出発時、宿のおばさんから100円のお接待を頂く。
遍路地図で見て、三原村がどんなに山奥かを想像していたが、村までは比較的平坦な道のりで、 村の入り口に宅地分譲中の看板があるのには驚いた。車ではどちらの海へもすぐ出られると言う。歩く視点からのみでは、 とても考えられなかった。三原村の喫茶店で一息つく。何人かの客がいて、北海道出身と紹介された人は、 分譲住宅が売り出されたとき真っ先に申し込んで、ここを定年後の終の棲家にしたそうだ。今ノ山峠を越える予定を言うと、 皆口々に大変だと言う。万が一の為にと携帯電話の番号を教えてくれた。
喫茶店を出てすぐお遍路さんに会う。これから今ノ山峠を越えると言うとびっくりした顔をして、自分は下ノ加江から下を通って 来たという。一般に峠越えを避けてこのルートで歩くのが多いと初めて知った。峠は標高646mある。大規模林道と称して、 立派な車道が蛇行しながら続いている。車はほとんど通らない。峠の頂上には標識が何もなかった。 風を避ける場所を探して宿のおにぎりを食べる。風が冷たく、手がかじかんでくる。喫茶店で脱いだ上着を着、防寒の完全武装をした。
峠越え 往きて戻らぬ 遍路かな
車道が今度はだらだらと下って行く。かなり歩いたつもりでも益野川の渓流がはるか下の方に見えて景色は変わらない。 途中から道路工事中であった。へんろみち保存協力会の宮崎氏が「空と山と自分の孤高な空間である」と書いたところだ。 これは長い距離を黙々と歩き、その歩調と自然が呼応して得られる印象だろう。その頃と道路環境が変わった為だろうか、 あるいは下っているせいだろうか、時々後ろを振り返って見るが、山の緑と空が見えるばかり。道は延々と続いて下って行く。 この単調な道を順打ちで歩くのは大変だろうと思う。益野の国道に出たときは、もうすっかり暗くなっていた。 上弦の月明かりと車のライトを頼りに宿まで歩く。
「へんくつや」のおやじさんから夕刻電話があり、お金が宿で見つかったと言う。風呂に入りに行くとき階段で落としたらしい。 翌日、郵便局の口座に振り込んでくれた。