3 星雲を観測する: メシエ
星雲は銀河の外にあるのか、 内にあるのか
こうして新たに注目を受けるようになったのが、夜空にぼんやりと見える「星雲」である。シミのように広がった星雲は、
くっきりとした星とはまるで違っていた。天文学者の中には、謎めいた星雲は宇宙全体に散らばっているのではないかと言う人たち
もいた。しかし大半の天文学者は、星雲は天の川銀河の内部にあり、とくに変わった天体ではないと考えていた。なにしろウィリアム・
ハーシェルの測定によれば、いっさいはパンケーキ型をした天の川銀河の内部に含まれているらしかったからだ。
星雲研究の歴史は、古代の天文学者たちが肉眼でいくつかの星雲に気づいたときに始まった。その後望遠鏡か発明されると、
星雲は驚くほどたくさんあることが明らかになった。はじめて星雲を詳しいカタログにまとめたのは、フランスの天文学者
シャルル・メシエである。メシエが星雲のカタログ作りに乗り出したのは、1764年のことだった。そのころメシエはすでに彗星の
発見で成功を収め、ルイ十五世から「彗星探索者(フユレ・デ・コメート)」の渾名をもらうほどだった。しかし彗星と星雲は
一見したところ区別がつきにくいため、彗星と星雲の取り違えがしょっちゅう起こることにメシエは頭をいためてた。彗星は空を
移動していくからいずれはそれとわかるが、動かぬ天体が動き出すのを空しく待つという無駄を避けるために、メシエは星雲の
一覧表を作りたいと考えたのだ。彼は1784年までに百三個の星雲を記録したカタログを発表した。このカタログに載った天体は、
今日でも「メシエ番号」で呼ばれている。たとえば蟹星雲はM1、アンドロメダ星雲はM31である。メシエがスケッチした星雲を示す。
メシエの星雲のスケッチ
20年間におよぶ観測の末、シャルル・メシエは
1784年までに、103個の星雲を記載したカタログ
を発表した。ここに示すのはカタログの31番目に
記載されたアンドロメダ星雲を、メシエ自身が、詳
細にスケッチしたものである。広がった構造をもつ
星雲と光の点である星との違いも示されている。
メシエのカタログを一部受け取ったウィリアム・ハーシェルは、見つめる対象を星雲に移し、自作の巨大望遠鏡を使って
しらみつぶしに空を探りはじめた。ハーシェルはメシエを大きく上まわる二千五百個もの星雲を記録し、観測のかたわら星雲の正体
にも推測をめぐらせた。彼は、星雲は雲のように見えることから(星雲(ネビュラ)はラテン語で雲や霧を意味するneburaに由来する)、
実際にガスと塵からなる大きな雲なのだろうと考えた。もうすこし具体的に言うと、ハーシェルはいくつかの星雲の中に一個の星を
認めることができた。そこで彼は、星雲は一個の若い星と、それを取り巻く残り物の塵とからなり、塵はやがて惑星になるという
説を打ち出したのだ。つまりハーシェルの見るところ、星雲は星の一生の初期段階にあたり、ほかの星たちと同じく天の川銀河の内部に
存在するように思われたのである。
ハーシェルは、天の川銀河は宇宙で唯一の星の集団だと考えていたが、十八世紀のドイツの哲学者イマニュエル・カントは、
これとはまったく異なる考えをもっていた。カントは、少なくともいくつかの星雲は、大きさの点で天の川銀河に匹敵し、天の川
銀河を越えたはるかかなたにある、まったく別個の星の集まりだと主張していたのである。カントによれば星雲が雲のようにぼんやりと
見えるのは、何百万個もの星を含み、なおかつ非常に遠くにあるため、星たちがひとつの光のもやに溶け込んでしまっているから
だった。カントは自説を裏づけるために、星雲の多くは楕円形に見えることに着目した。楕円は、星雲が天の川銀河と同じパンケーキ
型をしているときに予想される形なのである。実際、天の川銀河を真上から見れば丸い円盤になり、真横から見れば一直線になり、
その中間の角度から見れば楕円形になるだろう。カントは星雲のことを「島宇宙」と呼んだが、それは大海原に島が点在するように、
宇宙には星でできた島が点在していると考えたためであった。天の川銀河もまた、星でできた島のひとつにすぎないことになる。
今日、そのような孤立した星の集団はどれも「銀河(ギャラクシー)」と呼ばれている。
星雲は天の川銀河の向こうにある別個の銀河だという考えをカントが好んだのは、観測にもとづずく理由があったからだが、
彼がそう信じたのには神学的な根拠もあった。彼は、神は全能なのだから、宇宙は永遠でなければならず、そこに含まれるものも
果てしなく豊かでなければならないと論じたのだ。カントの立場からすれば、神が有限な天の川銀河しか作らなかったというのは
馬鹿げた考えだった。
神の無限な創造力の顕れである空間を、天の川銀河の半径で決まるひとつの球に押し込めてしまうのは、
直径一インチの球に押し込めるのと五十歩百歩である。有限なもの、すなわち境界があるものや、一なる数と明確な関係をもつ
ものは何であれ、無限から遠く隔たっているという点では何の違いもないからだ。・・・したがって、神の属性の顕れである
宇宙空間は、神の属性と同じく無限でなければならない。空間の無限性を併せもつものでなければ、時間の無限性だけでは、
神の顕れを取り囲むには不十分なのである。
こうしていくつかの戦線がひかれた。ハーシェルの支持者たちは、星雲は残りものの塵に取り巻かれた若い星であり、
天の川銀河の内部にあると論じたのに対し、カントの追随者たちは、星雲は天の川銀河のはるかかなたにある別個の銀河だと
論じた。・・・
2 白鳥座61番星までの距離の測定に成功する: ベッセル
4 ケフェウス型変光星(セファイド)の発見: ピゴットとグッドリック
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