ある遍路日記  第29日目

2002年12月19日(木)  
終日雨 

雨具のズボンとポンチョを着て歩く。神峰寺は標高430m、土佐で唯一といえる山上の札所とある。登り口にある茶店で、 荷を預かりますよ置いて行って下さいと気軽に声をかけられたので、ザックを預かってもらう。空海が腰掛けて海を望んだ と言われるところもあり、天気がよければ室戸岬・足摺岬の両方が見えるそうだが、今日は雨にけぶって眺望はよくないので、 早々と山を下る。荷を預かってもらった茶店で、コーヒーを飲み一服する。

昨日に続き海沿いの道を淡々と歩いていると、「墓守りいたします」の看板があった。やはりこういう商売が成り立つのだなあと思う。 道々沢山の墓を見てきた。民家からポツンと離れた道端やまた山の中に、庭の一隅や国道沿いの広い敷地に、集合であるいは家単位で、 また個人もの、新しい墓や苔むした墓などなど様々な墓があった。 意外と寺の境内に墓は少なかったが。死者はどこへ行くのか誰も知らない。信じる人によって行き先が違うのか、誰も知らない。 人は土から来て土に帰る、という言葉があるが、これが一番真実に近いように思われる。そうすると死者に墓はいらないことになる。 よく考えてみると、墓は生きている者のためにあるのではないかと思う。

死んで思い出してくれる人がどれだけいるだろう。思い出されたくない人もいるだろう。死んだらみんな忘れられてしまう。 数え切れない死者がいる。時々想像する、世界中の人がみんな自分の墓を作ったら、この世界は墓だらけになってしまうだろう。 まさに

昔のことに心を留めるものはない。
これから先にあることも、
その後の世にはだれも心を留めはしまい。
(「コヘレトの言葉」旧書名「伝導の書」 1:11)

と思う。

路傍にたつ昔の遍路道標
路傍にたつ昔の遍路道標

途中国道から外れて、中山越えの遍路道があるはずで、かなり気をつけて探したが、道標が見つからなかった。 先へ行ったところで、室戸側の入り口はすぐ見つかった。逆打ちをしているので、仕方がないことだ。

今夜の宿は素泊りのみなので、唯一あった中華店でラーメンを食い、食品雑貨店で、夕食を買って帰る。 ここ吉良川は、昔の古い商家の町並みがわずかに残っている。宿が面白名前なのでおばさんに聞いてみると、ご主人 大阪の取引先のの名を拝借したのだそうだ。

 
本日の行程

旅館西内
05:00
14.2km

27番 神峰寺 こうのみねじ
09:30
23.5km

民宿ホワード
17:00

距離 36.7km
所要時間 11:30