第ニ章 神なき人間の惨めさ
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私は長いあいだ、抽象的な諸学問の研究に従事してきた。そして、それらについて、通じ合うことが
少ないために、私はこの研究に嫌気がさした。私が人間の研究を始めた時には、これらの抽象的な学問が
人間には適していないこと、またそれに深入りした私のほうが、それを知らないでいた人たちよりも、
よけいに自分の境遇から迷いだしていることを悟った。私は、他の人たちが抽象的な諸学問を少ししか
知らないことを許した。しかし、私は、人間の研究についてなら、少なくともたくさんの仲間は見いだせる
だろう、またこれこそ人間に適した真の研究なのだと思った。私はまちがっていた。人間を研究する人は、
幾何学を研究する人よりももっと少ないのだった。人間を研究することを知らないからこそ、人々は
他のことを求めているのである。だが、それもまた、人間が知るべき学問ではなかったのではなかろうか。
そして、人間にとっては、自分を知らないでいるほうが、幸福になるためにはいいというのだろうか。
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