第五章 正義と現象の理由
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世間は物事をよく判断する。なぜなら、世間は人間の真の座席である自然な無知のうちにあるからである。
知識には互いに触れあっている二つの極端がある。第一の極端は生まれたてのすべての人間がおかれている
自然的な純粋の無知である。他の極端は、人間の知りうるすべてのものを一巡したのち自分が何も知らない
ことを認め、出発点のあの同じ無知にもどってくる偉大な魂の到達する無知である。しかし、これは自己を知る
賢明な無知である。二つの無知の間にあって、自然な無知から出て、まだ他の無知に到達できない人たちは、
あの思い上がったうわつらの知識で知ったかぶりをする。この連中は世をまどわし、すべてのことをまちがって
判断する。
民衆と識者とが世間の動きを構成しているが、中途半端な連中は世間の動きを軽蔑し、また自分らが
軽蔑されている。彼らはすべてのことをまちがって判断し、世間はそれらをよく判断する。
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