宿を出てすぐ焼坂峠の遍路道に入る。
登りは順調に行ったが、下りで道を間違える。車の轍の道を下りて行ったが、途中で気がつき峠の頂上までいったん戻り、 そこから直線的に下る遍路道を見付けた。ここの場合車は蛇行して下り、遍路道は真っ直ぐ下りて行くようになっている。 約4kmの行程だが、峠を下りたのが11時丁度、何故か3時間もかかった。比較的なだらかな気持ちのよい峠道であった。 休みの散策らしい人に一人会った他は、誰にも会わない。下りは車道を取らなければ、かなり急な坂道が続いた。
鯖大師沙門明善と書いた黄色い札は、遍路道沿いの処々にぶらさげてあって助けになったが、ここで見付けた札にいつもと違った 調子のものが書いてあった。「仏法ははるかにあらず 心中にして近し」これは考えてみると恐ろしい言葉だ。 以下次のように続く「真如他にあらず 身を捨てていずくんか求めん 迷悟われに在れば発心すればすなわち到る 明暗他にあらざれば信修すればたちまちに証す」空海はたたみかけるように説いてゆく。 凡人にはとても及ばない言葉だ。危険な言葉だとも思う。
昼は乾パンを食べながら、単調な国道を歩く。
横浪三里と言われるところに来た頃には、すでに夕刻になってしまっていた。長く入り組んだ湾になっている。 海沿いの暗い道をただ延々と歩く。汗ばんで来る。
午後6時頃堤防で休んでいると、懐中電灯を持って犬を散歩させている女性がやって来た。
子供に話しかけるように犬に言葉をかけながら歩いてくる。
「こんばんわ」
「こんばんわ」
「散歩してもらって、いいね」
「宇佐までですか、お気をつけて」
宇佐大橋を渡り、青龍寺の入り口まで来た時は、すでに午後8時になっていた。宿に電話すると、歩けばあと30分かかる、 岬の高台にあるので車で迎いに来るという。着いた宿の前の夜景がすごかった。夜の海に向かって土佐湾が全部見える。 正面で点滅している赤い明かりが室戸岬の灯台だと教えられた。海岸沿いの灯が弓なりになって岬まで連なっている。すばらしい 展望の宿だった。
夕食後、ロビーでコーヒーを飲んでいて、そこで大阪から来ていた遍路さんと知り合い、色々意見交換する。 宿の売店で般若心経を書いた手拭いを買う。手元の経本は、素人目にも、意味を全く無視して息継ぎする句読点が何箇所かあり、 大変気になっていた。手拭いと突合せをしようと思った。