私の万葉集 巻第十三

3314

つぎねふ 山背道やましろぢを 他夫ひとづまの 馬よりくに 己夫おのづまし 徒歩かちより行けば 見るごとに のみし泣かゆ そこおもふに 心し痛し たらちねの 母が形見かたみと が持てる まそみかがみに 蜻蛉領布あきづひれ め持ちて 馬買え

解説の訳。「山城道をよそのご主人は馬で行くのに、わたしの夫は歩いてゆくので、見るたびに泣けてきます。それを思うと心が痛みます。母の形見にわたしが持っているます鏡と蜻蛉領布を持って行き、馬をお買いなさい、あなた」
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つぎねふ―山背の枕詞。語義・かかりかた不明。
山背道―山背(国名、京都府東南部)を通っている道。
他夫―既婚女性が他人の夫をさしていう。
蜻蛉領布―トンボの羽のように薄く透き通った領布。領布(ひれ)は女性が首から左右へ長く垂らした布。別れを惜しむ時などにこれを振った。
負い並め持ちて―負ヒは不詳。合わせて負い持ってゆくの意か。
反歌
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泉川いずみがは  わた深み 背子せこが 旅行たびゆごろも たむかも

3315
泉川―現在の木津川。京都府相楽郡久邇京を貫流し、京都市南方にあった巨椋池にその西端辺で注いでいた。
或本あるほんの反歌に曰く
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まそ鏡 持てれどわれは しるしなし 君が徒歩かちより なづみく見れば

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―努力に見合うだけの効果。
なづみ行く見れば―悪路を苦労して行き悩んでいるのを見れば。
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馬買わば 妹徒歩いもかちならむ よしゑやし いしむとも 二人行ふたりゆかむ

長歌・反歌のやり取りで、情景がほうふつとします。たとえ馬を買って自分が乗ったとしても、今度は妻が歩いてゆくことになる、それなら、石がごろごろして歩きづらくても、ふたりで歩いて行ったほうがよい、と夫が詠う。馬を持てない夫婦の情愛が、問答風に飾らず表れている。
3317
よしゑやし―もうどうでもよい、という放任の気持ちを表すヨシに、不快な時に発する間投助詞エが付き、更に、はやし詞のヤシが接した形。トモと呼応することが多い。「たとえ・・・になっても」「えいままよ」
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巻第十三終了。4首採集―全127首。

更新2007年8月11日