物理の窓

ガリレオの落体運動の実験と論証

2 重い物は軽い物より速く落ちるか

ガリレオが活躍したのはケプラーと同じ時代です。ティコやケプラーが終始天体を研究対象にしたのと対照的に、 ガリレオは地上の物体の運動から出発しました。彼の最初の発見は振子の等時性であったと伝えられています。彼は イタリヤのピサの生まれですが、斜塔で有名なあのお寺の大伽藍で、天上から下がっているランプが風でゆれるのを見て、 彼はその等時性を発見したといわれています。
彼の次の発見は落体運動にかんするものです。彼の発見以前には、アリストテレス以来の通説に従って、同じ高さから 地面に物を落としたとき、重い物は軽い物より早く着地するという考えがぬきがたく人々に信じられていました。そして、 このことはまた日常の経験から見ても確からしいことです。にもかかわらず彼はこの考えを疑ったのです。
彼がこの疑いを持った理由は次のようなことだったといわれます。すなわち、もし重い物が速く、軽いものが遅く落下する とすれば、それを連結して落としたときどうなるだろう。そのとき、連結した物体は個々の物体のどちらよりも重いから、 それは個々の物体のどちらよりも速く落下せねばならぬだろう。しかし一方では、連結物体の一部は速く落下しようとしても、 他の一部は遅く落下しようとするから、連結物体は結局中間の速さで落下するよりほかないだろう。これは矛盾である。 だからすべての物体の落下のしかたは重さに関係ないだろう。そこで彼は「実験」という、いままであまり人の試みなかった 方法で落下物体の動きを追求しようと考えたのです。
彼は落下運動の研究を1604年ごろからやっていたということで、これは彼がまだ二十代のころです。このときにやった 実験かどうかわかりませんが、後年出版さた彼の著書『天文対話』や『新科学対話』に落下実験の記載が 出ています。ここでは後者を紹介しておきましょう。それによると、 彼は約100メートルの高所から同じ大きさの鉛の球と樫の木の球とを落としました。そうすると、着地点で鉛のほうがわずか 1メートル程度先行したにすぎなかった。さらに鉛の球と石とを落としてみると、両者の差はほとんど見られなかった。この 結果から彼は彼以前の人たちが信じていたことは誤りであり、落下時間は重さに関係しないというのが正しいと結論しました。 そして鉛と樫との間の少しのちがいは、空気の抵抗によるものだといっています。
ガリレオはさらに落下物体の速度が落下の過程でどう変化するかを追及しています。ただそれを直接しらべることは困難 なので、先ず金属球が斜面上を転がり落ちるときのそれをしらべました。その結果、球が静止状態から出発するとき、その走行距離 が時間の2乗に比例して延びていくことを発見し、そのことから次のように結論しています。
ガリレオの実験結果のまとめ
注)初めの数字を1単位とする
経過時間単位1234
単位時間の進行距離1357
始点からの進行距離14916
それは、球が静止から出発したとき、任意に定めた一定の時間区間ごとに走る距離は、奇数の比で増大していくということです。 このとき時間区間の長さは任意ですから、かりにそれを一分としておきましょう。そうすると、最初の一分間に動いた距離を1に とったとき、次の一分間には距離3を、また次の一分間には5を、・・・というように、それぞれの時間区間で球の走った距離は 1、3、5、・・・の比で増大していくのです。このことは球の落下速度が増大することを意味し、それは一つの加速運動だという ことになります。こうしてガリレオは加速度の概念を持っているのみならず、この運動は等加速度運動だとはっきりいっています。
球の運動をこう表現することと、走行距離が時間の2乗に比例するということとが同等であることはすぐわかることですが 1、3、5、・・・の比で距離が延びるという事実は直接実験で示すことが可能です。すなわち、斜面に沿って1、3、5、・・・の間隔で 鈴をつけておき、物体が落下の途中でそれに触れて鳴るようにしておく。そうすれば鈴は等しい時間間隔で次々に鳴るでしょう。 ガリレオは事実こういう実験をやったそうです。
このような事実はガリレオ以前の人たちの全く知らなかったことですし、また知ろうとも思わなかったことです。ガリレオは さらに同じ傾斜角の斜面上での球の運動は、あまり軽いものを除き、その重さに関係しないことを確かめました。そしてまた、 斜面の傾斜を変えると落下運動の遅速も変化するが、1、3、5、・・・の比例関係は常に成立していることなどを確かめました。 ただし、傾斜をあまり急にすると、落下速度が大きくなりすぎて観察は困難だし、あまりゆるくすると、摩擦のため落下が 邪魔されます。しかし、ある範囲の傾きでは、いまいったことがすべて成立している。 ですから、斜面の角度を90度にしても、 現象は同様であるはずだ、と彼は結論しました。だとすれば、物体の自由落下も、落下距離は時間の2乗に比例し、1、3、5、・・・ の法則が成立するだろう。そして、すべての事情は物体の重さに関係しないだろう。これが彼の得た結論です。
ガリレオはこの斜面実験のことが相当得意だったらしい。彼はさっき言及しました『天文対話』でそれを自画自賛しています。 この本は、彼の考えを代弁するサルヴィアチという人物が、専門家ではないが柔軟な考えを持つサグレドという人物と、それと 対照的に、古い、アリステレス流の考えを固執するシンプリチオという人物と三人が鼎談するという構成になっており、目的は 古い考えを論破しようというもので、落下運動についての新しい考えの展開と、天動説を論破することが二本の柱になっています。 そのなかで、落下運動にかんするかれの発見については、サルヴィアチをしてこう語らせています。
「これらのことはすべてぼくらの友人によって見出され証明されたのです。ぼくはこれらすべてを非常に 喜びまた驚きながら知り、また研究もしてみました。というのはそれをめぐって何百巻という書物が書かれた主題(落下運動 のことです)について、全く新しい知識をよび起されたからです。この友人の書物のうちに述べられた数限りない驚くべき 結論のどれ一つをとっても、ぼくらの友人以前にはだれ一人としてそれを観察し理解したものはないのです。」
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✽ 物理学生への注 斜面の実験では、球が転がりますから、回転運動の加速度を 考慮せねばならぬ点で実は落下の運動とそのまま一致することはないはずです。しかし、斜面運動において回転があっても 落下は等加速度的行われることには変わりません。

3 動いている物体は永久に動きつづける 次頁

1 アリストテレスの運動論 前頁

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更新2009年1月29日