タコ社長の見事な死に際
「ヨッ、労働者諸君!」。葛飾柴又に帰ってきた寅さんが、団子屋の裏の印刷工場の社員たちに声をかける。
「景気はどうだい?」「相変わらずひでえもんよ」と応じるのはタコ社長。まん丸い目、つるんとした頭、手形や税金、
いつも金策に走り回っている。
演じたのは太宰久雄(だざいひさお)。浅草の乾物屋に生まれ、実家は空襲で全焼した。NHK東京放送劇団に入ってラジオの
声優になる。でもカメラの前の演技はすんなりとはいかなかった。「男はつらいよ」の小道具係、露木幸次(つゆきゆきつぐ)(67)
の話。
「タコ社長が『最近のカップめんもおいしくなったねえ』と食べながら入ってくる場面、10回くらいNGになったかな。
やり直すたびに、太宰さんは『すいません、すいません』と頭を下げていました」
汗びっしょり。渥美清がアドリブで「タコ!」といったのがあだなのはじまりだ。
律義な太宰は撮影所にプライベートなことをもちこまなかった。息子を亡くしても一言もいわない。翌日、大声で笑わなければ
いけないシーン。こらえきれずに泣きくずれた。98年、74歳で死去。「葬式無用。生者は死者の為に煩わさるべからず」
と遺言していた。
朝日新聞10月27日夕刊人脈紀 おーい寅さんGより