0001 めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜はの月かな
(状況)幼い頃から友達だった人に何年かたって出会ったところが、この女友達は親が国司で、親と共に地方へ行き、親sの任期が終わって上京したので、お互い再会できた。/ めぐりあいて 「月」の縁語。
// 久しぶりでやっとお目にかかりましたのに、あなたなのかどうか見分けられないうちにお帰りになり、夜中の月が雲に隠れたように心残りでした(新潮)/ 久しぶりに出逢ってお会いしたのに、昔のままのあなたであったかどうであったか見分けのつかないうちに急いで姿を隠してしまった夜半の月影のようなあなたでしたね(渋谷)
0002 鳴きよわるまがきの虫もとめがたき 秋の別れや悲しかるらむ
// まがきに力なくなく鳴く虫も、遠くへ行くあなたを引きとめられない秋の果てのこの別れが、私と同様悲しいのでしょうか(新潮)/ 鳴き弱った垣根の虫も行く秋を止めがたいようにわたしもあなたが遠い国へ下って行くのを止められません 秋の別れは何と悲しいことなのでしょう(渋谷)
0003 露しげきよもぎが中の虫の音を おぼろけにてや人の尋ねむ
//露いっぱいの蓬の中で鳴いている虫の声を、並一通りの思いで人は聞きに来るでしょうか。こんなあばらやへ、私などに琴を習いに来ようとは酔狂な方ですね(新潮)/ 露がしとどにおいた草深い庭の虫の音のようなわたしの琴の奏法を 並み大抵の人は訪ねて来ないでしょう、まことにご熱心なこと(渋谷)
0004 おぼつかなそれかあらぬか明けぐれの そらおぼれする朝顔の花
「なまおぼおぼしきこと」真意の分りかねる言動。歌から推定するなら、作者と姉のいる部屋へやってきて、二人のどちらに対してともなく色めいたことを語りかけたのであろう。
// どうも解しかねます。昨夜のあの方なのか別の方なのかと。お帰りの折、明けぐれの空の下でそらとぼけをなさった今朝のお顔では(新潮)/ はっきりしませんね。そうであったのか、そうではなかったのか、まだ朝暗いうちにぼんやりと咲いている朝顔のような、今朝の顔は(渋谷)/
0005 いづれぞと色分くほどに朝顔のあるかなきかになるぞわびしき
「手を見わかぬにやありけむ」誰の筆跡か見分けがつかなかったのだろうか。(状況)紫式部には姉がいて早くに亡くなったと思われる・この歌は姉が生きていた幼少期のことで、方違えに訪問した男が姉妹になにかよからぬいたずらをしたと想像される。
//ご姉妹のどちらから贈られた花かと筆跡を見分けようとしているうちに、朝顔の花があるかなきかにしおれてしまって切ない思いです(新潮)/ どちらからの筆跡かと見分けているうちに、朝顔の花のように萎れてしまいそうになるのが辛いことです(渋谷)
0006 西の海を思ひやりつつ月見れば ただに泣かるるころにもあるかな
//これから行く遠い西の海のことをおもいやりつつ月を見ると、ただ泣けてくるこの頃です。(新潮)/ 西の海を思ひやりながら月を見ているとただ泣けてくる今日このごろです(渋谷)
0007 西へ行く月の便りにたまづさの かき絶えめやは雲のかよひぢ 「たまづさ」手紙。「雲のかよひじ」雲の中にあると見たてられた通路。
// 月は雲の中の通路を西へ行きますが、その西へ行く好便にことづけるあなたへのお手紙が絶えるようなことがありましょうか。(新潮)/ 西へ行くあなたへの手紙は毎月のようにけっして書き絶えることはしません、空の通路を通して(渋谷)
0008 露深く奥山里のもみぢ葉に かよへる袖の色を見せばや
(状況)木の葉が紅葉するのは、露や時雨が色を染めるからとされ、袖が血の涙にねれて、紅葉の色に似ているというのは、悲しみの極みに達すると血の涙出るという故事によっている。
//しっとりと露のおいている奥山里のもみじ葉はこのように色濃いことですが、涙に染まってこのもみじ葉の色に似た私の袖の色をお見せしたいものです(新潮)/ 露が深く置いている奥山里のもみぢ葉に似かよった袖の色をお見せしたいですね(渋谷)
0009 嵐吹く遠山里のもみぢ葉は 露もとまらむことのかたさよ
//嵐の吹く遠い山里のもみじの葉は、少しの間でも木に止まっていることはむつかしいでしょう。そのようにあなたを連れてゆこうとする力が強くては、都に留まることは困難でしょう(新潮)/ 烈しい風が吹く遠くの山里のもみぢ葉は露を少しの間でも留まらせることが難しいように、あなたも都に留まることは難しいのでしょうね(渋谷)
0010 もみぢ葉を誘ふ嵐は早けれど 木の下ならで行く心かは
//もみじ葉を誘って散らせる嵐は、速く吹きますが、木の下でない所へ行く気になれるものですか。私を連れてゆこうとする力は強いのですが、都以外の所へは行き気になれません。(新潮)/ もみぢ葉を誘う嵐は疾いけれど木の下でなくては散り行く気持ちにもなれません(渋谷)
0011 霜氷り閉ぢたるころの水茎は えも書きやらぬ心地のみして
「水茎」川の堤や池の堰から漏れてくる細流。また筆のこと。
//凍てついた霜が流れをとざしているこの頃のような私の筆ではお慰めの手紙を書けない思いがするばかりでして(新潮)/ 霜や氷りが閉ざしているころの筆は十分に書ききれない気持ちばかりがしています(渋谷)
0012 行かずともなほ書きつめよ霜氷り 水の上にて思ひ流さむ
「ゆかず」筆が進まない。「水のそこ」み水くきの流れの下で、すなわち便りによって。
//たとい筆が進まなくても、やはりお考えをいろいろ書いてお聞かせください。そうしたら、凍てついた霜のようにとざされた胸の思いも、あなたのお便りで晴らしましょう(新潮)/ たとい筆が進まなくても今まで同様に便りを書き集めて送ってくださいね、霜や氷に閉ざされたわたしの心もあなたの便りによってもの思いを流せましょうから(渋谷)
0013 ほととぎす声待つほどは片岡の 森の雫に立ちや濡れまし
//「ほととぎす鳴かなむ」時鳥が鳴いてほしいわね。時鳥の鳴くのを待つ間は、片岡の森の中に立って、木々のしたたる露にぬれようかしら(新潮)/ ほととぎすの鳴く声を待つ間は、車の外に立って、片岡の森の雫に濡れましょうかしら(渋谷)
0014 祓へどの神のかざりのみてぐらに うたてもまがふ耳はさみかな
「ついたち」は、河原に出て祓えをする。祓は陰陽師が執行するものだが、法師も内職に陰陽師の役をはたした。紙冠は紙を三角に折って額につける。「耳はさみ」紙冠は三角に折った神の底辺を額につけ、その両端を耳にはさむのでこういった。
//祓戸の神の神前に飾った御幣に、いやに似通っている耳にはさんだ紙冠だこと(新潮)/ 祓へどの神の前に飾った御幣にいやに似通った紙冠ですこと(渋谷)
0015 北へ行く雁の翼に言伝てよ 雲の上がきかき絶えずして
(状況)作者には一人の姉がいた。その死亡年月は不明だが、詞書からすれば、長徳二年(996)父為時が越前守となる以前だったことがわかる。また、妹を亡くした人とは、父為時の姉妹で、肥前守平維将の妻となった人の娘であろうといわれる。「雁」に手紙を託すのは、漢の武が雁の脚に手紙をつけて送った故事による。「雲の上書き」手紙の表書きのこと。
// 北へ飛んでゆく雁の翼にことづけてください。今まで通り手紙の上書きを絶やさないで(新潮)/ 北へ飛んで行く雁の翼に便りを言伝てください雁が雲の上を羽掻きするように、手紙を書き絶やさないで(渋谷)
0016 行きめぐり誰れも都に鹿蒜山 五幡と聞くほどのはるけさ
//お互いに遠く別れて国々をめぐって、時が来れば、誰もみな都へ帰ってくるのですが、あなたの行かれる所には、かえる山や五幡という所があると伺いますと、遠く離れることが思われて、一体いつまたお目にかかれるのかと心細いことです(新潮)/ 遠くへ行っても廻って都に、鹿蒜山ではありませんが、帰ってきますがまた五幡ありませんが、何時のことかと聞くだけでもはるか先に思われます
0017 難波潟群れたる鳥のもろともに 立ち居るものと思はましかば
「津の国」大阪府でここから船に乗ったのだろう。
//ここ難波の干潟に群れている水鳥のように、あなたと起居を共にしているのだと思えたら、どんなに嬉しいでしょう(新潮)/ 難波潟に群れている水鳥のようにあなたと一緒に暮らしていられるものと思えたらいいのですが(渋谷)
0018 あひ見むと思ふ心は松浦なる 鏡の神や空に見るらむ
// あなたに逢いたいと思う私のこの心は、そちらの松浦に鎮座まします鏡の神様が空からご覧になっているでしょう(新潮)/ あなたにお逢いしたいと思うわたしの心は、松浦に鎮座する鏡の神が空からお見通しくださることでしょう(渋谷)
0019 行きめぐり逢ふを松浦の鏡には 誰れをかけつつ祈るとか知る
//遠い国をめぐりめぐって都で再び逢えるように待ち望む私は、ここ松浦の鏡神社の神様に、誰のことを心にかけてお祈りしているか、おわかりでしょうか(新潮)/ めぐり逢うことを待つという、松浦の鏡の神に対して誰を心にかけつつ祈っているとあなたはお分かりでしょうか(渋谷)
0020 三尾の海に網引く民の手間もなく 立ち居につけて都恋しも
「三尾が崎」琵琶湖の西岸、滋賀県高島郡安曇川町三尾里付近一帯。
// 三尾が崎で網を引く漁民が、手を休めるひまもなく、立ったりしゃがんだりして働いているのを見るにつけて、都が恋しい(新潮)/ 三尾の海で漁民がせわしなく網を引いて働いているその立ち居を見るにつけても都が恋しいことよ(渋谷)
0021 磯隠れ同じ心に田鶴ぞ鳴く なに思ひ出づる人や誰れそも 「磯の浜」は琵琶湖の北、坂田郡米原町磯の浜。
(状況)越前下向は夏に琵琶湖西岸を辿り、帰路は、0072の詞書によれば冬で、琵琶湖東岸を通っている。
//磯の浜のものかげで、私と同じようにせつなさそうに鶴が鳴いている。一体お前の思い出しているのは誰なのか(新潮)/ 磯の隠れた所でわたしと同じ気持ちで鶴が鳴いているが何を思い出し誰を思ってなのだろうか(渋谷)
0022 かき曇り夕立つ波の荒ければ 浮きたる舟ぞしづ心なき
// 空一面が暗くなり、夕立を呼ぶ波が荒いので、その波に浮いている舟は不安なことだ(新潮)/ 空がかき曇って夕立ちのために波が荒くなったので浮いている舟の上で落ち着いていられない(渋谷)
0023 知りぬらむ行き来にならす塩津山 世にふる道はからきものぞと
塩津山「伊香保郡西浅井町塩津付近の山。塩津は琵琶湖の北端にあり、北陸へ向かうときの要港であった。
//お前たちもわかったでしょう。いつも行き来して歩き馴れている塩津山も、世渡りの道としてはつらいものだということが(新潮)/ 知っているのだろう、行き来に慣れた塩津山の古くからある世渡りの道は辛く塩辛いものだと(渋谷)
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0024 おいつ島島守る神がやいさむらむ 波も騒がぬわらはべの浦 帰路の歌である。
//おいつ島を守っている神様が、静かにするよういさめたためだろうか、わらわべの浦は波も立たずきれいだこと(新潮)
/ おいつ島を守る神様は静かになさいと諌めるのでしょう波も騒がないわらわべの浦ですこと(渋谷)
0025 ここにかく日野の杉むら埋む雪 小塩の松に今日やまがへる
「日野岳」越前の国府のあった武生市の東南にあっる標高800メートルの山/「小塩山」は京都市西京区大原野南春日町の西部にあり、都の近くで歌に詠まれなじみのある山である。
//こちらでは、日野岳に群立つ杉をこんなに埋める雪が降っているが、都でも今日は小塩山の松に入り乱れて降っているのだろうか(新潮)/ ここ越前の国府にこのように日野山の杉むらを埋める雪は都で見た小塩山の松に今日は見まちがえることです(渋谷)
0026 小塩山松の上葉に今日やさは峯の薄雪花と見ゆらむ
//小塩山の松の上葉に、今日はおっしゃるように初雪が降って、峯の薄雪は花の咲いたように見えることでしょう(新潮)/ 小塩山の松の上葉に今日はおっしゃるように雪が降って、その峯の薄雪は花と見えるのでしょう(渋谷)
0027 ふるさとに帰る山路のそれならば 心やゆくと雪も見てまし
//故郷の都へ帰るという名のあるあの鹿蒜山(かえるのやま)の雪の山ならば、気が晴れるかと出かけて行って見もしましょうが(新潮)/ 故郷に帰るという鹿蒜山の雪ならば気も晴れるかと出て見ましょうが (渋谷)
0028 春なれど白根の深雪いや積もり解くべきほどのいつとなきかな
(状況)作者らが越前へ下った前年の長徳元年(995)九月に、宋人が七十余人若狭国に漂着し、越前国に移されていた。その宋人を見にゆこうといっていた人とは父の友人であり、作者の夫となった人であろう。「春はとく来るものと、いかで知らせたてまつらむ」春には氷がとけるもの。あなたの心も私に打ち解けるものだと知らせたい。
// 春になりましたが、こちらの白山の雪はいよいよ積もって、おっしゃるように解けることなんかいつのことかしれません(新潮)/ 春とはなりましたが、白山の深雪はますます降り積もっていつ雪解けとなるかは分かりませんわ(渋谷)
0029 湖の友呼ぶ千鳥ことならば八十の湊に声絶えなせそ
(状況)近江の守の娘に言い寄っている男とは、作者に「二心ないと求婚する宣孝だろう。
//近江の湖に友を求めている千鳥よ、いっそのこと、あちこちの湊に声を絶やさずかけなさい。あちこちの人に声をおかけになるといいわ(新潮)/ 湖の友を呼ぶ千鳥よ、同じことならばたくさんの湊に声をかけなさい (渋谷)
0030 四方の海に塩焼く海人の心から 焼くとはかかる投げ木をや積む
// あちこちの海辺で藻塩を焼く海人が、せっせと投木を積むように、方々の人に言い寄るあなたは、自分から好きこのんで嘆きを重ねられるのでしょう(新潮)/ あちこちの海で塩を焼く海人のように自分から焦がれているとはこのような嘆きを重ねているのでしょうか(渋谷)
0031 紅の涙ぞいとど疎まるる 移る心の色に見ゆれば
(状況)「もとより人の女を得たる人なりけり」もとより、確かな親の娘を妻に得ている人なのだ。これは 夫となる宣孝のことか・・・管理人
// あなたの紅の涙だと菊と一層うとましく思われます。移ろいやすいあなたの心がこの色でははっきり分かりますので(新潮)/ 紅の涙がますます疎ましく思われます心変わりする色に見えますので(渋谷)
0032 閉ぢたりし上の薄氷解けながらさは絶えねとや山の下水
「文散らしけり」わたしの出した手紙を他の人に見せた。「ありし文ども取りまとめておこせずば」今までにわたしが出した手紙を全部返してくれなければ」「言葉のみにていひやりたれば」使いに口上で伝えさせた。「みなおこす」手紙を全部返すというので、これでは絶交だねとひどく恨んでいたので。
//氷に閉ざされていた谷川の薄氷が春になって解けるように、折角打ち解けましたのに、これでは、山川の流れも絶えるようにあなたとの仲が切れればよいとお考えなのですか(新潮)/ 春になって閉ざされていた谷川の薄氷もせっかく解け出したというのにそれでは川の水のように絶えてしまえとおっしゃるのですか(渋谷)
0033 東風に解くるばかりを底見ゆる石間の水は絶えば絶えなむ
「すかされて」わたしの言葉(歌)になだめられて。③ なぐさめて、気持を変えるようにする。なだめる。機嫌をとる。① あおりたてて誘う。うまく相手の気持をそそる。おだてる。(精選版日本国語大辞典)(気持ちを)言い当てられて。//春の東風によって氷が解けたくらいの仲なのに、底の見える石間の浅い流れのように、浅い心のお前との仲は切れるものなら切れるがいいんだよ(新潮)/ 春の東風で解けるくらいの氷ならば石間の水は絶えるなら絶えればいいのだ(渋谷)
0034 言ひ絶えばさこそは絶えめなにかそのみはらの池を包みしもせむ
「今は物も聴こえじ」もうお前には何も言うまい。この言葉は0033の歌に続く言葉である。「はらの池」があったとする説があるが実在したかは不明。「腹立ち」の腹にかける。「つつみ」池の堤をかけ、「池」の縁語。遠慮すること。// もう手紙も出さないとおっしゃるなら、そのように絶交するのもいいでしょう。どうしてあなたのお腹立ちに遠慮なんかいたしましょう(新潮)/ 絶交するならばおっしゃるとおり絶交しましょう、なんでそのみはらの池の堤ではありませんが、腹立ちを包んでいられましょう(渋谷)
0035 たけからぬ人数なみはわきかへりみはらの池に立てどかひなし
「たけからぬ」「たけし」は、強い、すぐれている、などの意。「人かずなみ」「なみ」は「なし」の語幹に接尾語「み」のついたもので、「波」をかけている。// 立派でもなく人かずの身分でもなく、腹の中では、波が湧きかえり波立つに腹が立つが、お前には勝てないよ(新潮)/ 立派でもなく人数にも入らぬわたしは、沸き返らせて、みはらの池の腹を立てましたが、あなたには負けましたよ(渋谷)
0032~0035にわたる応答歌の相手は、夫の宣孝ではないか、性格が闊達で明るかった・・・管理人
0036 折りて見ば近まさりせよ桃の花思ひ隈なき桜惜しまじ
「思ひ隈なし」思慮分別がない、一方的だ、思いやりがない。桃を作者、桜を夫と関係のあった女にたとえたようです。身勝手な桜(夫の女)より、桃(わたし)のほうがよい。
//折って近くで見たら、見まさりしておくれ、桃の花よ。瓶にさした私の気持ちも思わずに散ってしまう桜なんかに決して未練はもたないわ(新潮)/ 手折ったら近まさりしてください、桃の花わたしの気持ちを理解しない桜など惜しみません(渋谷)
0037 桃といふ名もあるものを時の間に散る桜にも思ひ落とさじ
//桃は百(もも)百年という名を持っているんだもの。いくら桜であろうと、すぐ散ってしまう花より見落とすようなことはしないよ(新潮)/ 桃という名があるのですもの、わずかの間に散ってしまう桜より思ひ落とすまい(渋谷)/これは(0036・0037)夫宣孝との応答歌か?・・・管理人
0038 花といはばいづれか匂ひなしと見む散り交ふ色の異ならなくに
// 桜も梨も花という以上は、どれが美しくない梨の花と見ようか。風に散り乱れる花の色は違っていないだもの(新潮)/ 花といったら桜と梨とどちらが色つやがないと見ようか散りかう色はどちらも違わないのだから(渋谷)
0039 いづかたの雲路と聞かば訪ねまし列離れけむ雁がゆくへを
(状況)亡くなったのは、0015の詞書の作者と姉妹の約束をした友達らしい。
// どちらの雲路だったと聞きましたら、探しに行きましょうに。親子の列から離れて行ったあの雁の行方を(新潮)/
どちらの雲路へ行ったと聞いたなら、訪ねもしましょうものを一羽だけ列を離れて行った雁の行方を(渋谷)
0040 雲の上ももの思ふ春は墨染めに霞む空さへあはれなるかな &emsp
(状況)「去年の夏より薄鈍色着たる人」去年の夏から薄墨色の喪服を着ていた人、作者である。夫宣孝(のぶたか)は長保三年(1001)四月二十五日に亡くなり、その喪中のこと。「女院かくれ」長保三年閏十二月二十五日崩御の東三条院詮子(一条天皇の母、道長の姉)。「人のさしおかせたる」ある人が使者に持たせて置かせた歌。「雲の上」宮中。ここは帝。
// 帝が喪に服して悲嘆にくれていらっしゃる今年の春の、この夕暮れは、喪服の色に霞んでいる空までも悲しく感じられます。それにつけても、あなたはいかばかりかとお見舞い申し上げます(新潮)/ 宮中でも悲しみに沈んでいる諒闇の春は薄鈍色に霞んでいる空までがしみじみと思われます(渋谷)
0041 なにかこのほどなき袖を濡らすらむ霞の衣なべて着る世に
//取るにたりない私ごとき者が、どうして夫の死のみ悲しんで袖を濡らしているのでしょう。国中の方が喪服をつけていらっしゃる時ですのに(新潮)/ どうして取るに足りないわたしごときが夫の死を悲しんで泣いていられましょうか国母が崩御されて国中が薄鈍色の喪に服しているときに(渋谷)
0042 夕霧にみ島隠れし鴛鴦おしの子の跡を見る見る惑はるるかな
//夕霧のたちこめる島陰に姿をかくした鴛鴦の跡を見て途方にくれている子のように、亡くなった父の筆跡を見ながら悲嘆にくれています(新潮)/夕霧のために島蔭に隠れた鴛鴦の子のように父の筆跡を見ながら悲嘆に暮れています (渋谷)
0043 散る花を嘆きし人は木のもとの寂しきことやかねて知りけむ
//桜の散るのを嘆いていたあの方は、花の散ったあとの子供の寂しさを、生前からご存じだったのでしょうか(新潮)/ 散る花を嘆いていたのは散った後の木のもとの寂しいことをかねて御存じでいたのでしょうか(渋谷)
0044 亡き人にかごとはかけてわづらふもおのが心の鬼にやはあらぬ
//妻に憑いた物の怪を、夫が亡くなった先妻のせいにして手こずっているというのも、実際は、自分自身の心の鬼に苦しんでいるということではないでしょうか(新潮)/ もののけにかこつけて手こずっているというが実は自分の心の鬼に責められているのではないでしょうか(渋谷)
0045 ことわりや君が心の闇なれば鬼の影とはしるく見ゆらむ
なるほど言われる通りです。それにしても、あなたの心があれこれ迷って闇のようだから、この物の怪が疑心暗鬼の鬼の影だとはっきりおわかりになるのでしょう(新潮)/ ごもっともですね、夫君の心が迷っているので心の鬼の影をはっきりと見えるのでしょう(渋谷)
0046 春の夜の闇の惑ひに色ならぬ心に花の香をぞ染めつる
(状況)絵の中の「さだすぎたるおもと」の心を詠んだもの。
//春の夜の闇にまぎれて花の美しさは見えないが、色気をもたない心に梅の香は深く味わったことである(新潮)
/ 春の夜の闇に梅の花の色は見えないが心のうちに花の香を染めたことである(渋谷)
0047 さ雄鹿のしか慣らはせる萩なれや立ちよるからにおのれ折れ伏す
(状況)萩を鹿が妻として慕い寄るという種類の歌が古くからあり、その発想によっている。
// 雄鹿が、平成からそのようにならしているためか、童が傍に立ち寄るとすぐに、萩が自分で折れ曲がって頭をさげているよ(新潮)/ 雄鹿がいつもそのように慣らしている萩なのでしょうか童女が近付くと同時に自然と萩が折れ伏すことよ (渋谷)
0048 見し人の煙となりし夕べより名ぞ睦ましき塩釜の浦
(状況)「世のはかなきことを嘆くころ」夫の死後間もない頃だろう。煙は火葬にした夫を思い出すよすがである。塩釜には塩焼く煙が連想され、親しみが感じられるのである。
// 連れ添った人が、荼毘の煙となったその夕べから、名に親しさが感じられる塩釜の浦よ(新潮)/ 連れ添った人が火葬の煙となった夕べからその名前が親しく思われる、塩釜の浦よ (渋谷)
0049 世とともに荒き風吹く西の海も磯辺に波は寄せずとや見し
(状況)作者の家の門をたたきあぐねて帰った人。歌の配列からすると、夫の死後言い寄った男のようである。この男がかって九州の国司(受領)だったことにもとづく表現なのであろう。/ 宣孝の子・隆光は、継母である紫式部に思いこがれていたという説がある。男が翌朝、紫式部に寄こした歌。
//いつも荒い風の吹く西の国の海辺でも、風が磯辺に波を寄せつけないのをみたろうか(新潮)/ いつも荒い風が吹く西の海にもその磯辺に波の寄せないことがありましょうか(渋谷)
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公開日2024年//月//日