私の万葉集 巻第九

岡本宮おかもとのみやに天の下治めたまふ天皇の紀伊国きのくにいでます時の歌二首

1666

朝霧あさぎりに れにしころも さずして ひとりか君が 山路やまぢ越ゆらむ

右の二首、作者未だ詳らかならず。

二首のうちの一首。解説に、「大和において留守をする家人が旅の夫の身の上を思いやって詠んだ歌」とある。いい歌ですね、夫婦の愛情も含めて。
1666
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丹比真人たぢひのまひとのの歌一首

1726

難波潟なにはがた 潮干しほひでて 玉藻たまも刈る 海人娘子あまをとめ ども が名らさね

1726
汝が名告らさね―ノラスは打ち明ける意ノルの敬語。ネは希求。女に名を尋ねることは、求婚を意味する。

こたふる歌一首

1727

あさりする 人とを見ませ 草枕くさまくら 旅行く人に が名は告らじ

旅先の浜辺で、貝や海草を取っている娘たちに、たわむれに声をかけたが、「魚(あさり)する人だと見てください、旅のお方に名前は申し上げられません」と、元気よくピシャリと断られた。
1727
あさりする―魚貝などを探し求めること。

妻にあたふる歌一首

1782

雪こそは 春日はるひ消ゆらめ 心さえ 消えせたれや ことかよはぬ

1782
消えうせたれや―疑問条件。心が消え失せたりなどするはずはないのに、の余意がある。
言も通はぬ―音沙汰もない。便りがない。

妻のこたふる歌一首

1783

松反まつがへり しひてあれやは 三栗みつぐりの 中上なかのぼぬ 麻呂まろといふやっこ

右の二首、柿本朝臣人麻呂の歌の中に出づ。

柿本人麻呂の歌は、これまで長歌・短歌とも沢山読んできたが、一つも採りたい歌がなかった。定型化してしまって、新鮮味がないのである。旋頭歌(巻第七)を引いた時は、旋頭歌を紹介する意味もあったし、人麻呂の作かどうか疑問であった。
初めて採った人麻呂の歌が、このような歌になったのは、皮肉である。人麻呂もこんな苦りきった気持ちを味わっていたとは。今も昔も人の心は全然変わっていない処があるということでしょうか。
1783
松反り―未詳。シヒの枕詞。
しひてあれやは―疑問条件。シフは感覚がなくなる意か。「ぼけてしまったのか」
三栗の―地名那賀の枕詞。三栗は、一つのいがに三つの実を生じる栗の意。その中央に位置する、という意味でナカに続けた。
中上り来ぬ―中上リニモ来ヌの意。中上りは国司が任期中に上京すること。地方官として赴任した夫が上京して作者のもとに来ないことをいう。
―奴隷。賤民として財物視され、個人の家に属して労働に駆使された。ここは憎い男を罵っていう。
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巻第九終了。5首採集―全148首。

更新2007年8月3日