山風に霞吹きとく声はあれど隔てて見ゆる遠方の白波 山風に乗って霞を吹き分ける笛の音は聞こえてきますが、私たちの間を隔てていると見えるかなたの白波です(新潮)/ 山風に乗って霞を吹き分けてくる声は聞こえますが、はるかな川の白波がへだてているようです(玉上)
遠方こちの汀に波は隔つともなほ吹きかよへ宇治の川風 そちらとこちらの岸に川波が間を隔てていましょうとも、それでも宇治の川風は川を吹きわたって便りを届けてほしいものです(新潮)/ あなたこなたの岸に波が立って、お互いを隔てましょうともかまわず吹きかよえ、宇治の川風よ(玉上)
御子の君たち、右大弁、侍従の宰相、権中将、頭少将、蔵人兵衛佐など、さぶらひたまふ 夕霧の子息たちが別荘でおでむかいする。夕霧には子女合わせて12人の子どもがいるようです。雲居の雁に7人(男4、女3)、藤典侍に5人(男2、女3)。/ 雲居の雁は、太郎・三郎・五郎・六郎・中の君・四の君・五の君の7人、藤典侍には、大君・三の君・六の君・次郎君・四郎君、の5人。/河内本では、雲居の雁腹に、「太郎、三郎、四郎・六郎・大君・中の君・四、五の君」とし(8人)、内侍腹に、「三の君、六の君、次郎君、五郎君」とする(4人)。(夕霧39.45)/名前と役職名が、合わせられない。試みに、太郎
山桜匂ふあたりに尋ね来て同じかざしを折りてけるかな 山桜の咲きにおうこの宇治にやって来まして、あなたがたと同じ挿頭(かざし)を手折ったことです(新潮)/ 山桜の咲き匂うこの宇治の地にまいりまして、あなたと同じこの地の美しい花をかざしにしたことです(玉上)
かざし折る花のたよりに山賤の垣根を過ぎぬ春の旅人 挿頭(かざし)の花を折るおついでに、山住の貧しい家の垣根を素通りしかねて立ち寄られただけなのです。行きずりの春の旅人であるあなたは(新潮)/ あなた様はかざしの花をお探しになるおついでに、この山がつの住居をお通りになった。ほんの通りすがりの春の旅人なのでしょう(玉上)
藤大納言 柏木の弟。紅梅に按察使の大納言といわれた人。
おのづからかばかりならしそめつる残りは、世籠もれるどちに譲りきこえてむ とにかくこうして一応のお近づきにしてあげたその後のことは、先の長い若者同士にお任せしよう。「世籠る」まだ若く、世間を知らない。年が若く、将来がある。
われなくて草の庵は荒れぬともこのひとことはかれじとぞ思ふ 私がいなくなって、この草の庵は荒れ果ててしまいましょうとも、この琴の一声を手始めに末長くお付き合いいただいて、私のお願いは聞き届けていただけるものと存じます(新潮)/ 私の死後、たとえこの草の庵は荒れ果てようとも、あなたのお約束の一言だけは枯れることはないと思います(玉上)
いかならむ世にかかれせむ長き世の契りむすべる草の庵は 末長くお約束を結びました草の庵は、いついつまでも枯れることはありません(玉上)/ どのような世になりましょうともご無沙汰致すことはございません、末長くお約束いたしましたこの草の庵には(新潮)
いみじき目も、見る目の前にておぼつかなからぬこそ、常のことなれ 悲しい死別といっても、見ている目の前でたしかに最期をみとるというのが、普通のことなのに(新潮)/ 大変な事も、目の前ではっきりと見とどけるのが普通なのに(玉上)「おぼつかなからぬこそ」はっきりとこの目で見とどけた場合にこそ。/ 「おぼつかなからむこそ」臨終に逢って。
牡鹿鳴く秋の山里いかならむ,ruby>小萩が露のかかる夕暮 牡鹿が妻を呼んで悲し気に鳴く秋の山里は、どんなにお寂しいことでしょう。小萩の露のこぼれかかるこうした夕暮れには(新潮)/ をじかの鳴く秋の山里ではいかがお暮しでしょう。こちらでは小萩に露がかかり、涙に濡れているこの夕暮れ(玉上)//
涙のみ霧りふたがれる山里は籬に鹿ぞ諸声に鳴く もうすっかり涙にくれております霧深いこの山里では、垣根のそばで鹿が私どもと声を合わせて鳴いています(新潮)/ 涙ばかりきりふたがっておりますこの山里では、まがきに鹿が声をそろえて鳴いております。このように私どもは声をそろえて泣いております(玉上)
朝霧に友まどはせる鹿の音をおほかたにやはあはれとも聞く 朝霧にまよって友を見失った鹿の声を、一通りの悲しみと聞いておりましょうか。十分お察しします(玉上)/ 深い朝霧の中に連れにはぐれた悲しい鹿の鳴き声をー父に先立たれたあなた方のお嘆きの声を、ただの秋の風情としてーただ世間並みに同情申し上げるだけでしょうか(新潮)
色変はる浅茅を見ても墨染にやつるる袖を思ひこそやれ 秋もたけて色変わりしている庭の浅茅を見るにつけても、墨染めに身をやつしていられる姫君たちの袖が思いやられることです(新潮)/ 枯れはてて色の変わった浅茅を見ても墨染めにやつれていらっしゃるお悲しみをお察しします(玉上)
色変はる袖をば露の宿りにてわが身ぞさらに置き所なき 涙の露はこの喪服の袖を、やどりどころとしておりますが、我が身はいっそう置き所もございません(玉上)/ 墨染めの袖は、涙の露がしとどに置いていますが、私の身は、この世に置き所もございません(新潮)
秋霧の晴れぬ雲居にいとどしくこの世をかりと言ひ知らすらむ 秋霧の立ち込めている空、ただでさえ悲しみの晴れぬ空に、どうして、雁はその悲しみをそそるように、かりかりとこの世を仮の世と言い知らせるのだろうか(新潮)/ 秋霧に閉ざされて晴れない思い、晴れやらぬ物思いにつかれている私に、どうして雁は、いっそうこの世は仮の世と知らせるのか(//
君なくて岩のかけ道絶えしより松の雪をもなにとかは見る 父宮がお亡くなりになって、山寺との間の険しい道の行き来もなくなってしまってから、松に降り積む雪も、あなたは何とご覧になりますか(新潮)/ 父上がおなくなり遊ばしてお寺に通う岩のかけ道も絶えてしまった今、松の雪を何とご覧になります(玉上)
奥山の松葉に積もる雪とだに消えにし人を思はましかば 奥山の松葉につもるあの雪とだけでも父上のことを思い申し上げることができましたらうれしゅうございますのに(玉上)
ほのかにのたまふさまもはべめりしを、いさや、それも人の分ききこえがたきことなり お手紙のお相手について、宮がちらりとお洩らしだったこともあったと思いますが、中の君が相手だと自分も宮から伺ったことがあるように思うが。/ わずかに文をお取り交わしなさることもございましたが、さあ、それも他人にはどちらかと判断申し上げにくいことです(渋谷)
雪深き山のかけはし君ならでまたふみかよふ跡を見ぬかな 雪深い山の架け橋には、あなた以外に踏み通う足跡を見ないことです(新潮)/ 雪の深く積もった山のかけはしは、あなた以外には踏み通ってくる人はおりませぬ。文はあなただけ」//
つららとぢ駒ふみしだく山川をしるべしがてらまづや渡らむ 氷が張って馬がそれを踏みしだく山川を、宮の道案内をしながら、私が先に渡ることにしましょう(新潮)/ 氷の上を馬が踏みしだいてゆくこの山川。宮のためのご案内をしながら、まず私がわたりましょう(玉上)
立ち寄らむ蔭と頼みし椎が本空しき床になりにけるかな 出家の暁にはわが師とお頼りしようと思っていた優婆塞の宮はお亡くなりになって、そのご修行のお席も空しく跡をとどめているだけだ(新潮)/ 立ち寄るべき蔭ともお頼り申していた宮は亡くなり、その御居間は、空しい床となっていた事だ(玉上)
君が折る峰の蕨と見ましかば知られやせまし春のしるしも これがもし父宮の折取ってくださった峰の蕨であるならば、春がやって来たのだとうれしく思われるでしょうに(新潮)/ 父上のいらっしゃる峰のわらびと思えるのでしたら、これを春のきたしるしと思いもいたしましょうのに(玉上)
雪深き汀の小芹誰がために摘みかはやさむ親なしにして 雪深い汀の小芹も、誰のために摘みとってもてはやしましょう、差し上げてよろこんでくれる親もいないのに(新潮)/ 雪の深い沢の小芹も、いったい誰のためにつんで楽しみましょう、親のない私たちは(玉上)
大殿の六の君 右大臣夕霧の六の君。藤典侍(惟光の娘)。落ち葉の宮の養女。
三条宮焼けて 薫の本邸。母三の宮が朱雀院から伝領した邸。
女一の宮 今上の第一皇女。明石の中宮腹。幼くから紫の上の手許で育てられ、六条の院南の町の東の対に住む。
公開日2020年10月8日