『パンセ』を読む

第七章 道徳と教義

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私は自分が存在しなかったかもしれないと感じる。なぜなら、自我は私が思考するところに存在するからである。だから、 私が生まれ出る前に、私の母が殺されていたら、この思考する自我は存在しなかったであろう。そうだとすれば、私は必然的な 存在ではない。同様に、私は永遠でも無限でもない。しかし、自然のうちには、必然的で永遠で無限な存在があることを、私は よく知っている。

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公開日2008年4月20日