うちひそみぬかし うち‐ひそ・む(打ち×顰む)顔をしかめて泣き出しそうになる。「ひそむ」顔つきがゆがむ、べそをかく、泣き顔になる。
念じえず 「念ず」がまんする。「え」は動詞、「ず」は打消し、終止形。
心ぎたなし 心がいさぎよくない、邪念が捨てきれない。
なま浮かびにては 「浮かぶ」は濁りから浮かぶ。悟り。「なま浮かぶ」は中途半端な悟りで、形だけの出家を揶揄した表現。
濁りにしめる 濁りは濁世。「しめる(占める)」自分の居所とする。濁世に居る(よりは)。
絶えぬ宿世浅からで 切っても切れぬ宿縁が深くて。男女が結ばれるか否かは前世からの因縁によるとされた。
尼にもなさで尋ね取りたらむ 『蜻蛉日記』の作者が出家を志して鳴滝へ参籠し、夫兼家によって連れ戻されてからは「雨蛙(尼帰る)」とからかわれるようになったことを念頭においているか。
やがてあひ添ひて 「やがて」すぐ、そのまま。そのまま(家出したりせず)連れ添って。以下「契り深くあわれならめ」まで挿入句の気持ちで読む。
きざみ ③時がたってゆくそのひと区切り。また、折。時。場合。引用
見過ぐしたらむ がまんして夫婦として暮らしてゆく。寛大に見逃しているとすればそんな夫婦の間柄こそ。
なのめにうつろう方あらむ人を 「なのめ」ふつう、平凡。たいしたことででないこと。「方」関係する人、女。ちょっとした浮気をしたような場合、その夫を。
をこがまし おこがましい ①ばかげている、みっともない。②出過ぎている、さしでがましい、なまいきだ。
見そめし心ざし みそめし 「見る」は夫婦として暮らすこと、「そむ」は染む、つづけること。「し」は過去の「き」の連体(玉上)。
やうならむたぢろきに、絶えぬべきわざなり 「さ」は前文の気色ばみ背かん」をさす。「たじろぎ」は躊躇、たじろぐこと、ぐずぐすすること。どさくさ、ごたごた(玉上)。もし夫に背いたとしたら)そんなどさくさで、たしかに、夫婦の縁が絶えてしまうに相違ないものである(岩波)。そんなふうなつまずきから仲が切れてしまうものなのです(玉上)。そんないざこざがもとで、縁が切れてしまうものです(小学館)。
わが心も見る人からをさまりもすべし 「わが心」夫の浮気心。「見る人」は妻。このあたり、叙述の視座が夫の立場と妻の立場とに揺れているが、多元的視座による叙述は、この物語にしばしば見られる(小学館)。
繋がぬ舟の浮きたる例も これは文選の鵬鳥賦に「澹(しずか)なること、深き淵の若(ごと)く、泛(う)きたること、繋がざる舟の若し」よるらしい。
げにあやなし ほんに、その句の通り、無茶である(岩波)。「あやなし(文無し)」①筋が通らない、理屈に合わない。②無意味である、かいがない。
頼もしげなき疑ひあらむ 信頼できないような疑い。
わが心あやまちなくて見過ぐさば 夫としては自分自身には落ち度のない生活をし、妻の至らなさを見ながらがまんして過ごしていれば。
さし直してもなどか見ざらむ (女の心を)改めさせてなりして暮らすがよいとは思われるけれど(玉上)。心を入れ替えさせてでも添いとげられぬことはあるまい(小学館)。
ますことあるまじかりけり ①ます(増す)…増加する、増加させる。②ます(勝す)…まさる、まさらせる。③ます(坐す)…いらっしゃる、おいでになる。この場合は②の意味になる。「
源氏物語イラスト訳」参照。
さうざうしく心やまし (源氏が眠って口を出さぬので)「物足らず悩ましい」と思っている(岩波)。「そうぞうしく」あるべき物事がなくて、つまらない意。「心やまし」相手の態度にわが心が痛む、心よからぬ、おもしろからぬ(玉上)。
よそへて思せ 「よそえる(比える・寄える)」かかわりをもたせる。ことよせる。なぞらえる。たとえる。
臨時のもてあそび物 「りんじ」一時的な、その場限りの。「もてあそび物」おもちゃ、遊び道具、玩具。
跡も定まらぬ 跡 (定まった)形式。様式。先例。引用(学研古語)
そばつきさればみたる 「そばつき」外観。「手つき」「顔つき」の「つき」と同じ(玉上)。/「そばつき」そば(側)、つく(付く)。「さればむ」(ざればむ・戯ればむ)しゃれたさまをする、気取ったふうをする。見た目にしゃれている、一見して品がある。「
源氏物語イラスト訳」参照。
さまこと 「さまこと(様異)」。様子が普通と変わって、異様であったり、すぐれていたり、あるいは出家の姿になったりすること。
ふとしも 副詞「ふと」を強めていう語。打消しを伴う。
絵所 宮中の役所の名。絵画をつかさどった。
すくよかならぬ山の景色 険しい山の景色。/ 唐絵の山は、けわしくそびえ、山の頂よりも中腹のほうが細くくびれていたりする。登れそうもない山である。「すくよか(健よか)」④なめらかでないさま。なだらかでないさま。引用。
その心しらひおきて 「心しらひ」心づかい、心くばり。「おきて」定め、描法。その心づかいや描法など。
そこはかとなく気色ばめる 「どことなく気どって・・・」「けしきばむ(気色ばむ)①様子を顔にあらわす。②気どる。③怒ったさまがあらわれる。
かどかどしく 「かどかどし(才才し)」才能がすぐれている、かしこい、気がきく。
時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば その時々に気どっているような、眼前の情愛などは、頼むことができまいと思っております。
はかなきこと 細工物・絵・書をいう。人間の生そのものから見ればアクセサリにすぎないとの意。
はやう はやい(早い、速い、疾い、捷い)⑨(連用形を副詞的に用いて)まえから、かねて、以前、昔。
まほ 「真秀」の意。すぐれている。「かたほ」(不十分)の反対語。
とまり 最後にとどまる所、停泊地、終生の妻の意。
よるべとは思ひながら 頼り所、立ち寄る所。妻のひとり。
さうざうしくて 「そうぞうし」さくさくし、の音便で、『新撰字鏡』に「独座して楽しまざる貌」とある。(あるべき物やなるべき事がなく)物寂しい、物足りない。
とかく紛れはべりし 「紛る」は人目をごまかして行動する。女の目を盗んで他に女のもとへ行くこと。
心づきなく 心付き無し 気に入らない、心がひかれない。
かく数ならぬ身を はじめの「下﨟にはべりし時」を受けるが、また君達を聞き手にしているところからの自卑でもある。
見も放たで 「見放つ」の中に助詞の「も」が入っている。「見放つ」見切りをつける、関係を断つ、見捨てる、見限る
いかでこの人のためには 「この人のために」は、夫である左馬頭のために
なき手を出だし 「手」は手段。方法がなさそうな場合でもなんとか工夫して。
後れたる筋の心をも 得意でない方面のことも。不得意な面も。
なほ口惜しくは見えじ 左馬の頭に、だめだと思われまいと。
つゆにても心に違ふことはなくもがな 少しでも夫の心にさからうことのないように。
進める方 気の強い方。強ススム(類聚名義抄)/ 「なき手をいだし」たり、「思ひはげ」む性質。
とかくになびきてなよびゆき 「なびく」(夫に)なびく。「なよぶ」なよなよしている、柔和である。何かとかと、言うこともきき、優しくもなり。
疎き人に見えば 「疎い人」したしくない人。たとえば珍しい来客など。「見えば」見られる、会う。
面伏せにや思はむ (夫が)面伏せにや思はむと。「面伏せ」面目なく顔を伏せること、不名誉。
みさをにもてつけて いつも気をつけて変わらない態度をとる。「もてつく」は自ら務めて、一定の姿勢を身につける。
けしうはあらず 「けし(異し、怪し)」普通と違っている、異様である。
そのかみ 「かみ(上)」①(空間的に)高い所 ②(時間的にまたは順序で)初めの方。 その頃。
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この方も 「この憎き方」に同じ。嫉妬心。
さがなさ 性格の悪さ。女の強い嫉妬心を言う。
まことに憂しなども思ひて絶えぬべき気色ならば (左馬の頭が)まことに憂しなども思ひて絶えぬべき気色ならば。本当に嫌になったから縁を切る素振りを見せれば。
かくおぞましくは 「おぞましい」我が強い、強情である。
つらきことありとも 夫の浮気をさす。「念ずる」辛抱する。
のめに思ひなりて 「なのめ」は、平凡、たいしたことでない意。「思いなる」は意識して、そう思うようにすること。
かかる心 「わりなき物うたがひ」をさす。
人並々にもなり 一人前になる。人数に入る。
おとなびむに添へて 「おとなぶ」大人のような態度をする。しっかりと一人前の貫録がつく。/
並ぶ人なく 本妻となり、競争相手いなくなる。
われたけく言ひそしはべる 「われだけし(我猛し)」得意になっている、偉そうにしている。「そす」は過ごすの意に用いる。得意になって言いすぎる。
見立てなく 「見立てなし」見栄えしない、みすぼらしい。
ものげなき 「ものげなし(物気無し)」それと認めるほどの事もない、あまり目立たない。/ 貫録がない、ひとかどの者としての様子がない。
あいな頼み 「あいなき頼み」の略。あてにならない期待。
かたみに背きぬべききざみ 「かたみに」お互いに。かわるがわる。「そむく」⑤別れる。「きざみ」時がたっていくひと区切り。
ねたげに言ふ 「ねたし」(憎らしい、くやしい)思われるような相手の様子。
かこちて 「かこつ」他のせいにする、口実とする。
交じらひ 世のなかの交際、役人としての勤務など。
人めかむ 「人めく」②一人前の人間らしくなる。人並みに見える。
世を背きぬべき身なめり 女の「かたみに背きぬべききざみなむある」との言葉を受けての威嚇。「世を背く」には、夫婦仲を断つ意に出家する意をかけた。
手を折りてあひ見しことを数ふればこれひとつやは君が憂きふし 「憂き節」つらいこと、悲しいこと。竹の節にかけて用いる。指折りかぞえて連れ添ってきたあいだの出来事をかぞえてみるに、このことひとつがあなたのいやな欠点だろうかーほかにも多いじゃないか、の意(玉上)。/ あなたとの結婚生活を指折り数えてみますとこの一つだけがあなたの嫌な点なものか (渋谷源氏)。
憂きふしを心ひとつに数へきてこや君が手を別るべきをり 「こや」はこれやである。/あなたのいやな仕打ちをわが心ひとつにおさめて忍んできましたが、今度のがあなたと別れる機会なのでしょうよ(玉上)。/ あなたの辛い仕打ちを胸の内に堪えてきましたが今は別れる時なのでしょうか (渋谷源氏)。
言ひしろひ 「いいしろう」互いに言いあう、言い争う。
あくがれまかり歩く 「あくがれ」心が引かれて落ち着きがない。「まかりありく」「まかり」は出る・行く・来るの敬語。「ありく」は、うろつく、あちこちに出かける。
臨時の祭の調楽 賀茂神社の臨時の祭り。陰暦11月下旬の酉の日に行われる。「調楽」舞人・楽人が宮中の楽所で行う舞楽の練習。
これかれまかりあかるる所 「これかれ」調楽に参ったたれかれ、いくたりかの人。「あかるる」ちりじりになる。
旅寝 外泊。
すさまじかるべく 「すさまじい」①期待や熱意が冷えてゆく感じがする。気乗りがしない。②荒涼としている。③寒々している。
気色ばめるあたりは 気どっている女の家では。
なま人悪ろく爪喰はるれど 「なまひとわるし(生人悪し)」なんとなくきまりがわるい。引用。/ 「爪食う」はずかしがる様子をいう。もじもじする。
火ほのかに壁に背け 燭台(大殿油)には反射する物がつけられるらしい。その反射物を室の中央にむけ、光線を壁の方にむけるのである。寝室用にする。
萎えたる衣どもの厚肥えたる 「なえたるきぬども」うちとけたときは(ねまき、室内着)やわらかなのを着る。「あつごえたる」綿がたくさん入れてあって、ふくらんでいる。
籠 ふせご(伏籠)。伏せておいて、その中に香炉を置き、衣を上に掛けて、香をたきしめたり、温めたりする。
正身 本人。
夜さり 夜分。
いとひたや籠もりに ひたすら家に隠れ住むこと。
我を疎みね 「我」は女をさす。自分(女)を嫌いになってくれ。
さしも見たまへざりしこと 「見たまへ」「見る」は思うの意に近い。(それまでも)そのようには思われなかったのだが。
心やまし 不快である、いらいらする。
絶えて思ひ放つ 「絶えて」副詞 (下に打消しの語を伴って)少しも、ちっとも、全く、全然。「思い放つ」おもいきる、あきらめる。引用。
思うたまへて 「思ひたまへて」の音便。「たまえ」は下二段活用、自卑の助動詞、連用形。
かかやかしからず 「かかやかし」は「かかやく」(真っ赤になる、恥かしがる)の形容詞形。相手に恥をかかせないように気をつかって。
ありしながらは、えなむ見過ぐすまじき 「ありしながらは」今まで通りお心では。「みすぐす」「見る」は夫婦として暮らすこと。
あらためてのどかに思ひならば 「あらためて」心を改めて。「のどかに」落ち着いた気持ちで。
綱引きて 素直に従うことなく意地を張る。
戯れにくく 「たわぶれにくし」冗談にすることができない。うっかりふざけることもできない。
おぼえ 思われる、感じる。
ひとへにうち頼みたらむ方は 一生連れ添う本妻としては。すべてをまかせられる本妻ということなら。
さばかりにて 「さ」は、この女をさす。この女ぐらいで十分。
言ひあはせたる 「言い合せる」互いに話しあう、いいかわす。
龍田姫と言はむにもつきなからず 「龍田姫」龍田山は紅葉の名所で、その女神。竜田姫は秋の神、また染色の神とする。「つきなし(付無し)不似合である、不相応である。
織女の手 たなばたのて 七夕の織女星をさす。裁縫の神とされる。
のどめて ゆるめる、ひかえめにする。裁縫の腕は控えめにして。
あえまし 「あ(肖)ゆ」は、あやかる。牽牛、織女は年に一度の逢瀬だが、永遠に逢いつづるので、それにあやかりたかった。
つきなく 「つきなし」ふさわしくない。
はえなく 「はえ」は、「映ゆ」の体言形。はなやかにひきたつこと。
さあるにより伴侶とするに足る女性であっても、うまくいかないこともあるのだから。
難き世とは定めかねたるぞや 男女の仲をいう。「かたき世と、さだめかねたるぞ」。むつかしい世の中だと、妻定めには困っているわけなんだよ(玉上)。/難しいのは妻選びで、誰しも容易には決めかねているのですな(小学館)。/(妻選びは)かたき世ぞとは、(理想的な妻を)定めかねたるぞ。誰もする染め方一つですら、そんな下手もあるにより、これで十分だという、指喰い女の如き理想的な妻などは、選び出しがたい世の中だよとまあ、思い、「完全な妻」を決定しかねているよ、興を添えて話される(岩波)。
人も立ちまさり心ばせまことにゆゑあり 家柄もそうだが、人柄も、の気持ち。前の話題の女と比較してである。
このさがな者 指喰いの女。
こよなく心とまりはべりき すっかり惚れ込んでおりました。
まばゆく 派手で正視に堪えない感じをいう。
艶に好ましき 好色らいい。
目につかぬ所あるに 「目につく」は、好ましいものとして目に映る、の意。ここでは、好ましからざる。
かれがれに かれがれ(離れ離れ) 交際が疎遠になるさま。引用。
避きぬ道 避けて通れない道。
すずろきて 「すずろ」(なんとなくむやみに心惹かれるさま)の動詞化。
とばかり ちょっとの間、しばし、暫時。
移ろひ 「うつろふ」は、色があせる。霜にあたって変色する菊を鑑賞するのである。
蔭もよし 「飛鳥井に 宿りはすべし や おけ 陰もよし みもひも寒し みまくさもよし」(催馬楽・飛鳥井)
つづしり謡ふ 「つづしる」一口ずつ歌う。口ずさむ。引用。
けしうはあらず けし(異し、怪し)普通と違っている、異様である。「異しうはあらず」そう悪くはない。さほど不自然ではない。まあまあだ。
つきなからず つきなし(付無し)不似合である、不相応である。
ねたます 相手にねたましいと思わせる、くやしがらせる。
琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人をひきやとめける 琴の音色も月もすばらしいお宅だが、それで冷たい男を引き止めることができたのでしょうか(お一人のようですな)(新潮)/ 琴の音色も月も素晴らしいお宅ですが薄情な方を引き止めることができなかったようですね(渋谷)/ 「えならず」いうにいわれず、一通りでなく。(よいものに関していう)。
木枯に吹きあはすめる笛の音をひきとどむべき言の葉ぞなき 木枯らしに吹き合わせるあなたの笛の音を私はどうお引き止めしてよいやら(私の琴の腕前ではだめです)(新潮)/ 冷たい木枯らしに合うようなあなたの笛の音を引きとどめる術をわたしは持ち合わせていません(渋谷)
さればみ好きたるは 「さればむ」しゃれたさまをする、気取ったふうをする。
さやうにもて出でたることは この浮気な女のように。
さのみなむ思ひたまへらるべき 見かけは気がきいていても、信頼できないのよりは、不細工でも実意のあるのを選ぼうと。
あえかなる かよわく、なよなよとしたさま、たよりないさま。引用。
たわめらむ 「たわめらむ」たわむ(しなやかに曲る)の命令形に完了の「り」の未然形と推量の「む」が加わったもの。
かたくな ③愚劣なさま、劣って見苦しいさま、頑固。引用。
もてつけたらむ とりつくろう。男に対する恨みを色に表さず、従順な人妻らしく気をつかって仕えるさま。
痴者 しれもの。 男女関係において、積極的言動に出ることをせず、引っ込み思案の人を言うことが多い。ここは夕顔をさす。/ 阿呆な男の話。馬の頭のように男の方から女を捨てた話しではなく、結果として女に逃げられた話なので、自嘲気味にこう言った(新潮)
頼めわたる 「頼む」は他動詞下二段。あてにさせる。(女に)決して見捨てないと言ったりすること。「わたる」は継続を表す。/ 頼みに思わす、あてにさせる。
さらばこの人こそは 中将をさす。「この人こそは(頼まめ)」
のどけきにおだしくて 「のどけき」のんきである、のんびりしている。「おだしい」(わたしが)落ち着く。
この見たまふるわたり こ(中将の自称)の(格助詞、主格)見(夫婦でいること)たまふる(自卑の助動詞、連体形)わたり(名詞)。わたしが妻としている者(玉上)。
情けなくうたてあること けしからぬひどいことを。「うたて(転て)」副詞、②程度が甚だしく進んで普通とちがうさま、異様に、ひどく。③(あり、侍り、思ふ、見ゆ、言ふを伴い)いやだ、情けない。
さるたよりありてかすめ言はせたり 「さるたより」 先方に伝える役をつとめる者。「かすめ言は」ほのめかす、あてこする。/ 妻の方から、けしからぬ、ひどいことを、あるつてがあって、どうやら言わせたとのこと(玉上訳)。
おこせたりし 「おこす(遣る・致す)」先方からこちらへ送ってくる。よこす。
山がつの垣は荒るとも折々にあはれはかけよ撫子の露 山でたつきを立てる賎しい私の家の垣根は荒れても(私の元に訪れて下さらなくても)時々は(撫子に露が置くように)この愛しい子をかわいがってくださいませ(新潮)/ 山家の垣根は荒れていても時々はかわいがってやってください撫子の花を(渋谷)/ 表は、「山家にする賤しい家の垣根(私)はたとい荒れて(お構いなくて)も、たまには子の上に愛情をかけてください、垣根の撫子の花の露(中将)は」。裏は、「私に対しては、疎遠で打っちゃってお置きでも、子供の上には愛情を寄せてください、御身は」。子供を頼んだのである。「山がつ」はここは「山がつの家」の意味(岩波)。
うらもなき 「うら」は、心。「うらなし」は、人を疑わない、信じ切っている。男の眼にはそう見えたのである。
虫の音に競へる 女の泣く様。
咲きまじる色はいづれと分かねどもなほ常夏にしくものぞなき いろいろ咲いている花の色はどれも美しいと区別もつかないが、やはり常夏に及ぶ花はないことだ「常夏」は撫子の異名。(新潮)/ 庭にいろいろ咲いている花はいずれも皆美しいがやはり常夏の花のあなたが一番美しく思われます(渋谷)
/ 前菜に咲き誇っている花(夕顔と娘)は、どちらが良いと優劣の区別はないけれども、私にはやっぱり常夏(夕顔)に勝っているものは、どうしてもない。常夏は妻とか愛人の意に用い、ここには夕顔に当てている。子供のことを「撫子」と言ってきたのに対し、「撫子」の別名「常夏」を取ってその母夕顔に当てた(岩波)。
大和撫子をばさしおきて、まづ『塵をだに』など、親の心をとる 大和撫子すなわち娘(玉鬘)のことはさしおいて、何より先に「塵をだに」などと、常夏すなわち愛人(夕顔)を親の意味に取って解した。『塵をだに据えじとぞ思う咲きしより妹とわが寝る常夏の花」(咲いてからずっと、塵さえも置くまいと思っている。愛しい人と供に寝るように大切にしてきた花だ)(口語訳:この花には塵さえ置かないようにと思っています。ですから、折って差し上げるなんてとんでもありません。咲き始めてから大切にしていた、妻と私が共寝をするという名前のこの常夏の花です。ー柏木ブログより)(古今、夏、躬恒)。
うち払ふ袖も露けき常夏にあらし吹きそふ秋も来にけり 塵を払う私の袖も露でいっぱいの(涙に濡れている)常夏に、嵐までも吹きつける秋がやってきました(新潮)/ 床に積もる塵を払う袖も涙に濡れている常夏の身の上にさらに激しい風の吹きつける秋までが来ました(渋谷) / 君がお訪わねば、二人寝る床に積もっている塵を払うわたしの袖も、涙の露に濡れがちな常夏(私の所)に、嵐が(中将の本妻からのひどい仕打ち)吹き加わる上に、常夏を吹き枯らす秋(御身の飽き)も来てしまったのである(岩波)。
はかなげに言ひなして 大したことでもないように言って。
あくがらさざらまし あくがる(憧る)一説に「あく」は「ところ」、「かる」は「離れて遠くへ去る」意の古語。①本来いるべき所を離れて浮れ出る。④離れる、うとうとしくなる(疎疎しい)。
さるものにしなして 本妻でないにしても、妾などのこの女に相応した扱いをして。
あはれ絶えざりしも (中将の)あわれが絶えない。中将が愛情を注ぎ続けている。
かれはたえしも思ひ離れず かれ、はた、えしも思い離れず。「かれ」あれ、あのもの、古くは人をも人以外のものをもさした。人の場合、男女ともにさした。「はた」もしや、ひょっとすると。「しも」(強めの助詞「し」に感動の助詞「も」の付いた語)強意を表す。
え保つまじく 「たもつ(保つ)」は、男が女をいつまでも捨てないでいること。
さしあたりて見むには 日々生活を共にするとなると。
わづらはしくよ、よくせずは ∗注 「さしあたりて見むにはわづらはしくよ、よくせずは」・・・この最初の「よ」については、渋谷源氏の校訂原文通りに書いたもので、誤植ではありません。その【校訂方針】は明融臨模本の原態復元を目指したとあります。後代の写本は見せ消し(ミセケチ)になっているそうです。当サイトに原文を使わせていただいている「源氏物語の世界」校訂本文差分のオーナーである柴田氏に確認しました。
吉祥天女 容姿豊麗で、衆生に福徳を与えるという天女。父は帝釈天、母は鬼子母神。毘沙門天の妹という。
法気づき 「ほうけづき」仏臭くなる、抹香臭い。
くすしからむ 「霊し」霊妙不可思議である、人間離れをしている。
けしきある 「気色あり」趣きがある、おもしろい。引用。
なでふことか、聞こし召しどころはべらむ 「なでふ」は「なにといふ」(どういう)の約。「か」は反語。/ 「か」⑥反語を表す。「かは」の形や文末では「ものか」の形で用いられることが多い。・・・か、いや・・・ない。/ どういうことか、お聞かせするようなお話はあるだろうか、いやありません。
文章生 もんじょうのしょう 当時の学制では、大学寮の教官として、博士(1人)・助教(2人)・音博士・書博士・算博士(各2人)。学生定員400人。諸学科中、平安時代には文章道が最も重んぜられ、その階梯は、学生→擬文章生→文章生→文章得業生→文章博士(従五位以下)と、試験を受けて上がってゆく。
口あかす 口をきく、意見をいう。引用。
はかなきついでに言ひ寄りてはべりしを 「はかない」とりとめがない。物事の程度などが、わずかである。ちょっとしたことで。試訳「何心なくい言い寄ったのを」
わが両つの途歌ふを聴け 『白氏文集』巻二、秦中吟の「議婚」。五言三十句。その末団十句をあげる、「主人良媒に会す。置酒して玉壷に満つ。四座且く飲むこと勿れ。我が両の途を歌うを聴け。富家の女は嫁し易し。嫁すること早けれども其の夫を軽んず。貧家の女は嫁し難し。嫁すること晩けれども姑に孝なり。聞く君、婦を娶むと欲すと。婦を娶る意何如。 この家のあるじは、腕ききの仲人を呼び、持ち出した酒は徳利いっぱいだ。さて、みなさんしばらく杯を置いて、私が貧乏人の娘と金持ちの娘のなりゆきを歌うのをお聞きください。金持ちの娘の縁談はすぐまとまる、結婚はすぐだけれども夫を馬鹿にする。貧乏人の娘はなかなかうまくゆかぬ、晩婚ではあるけれども姑によく仕える。あなたは結婚しようとしていると聞くが、結婚に対する心がまえはどうなのか(以上玉上)。
むべむべしく うべうべしく(宜宜し)に同じ。格式ばっている。
おのづからえまかり絶えで 自然に行くことをやめることもできずに。「で」助詞。文中にあって、前を打ち消して後の語句に続ける。・・・ないで。・・・ずに。
腰折文 下手な漢文。第三句(和歌・腰句)に難のあるものを腰折れという。
無才の人 (わたしのような)無才の人。
なま悪ろならむ振る舞ひ 「なまわろ(生悪)」なんとなくよくないこと、どこか不体裁なこと。引用。
はかばかしくしたたかなる 「はかばかしい」きわだっている、はっきりしている。「したたか」しっかりしている、いかめしいさま。手ごわい。
何にかせさせたまはむ 何の御用がありましょう。何の必要がありましょう。
宿世の引く方はべるめれば 前世の因縁に引かれますようで。
男しもなむ、仔細なきものははべめる 男というものは、全くいくじのないんものでございます。男というものは、まったく埒もないものとみえます。「仔細なし」別条ない、変わった事情はない。むずかしいことはない、面倒はない。引用。
すかいたまふ 「すかしたまふ」の音便。おだてる。
をこづきて おこづく 小刻みに動く。引用。
心やまし 不快である、いらいらする。
ふすぶるにや いぶる、くすぶる。転じて、すねる、やきもちをやく。
をこがましくも やきもちをやけるがらか、と身の程知らずの女にばかばかしくなる。
よきふしなりとも思ひたまふるに (縁を切るのに)よい機会だ。
世の道理を思ひとりて恨みざりけり 男女の間柄についてのい道理。女が男を恨んでも、どうにもならないというようなこと。
はやりかにて はやりか(逸りか、早りか)速度が速く、調子の軽い浮いたさま。引用。
さうざうし あるべきものがなくて物足りないこと、ものさみしい。
ささがにのふるまひしるき夕暮れにひるま過ぐせといふがあやなさ 蜘蛛の動きで私の来ることが分かっているはずのこの夕暮れに、昼間は待て(にんにくの匂いがする間はだめ)というのは聞こえません(新潮)/ 蜘蛛の動きでわたしの来ることがわかっているはずの夕暮に蒜(ひる)が臭っている昼間が過ぎるまで待てと言うのは訳がわかりません(渋谷)/「わが背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも」(古今・恋四・墨滅歌)ささがに(笹蟹)はその形から蜘蛛の枕詞となり、蜘蛛の意にも用いられる。蜘蛛が巣を張るときは親しい人が訪れてくるという元来中国に起源をもつ俗信。「昼間」に「蒜間(にんにくの臭いがする間)」をかける。
逢ふことの夜をし隔てぬ仲ならばひる間も何かまばゆからまし 夜毎に逢っている仲でしたら、昼間(にんにくの匂いのするあいだ)でも何で恥ずかしいことがありましょうか(新潮)/ 逢うことを一夜も置かずに毎晩逢っている夫婦仲ならば蒜の臭っている昼間に逢ったからといってどうして恥ずかしいことがありましょうか(渋谷)/「まばゆし」に、まぶしいのと、恥かしいのと両意をかける。
をり すわっている、の意であるが、「ゐる」とちがって、見下したいい方である。
むくつけきこと むくつけし ①おそろしい、気味が悪い、こわい。②むさくるしい、無骨で疎ましい。
爪弾き つまはじき 人さし指の爪を親指の腹にかけてはじくこと。人を非難する動作。
いとほし いとおしい ①見ていられないほどかわいそうである、気の毒である。 ②困ったことである、われながらみっともない。③可愛い。
三史五経 三史は『史記』『漢書』『後漢書』。五経は、『詩経』『礼記』『春秋』『周易『尚書』をいう。当時の大学の標準的な教科。
愛敬 本来は仏教用語。情味豊かな優しい魅力。
かど 才気。
ことさらびたり ことさらぶ(殊更ぶ) 改まってする様子である、わざとらしい。
こはごはしき こわごわし(強強し)②ごつごつしている、なめらかにいかない。引用。
すさまじき 「すさまじ」は「荒む」を形容詞化したもの。場違いで歌を詠む気持ちになれないとき。
ものしきことなれ 「ものし」は、不快だ、疎ましい。
はしたなからむ ②不作法である、つつしみがない。③きまりがわるい、みっともない。
あやめ あやめ(文目)①模様、色合い。②物のすじ、条理、区別。「菖蒲」をかける。
思ひしづめられぬ 心を落ち着かせる。
えならぬ いうにいわれず、一通りでない(よいものに関していう)。えもいわれぬほどすばらしい。
九日の宴 陰暦九月九日の重陽の宴。天皇が紫宸殿に出御、宴会があり、席上探韻(韻字をあてて詩をつくる行事)がある。
つきなき 「つきなし(付無し)」 不似合である、不相応である。
心後れて見ゆ 「こころおくれ」①おそれひるむこと、臆病、気後れ。②心の動きが劣ること、気がきかないこと。
などかは、さても 「どうしてまあ、そんな事をしようか。そのままでよい」と思われる折とか時々を。
よしばみ情け立たざらむ 「よしばみ」よしありげにふるまう、もったいぶる。「情だたざらむ」「情だつ」は、いかにも情があるようにふるまうこと。
目やすかるべき 「めやすし(目安し)」 見苦しくない、感じがよい。
これ 『玉の小櫛』「・・・これとは、今馬の頭の論に、よろしとして願ふところをさしていふ。されば、この論によろしとするところに、たらざる事もなく、過たる事もなしと也」。石田穣二氏は「すべて心に知れらむ事ををも知らずがほにもてなし、言はまほしからむことをも、ひとつふたつのふしはすぐすべくなむあべかりける」を指すといっていられる(玉上)。
あやしきことども 猥談か?
大殿 おほいとの。ここは左大臣のこと。
まかでたまへり 「まかづ」は、l高貴なところから出ること。ここは、宮中から退出すること。
おほかたの気色、人のけはひ 「気色」は主に視覚的な、「けはい」は情感や雰囲気よる全体的な印象。「人」は葵の上をさす。
けざやかに 「け」は接頭語。明るく、くっきり、はっきり。
乱れたる だらしない、礼儀になずれる。
まめ人 「まめ人」まめな人、実直な人。正妻の条件であった。
頼まれぬべけれ 頼ま(四段活用動詞、未然形)れ(可能の助動詞「る」の連用形)ぬ(強意の助動詞、終止形)べけれ(推量の助動詞「べし」の已然形、「れこそ」の結び。
恥づかしげ 「はずかしい」②相手が立派に思えて、自分は劣っていることを感じて気おくれする。気詰まりだ。
さうざうしくて 「そうぞうし」あるべきものがなくて、物足りない。ものさみしい。/「そうぞうしい(騒々しい)さわがしい、うるさい。
中納言の君、中務 いずれも葵のづきの女房。
おしなべたらぬ 並々でない、水準以上の。容姿についていう。
あなかま 「あな、かまし」の」略。ええ、うるさい。しずかに。
中神 「中神」は天一神。陰陽道で説く。中央に立つゆえ中神という。十六日間は中央におり、それから四方に五日ずつ、四隅に六日ずつ遊行する。その遊行している方向に出かけてはいけないのである。ここでは、今宵宮中から見ての大臣邸および二条院の方角に、中神が来ているというのである。
さかし そのとおり。肯定の返事。
大殿籠もれり 「大殿籠る」「寝る」の敬語。
なめげ なめげ(無礼げ) ぶれいなさま、不作法なさま。
伊予守 紀伊の守の父。後に「伊予介」とある。次官の「介」を「かみ」と呼ぶことはしばしばある。守が任国に下らず、介が政務を行うとき、介をもも守と呼ぶ。息子の紀伊の守と同年配の若い後妻をもらう、それが空蝉である。父が亡くなったため、空蝉の弟も一緒に住んでいる。
人近からむ ひとちかい(人近い)人気が近い、近くに人がいる。
しつらひし 「室礼」の動詞化ともいう。室内の調度を整えること。屏風・几帳・敷物・脇息などを整備して、住めるようにすること。
さる方に 風流向きにふさわしく、の意。
渡殿 渡り廊下。その片側に小部屋が数個並ぶこともある。
思ひ上がれる気色に聞きおきたまへる女 気位を高くもっているようだと聞いておられた娘。後出の、伊予守の後妻、空蝉の父が彼女を宮中へさしあげようと志していた事情を、源氏は噂で知っていたらしい。
ゆかしくて 何となく知りたい、見たい、聞きたい。好奇心がもたれる。
まだきに 「まだき」早くから。
やむごとなきよすが定まりたまへるこそ 葵上(左大臣の娘)と結婚したこと。
思すことのみ心にかかりたまへば 藤壺への恋慕をさす。
人の言ひ漏らさむを 自分と藤壺との間の秘密を。
さしたまひつ 「さす」は、動作を途中で中止する意の接尾語。
ほほゆがめて 事実と違う、間違う。
式部卿宮の姫君 式部卿宮 式部省の長官を務める親王、桐壷帝の弟。この姫君の話は、ここに突然出てくる。
くだもの 「木だもの」で、木の実が原意。転じて加工した菓子類をもいう。
とばり帳も、いかにぞは 寝室の方もどうだな、支度はできているか。女を、という冗談である。「我家は、帷帳も 垂れたるを 大君来ませ 婿にせむ 御肴に 何よけむ 鮑栄螺か 石陰子よけむ 鮑栄螺か 石陰子よけむ」(催馬楽・我家 わいへん)「わいへん」は我家。帳は御帳台のカーテン。。「栄螺」はさざえ。「石陰子」はうに、女陰に似るところから、女を暗示。
さる方の心もとなくては 「さる方の心となくては」誤植?「我家」にあるようなもてなし。女性の接待。
何よけむとも、えうけたまはらず 前引の催馬楽「我家」の一句を用いた。源氏の言葉を冗談と解した。「えうけたまはらず」はお言葉の意味が分からない、の意。紀伊守は源氏の言葉の意味に気づかぬふりで、まじめくさった態度をとる。
子ども 「ども」は複数を表す。
伊予介 今まで「伊予の守」と言ってきた紀伊の守の父。じつは介(国主の次官、副知事)であったのだ。守が任国に下らず、介が政務を行うとき、介も守という。
あてはか 品がよい。
かなしく 「かなしい」②いとおしい、かわいくてたまらない。
けしうははべらぬ あやしいまでにはなはだしい。(普通、「けしうはあらず」など否定を伴った形で使われ、それほど悪くない、そう不自然ではない、などの意となる。それほど悪くない。
すがすがしうはえ交じらひはべらざめる 「すがすがしう」とどこおりなく。「交じらいはべらざめる」「交らう」は交際する。殿上にでて人々と交際する。宮仕えする。
まうとの後の親 「まうと(真人)」天武天皇のときに制定された八等の姓(かばね、氏の等級)の第一位。第二が朝臣(あそん)。ここでは、おんみ、ごへん、ぐらいの意味に用いられている。/ 父の後妻できたので、紀伊の守の若い親になった。
似げなき親 不似合に若い母親。空蝉は夫の子供たちと同年配。
世 男女の仲。
およすけ 「およすく」は大人びる、ませる。
かしづくや。君と思ふらむな 「かしづく」大事にする、後見する、世話する。/ 大切にして護っているか。主君とあがめ思っているであろうな。
いかがは いかがは(かしづかざらむ)。
私の主 「私」は「公」の反対語。私生活上の。/ 如何にも、大切な主君と思っているように見られるのでございますよ。「私の主」の私は、「大切におもぃかしずく」の意に用いた語。/ 自分一人は主人と仰ぐ意。
好き好きしきとと、なにがしよりはじめて、うけひきはべらず 好色めく。/ 好色な事だと、拙者から始め、兄弟達一同が承認いたしませぬ(不承知でございます)。「うけひく」承認する。同意する。
つきづきしく 似つかわしい、ふさわしい。「おろしたてむ」下ろし渡す。
えやまかりおりあへざらむ まだ居残っているかもしれません。/「えや」どうしてできようか、とてもできないのではないか。「まかりおりあえざらむ」「まかりおり」 下屋へ退出する 「おり」下り 「あえず」 しきれない、し終わらない。イラスト訳より参照。
とけても 「とける(解ける)③心がゆるむ、安心する。
いたづら臥し 「いたずらいね(徒意ね)」空しくひとり寝ること。ひとりね。
かくいふ人 紀伊の守が話していた人、伊予の守の後妻(空蝉)。
あはれや 入内さえ望んでいた女が、今は地方長官の後妻になっていることの感慨と同情。「ああ、気の毒な」「かわいそうな」
ものけたまはる 「もの承る」の約。お尋ねします、もしもし、にあたる。
いもうと 男からは、姉をも妹(いも)と呼び、女からは、弟をも兄(せうと)と呼んだ。
みそか 「みそか(密)」ひそか、ないしょ。
ねたう、心とどめても問ひ聞けかし 憎らしいなあ。空蝉が眠たげにして、衣に顔をさし入れ、よく聞く風もないので、源氏は自分に関心が少ないのかと感じて、つまらなく思ったのである。
中将の君 空蝉に仕える女房の名。伊予介の宅から空蝉についてきているらしい。
中将召しつればなむ 源氏が中将であることは、この帚木の冒頭で紹介されている。女が求めたのは侍女の中将である。自分をお召しになったので、と、源氏はぬけぬけと言う。
しるし 験(げん)、ききめ、かい。
物 超人間的なもの、ものもけ。
うちつけに、深からぬ心のほどと見たまふらむ 出来心だ、いい加減な気持ちからだとお思いになるのも、もっともですが。/出し抜け(突然)で、深くない(一時の出来心)に過ぎないと、御身が御覧なさるとしても、それは尤もであるけれども。
息の下なり 声がかすかである。
消えまどへる気色、いと心苦しくらうたげなれば、をかしと見たまひて 死ぬ(気を失う)程、途方にくれている空蝉の様子が、大層気の毒で、可愛らしげであるから、源氏は、心の中に美しいと御覧なされて。
思はずにもおぼめいたまふかな 「思わずにも」以外にも。「おぼめい」おぼめきの音便形、「おぼめく」 ③そらとぼける。
好きがましきさまには、よに見えたてまつらじ 乱暴はしない、胸の思いを伝えたいだけ、と女に迫る常套的なせりふ(岩波)。「よに見えたてまつらじ」あなたに「見られたてまつらじ」。しない意の受けて尊敬の最高の言い方(玉上)。
動もなくて 動ずることなく、平気で。
この人の思ふらむことさへ、死ぬばかりわりなきに 「この人」中将のこと。(空蝉は、自分のつらさだけでも、死ぬほど困っている)その上、中将が思うかもしれないことまでも、死ぬほど、どうにもならず、つらいと思う故に(岩波)。
例の、いづこより取う出たまふ言の葉にかあらむ いつものとおり、どこからお引出になるお言葉なのか(玉上)。/「例の」とあるが、源氏のこのような行動は、これまでの物語には書かれていない(岩波)。
のたまひ尽くす 「宜たまひつくす」「言いつくす」(あらん限りの言い方をする)の敬語。
思しくたしける 「おぼしくたす」は、思いくたす(けいべつする、かるく思う)の敬語。
いかが浅くは思うたまへざらむ 前文に源氏が「さらに浅くはあらじ」と言ったのを受けて、「心ばえ」の内容を自分に対する軽蔑にすりかえて、切り返したもの。「どんなにか浅い心でしょう、そう思わざるを得ないです」
かやうなる際は、際とこそはべなれ 全く私のような数ならぬ身分の者は、数ならぬ身分の者と縁を結ぶとこそ申します。「際は際」は、貴人は貴人。下衆は下衆と、「身分相応な相手と語らう」の意。
おし立ちたまへる 「おしたつ」無理を通す。/ 無理おしに行動なさるのを、空蝉が心の底から深く、「思いやりがなく、つらい」と、思い込んでいる様子であるにつけても、本当に、それが気の毒であり、源氏自身も又、気恥ずかしく思う空蝉の状態なので。
その際々を、まだ知らぬ、初事ぞや あなたのおっしゃる身分の相違を、まだ知りもせぬ初心の振舞です(玉上)。/ (「際は際」の恋と言われるが)私はまだ、その際々の恋という経験を知らない、初心のことであるよ(岩波)。
列 「つら」同類。
うたてありける 残念である。「うたて」③(次に「あり」「侍り」「思う」「見ゆ」「言う」などの語に伴い、また感嘆文の中に用いて)心の染まない感じを表す。どうしようもない、いやだ、情けない、あいにくだ。
あながちなる好き心は 「あながち(強ち)」強引であるさま。「好き心」好色な心。
さらにならはぬ さらに(ぜんぜん、ちっとも) ならは(習慣になる)ぬ(打消し)。
さるべきにや 「さるべし(然るべし)」そうあって当然である、そういう因縁である。/ そうなる運命であったか。/ 前世からの因縁であたろうか。
あはめられたてまつる 淡む、うとんずる、ばかにする。「あはめたまふ」(けいべつなさる)よりも、女を尊敬する言い方である。
ことわりなる心まどひを、みづからもあやしきまでなむ 道理(尤も)である、私の取り乱した心の混乱を、私自身ですらも、どうも不思議な程までに思われまするなど(岩波)。
いよいようちとけきこえむことわびしければ たとい、心を許して打ち解けもうそうとしたところで、それはいよいよ困ることだから。
すくよかに心づきなし 「すくよかに」はっきりと。「心づき無し」気に入らない、心がひかれない。
さる方 色恋の道。
折るべくもあらず 女と契ることを言う語。
※注 次に「まことに・・・」の文との間に、それまで拒み続けた女との間に強姦に近い形で契りが果たされたことが省かれている。「折るべくもあらず」のあとの空白の中に、かなりの時間の経過と紆余曲折があったことを読者に察せさせる。男女の情交そのものについては、記述しないのがこの作者の常である(小学館)。
心やましく 人の好意が自分の意に添わず、いらいらすること。むしゃくしゃすること。/ 不快であること、いらいらすること。
あながちなる 「あながち(強ち)」あまりに、強引であるさま、身勝手であるさま。
言ふ方なし 言いようがない、言葉では表現できない。
見ざらましかば口惜しからまし 前文の女の泣く姿とともに、情交のあったことを明らかにする。/「・・・ましかば・・・まし」現実に反することを想像することを表す。「見る」女をみるのは特別の男、結婚相手、夫である。結婚、夫婦として暮らすことを意味する。「口惜し」残念だ、不満だ。
慰めがたく、憂しと思へれば 源氏に身をまかせたことに対する、(夫を思うゆえの)憂さ辛さを思っているから。