夫 妙法蓮華経とは蓋し是惣じて万善を取りて合して一因と為るの豊田、 1七百の近寿転じて長遠と成るの神薬なり。 若釈迦如来此の土に応現の大意を論ずれば、 将に宜しく此の経教を演べて同帰の妙因を修し、 莫二の大果を得しめんと欲す。 但し衆生宿殖善微にして神闇根鈍なり。 五濁大機を障へ、 六弊其の慧眼を掩ふを以て、 卒に一乗因果の大理を聞くべからず。 所以に如来の時の所宜に随ひて、 初には鹿苑に就いて三乗の別跡を開きて各趣の近果を感ぜしめ、 此より以来復平しく無相を説きて同修を勧め、 或は中道を明して褒貶すと雖も、 猶三因別果の相を明して物の機を養育したまふ。 是に於いて衆生年を歴月を累ね、 教を蒙りて修行し、 漸漸に解を益す。 王城に於いて始めて一大乗の機を発すに至りて、 如来出世の大意に称会す。 是を以って如来、 即ち万徳の厳身を動かして真金の妙口を開き、 広く2万善同帰の理を明して莫二の大果を得しめたまふ。
註
1 七百の近寿 『金光明経』に仏寿は七百歳とあるとか、あるblogで見ました。法華経では如来の寿命は無限です。
一般に五百億塵点劫といわれています。
2 万善同帰の理 出典はなんだろう。法華経にこの理を述べたところはないように思われますが?文の最初に、
万善を取りて合して一因と為す、とあり、また次に、同帰の妙因を修し、とあるのも同じことを言っていると思われます。
夫1六句の通序は証信を挙げて首に称し、 五種の別叙は発起を表して次に居す。 是を以って、 2等覚の慈氏は三念一疑を3覚母に問ひ、 龍種の文殊は四酬三問を4逸多に答ふ。 然れば則ち、 無問の法雷5シュウ✽子の蟄戸を驚開し、 簡許の厳風上慢の萎華を吹去す。 5諸仏の二智以って標章と為し、 実相十如以って肝心と為す。 7開権顕実以って咽喉と為し、 開近顕遠以って唇舌と為す。 所以に大事の因縁出世の大意を諸機に尽し、 已今当の説難信難解を一代に極む。 爪像沙塔高く如来の因に登り、 小音一声遠く妙覚の果を攀づ。 8五仏の四一は契経の筵に琴瑟たり。 六義の三一は応誦の機に錦繍たり。 9門外の三車は方便を先三に開き、 露地の一牛は真実を後一に顕す。 リョウビョウ✽の窮子は傭賃に縁りて宅に近づき、 憂慮の長者は君臣を集めて財を付す。 三草二木同じく一地に帰し、 四大声聞是倶に一果に趣く。 化城に中路に眠り去りて宝処に来る。 宝珠を友宅に繋けて資財に恣ならしむ。 10多聞の慶喜は記別を聞きて往を憶ひ、 11忍辱の羅雲は深決を受けて来を覚る。 五種の法師は同類を悲村に分ち、 三箇の儀軌は聴衆を幽シウ✽に集む。 多宝の妙塔は上空に踊りて実を証し、 釈尊世雄は下地を変じて客を坐せしむ。 悪性の12調達は阿鼻に臥して記を聞き、 聡明の龍女は円珠を奉して成仏す。 得記の13除饉男は願を発して此の経を他国に弘め、 未記の14乞士女は顔を改めて受記を将来に求む。 四安楽の行は初業に亀鏡たり。 一仏乗の名は十方に聞え難く、 魔賊を摧きて妙珠を得、 法夢を見て即是を尅す。 浄行菩薩は大地を万方に裂き、 能昇の如来は本地を三世に顕わす。 15八生一生分真究竟に即座に登り、 五品六根観行相似を後代に導く。 16三仏性の像不軽の鏡に鑑み、 十禅力の影旧住の池に浮ぶ。 三摩三唱の付は如来の三業を動し、 三敬三答の礼は菩薩の十善を振ふ。 分身既に本土に還り、 宝塔も亦玉扉を閉づ。 喜見身を焼きて十喩に経を讃じ、 妙音国に入りて万鉢目を楽ましむ。 観音普門に遊べば七難永く霧の如くに巻き、 薬王総持を説けば三災も亦霜のごとくに消ゆ。 邪見の厳王は二子に縁りて道に入り、 乗衆の普賢は三七を期して前に出づ。 髪中の妙珠掌中の妙菓とは蓋し其を謂ふなり矣。
✽シュウ子。フォントにない漢字。冠は秋、脚は鳥です。
✽幽シウ。フォントにない漢字。山偏に、旁も山です。
✽リョウビョウ。フォントにない漢字。一字目は、足偏に旁は令、二字目は、足偏に旁は并です。
註
1 六句通序、五種別叙 法華経のどの文章を指しているのか?
2 等覚の慈氏 等覚は菩薩の最高の位。あるいは仏の異称。慈氏は弥勒菩薩のこと。
3 覚母 文殊菩薩のこと。語源は不明。
4 逸多 阿逸多(あいった)。弥勒菩薩の別称。
5 シュウ子(シュウは冠が秋、脚が鳥) 舎利弗の別称。空海の言葉にもある。
6 諸仏の二智 法華経のどの文章を指しているのか?
7 開権顕実、開近顕遠 法華経解釈の定番。開権顕実とは、法華経以前の仏説はすべて仮のもので、それらは方便を使って
説いてきたが、法華経に至って真実の教えを直接説いたとされる。権は仮の意味。開近顕実は、釈迦の菩提樹下の成道は
歴史上の出来事であるが、それは仮のもので、本当は無限の過去から永遠の未来に至る時間のなかで悟りの境地にあり、
そして衆生を救おうとしているとの解釈用語。法華経にはそのように書かれている。
8 五仏の四一は契経の筵に琴瑟たり。六義の三一は応誦の機に錦繍たり。どんな意味か?
9 門外三車は・・・ 以下最後の文章まで、法華経の各品の要約説明をしている。
10 多聞の慶喜 慶喜は阿難(あなん)の別称。釈迦の侍者として25年間仕えたので、多聞と言われる。十大弟子の一人。
11 忍辱の羅雲 羅雲は釈迦の実子の羅護羅のこと。若くして沙弥として出家し舎利弗に預けられたという。先輩の出家者
たちのなかで、好奇の目で見られたのでしょう、忍辱と形容詞がついて呼ばれることが多い。
12 調達 提婆達多(だいばだった)の別称。提婆達多は出家者の守るべき戒を、もっと本来の厳しものにすべきだと
釈迦に提案するが、受け入れられず、釈迦の僧団を同志の仲間を連れて脱会し、分派を作ったといわれる。
仏教界では大悪人で地獄に堕ちたとされているが、法華経の提婆達多品第十二では、過去世は釈迦の師であり、
仏となると受記されている。「阿鼻に臥して記を聞く」とはそのことをいっている。
13 除饉男 比丘(男性の出家者)のことか。
14 乞士女 比丘尼(女性の出家者)のことか。
15 八生一生分真究竟、五品六根観行相似 どんな意味か?
16 三仏性の像不軽の鏡に鑑み、十禅力の影旧住の池に浮ぶ。どういう意味か?
今此の経は法王の明珠、 1大士の安車なり。 2諸乗の異轍を泯し、 諸川の異味を混じ、 彼の3芳器の著を破して、 其の平等の慧に帰す。 於焉4狂兒は醍醐を嘗めて以って毒酔を解き、 商主は権城を壊って而して宝処を指す。 浅深の5五乗は名異にして趣同じ、 大小の草木は形異にして沢等し。 二仏座を同じくする所以、 普門宮を異にする所以、 蓋し此の如き乎。 所謂妙法蓮華経とは、 6其乃ち自性の秘名を表し、 浄心の密号を示す。 7人をば観自在王と名け、 法をば蓮華三昧と曰ふ。 妙観察智は其の諸法を簡ぶに拠り、 文殊師利は其の平等の慧に就く。 逸多疑問し、シュウ✽子寂を扣く。 8実に是由有るかな。 経の大意経の由漸職として此の由なり。
今此の9蘇多纜を釈するに且く両の趣有り。 一には顕、二には秘。 顕とは、多名句を以って一義理を詮する是なり。 秘とは、一字の名句に於いて無量の義を含する是なり。 即ち是陀羅尼門なり。 所以に総持と翻ず。 稍其の旨を得たり。 古来の伝法は秘して伝えず、 今宣伝する所の真言即ち是なり。
✽シュウ子。フォントにない漢字。冠は秋、脚は鳥です。
註
1 大士 菩薩の尊称。
2 諸乗の異轍を泯し 異轍は異なった轍(わだち、車の通った跡)、泯しはつぶす、滅ぼすの意。悟りに至るいろいろな道をならして
平らにすること。それを一つにすること。
3 彼の芳器 出家者のことか?
4 狂兒 衆生のこと?
5 五乗 声聞乗、辟支仏(独覚、縁覚)乗、菩薩乗の三乗までは、法華経に出てきますが、これに人乗、天乗を加えて五乗
というそうです。
6 其乃ち自性の秘名を表し、浄心の密号を示す。 難しい処。分かりません。
7 人をば観自在王と名け、 法華経のどの文を指して言っているのか?
8 実に是由有るかな。 上の文章のどれを指して、空海は法華経の趣旨を讃えているのでしょうか?
9 蘇多纜 sutram スートラムの音訳 「経」の意味。このサイトを見て尽煩悩大師さんがメールで教えてくれました。ありがとうございます。