第一章 精神と文体とに関する思想
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オネットム。(1)
人から「彼は数学者である」とか「説教家である」とか「雄弁家である」と言われるのでなく、
「彼はオネットムである」と言われるようでなければならない。この普遍的性質だけが私の気に入る。
ある人を見てその著書を思い出すようでは悪い徴候である。何か特質があったとしても、たまたま
それを<何事も度を過ごさずに>(2)用立てる機会にぶつかったときに限って、それに気がつかれる
ようであって欲しい。さもないと一つの特質が勝ってしまって、それで命名されてしまう。彼が上手に
話すということは、上手に話すことが問題になったときに限って思い出されるようでなければならない。
しかもそのときこそは、思い出されなければならないのである。
(1)広い一般教養に恵まれ、洗練された会話術を心得た社交界の紳士。十七世紀
フランスの人間理想であった。イギリスのgentlemanにあたる。
(2)古代ギリシャの格言のラテン語訳。
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