君三歳。子ども達の行く末を見たい。

HOME表紙へ 源氏物語 目次 絵合
公開日2018年9月22日