源氏物語  橋姫 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 45 橋姫
うち捨ててつがひ去りにし水鳥の仮のこの世にたちおくれけむ 後に残して番(つがい)の去った水鳥の雁、、仮のこの世に子はどうして残ったのや(玉上)/ いつもつがいでいたものを、見捨てて去っていった水鳥の雁、その雁の子はどうしてはかないこの世に残ったのか(新潮)
いかでかく巣立ちけるぞと思ふにも憂き水鳥の契りをぞ知る どうしてこんなに成長したのかと思うにつけても、水鳥のような不安な運命が思い知られます(玉上)/ 母もない身で、どうしてここまで大きくなったのかと思うにつけても、悲しいわが身の宿世を思い知るのです(新潮)
泣く泣くも羽うち着する君なくはわれぞ巣守になりは果てまし 悲しみに泣きながらも、温かく育んでくださるお父さまがいらっしゃらなかったら、私はとても大きくなれなかったでしょう(新潮)/ 涙ながらにも、羽を着せてくださる父君がなければ、わたしはかえることもできない卵になってしまったことでしょう(玉上)
見し人も宿も煙になりにしを何とてわが身消え残りけむ 共に暮らした北の方も邸も煙となってしまったのに、なぜわが身だけ命も消えず生き残っているのだろう(新潮)/ つれそった妻も、長らく住んだ家も、煙になってしまったのに、なぜ私だけがこの世に残ったのだろう(玉上)
世を厭ふ心は山にかよへども八重立つ雲を君や隔つる 世を厭う気持ちは、山住もしたいほどなのですが、(こうしてお伺いできないのは)八重に重なる雲であなたが間を隔てていらっしゃるからでしょう(新潮)/ 俗の世を厭うわたしの心は宇治山に通いますが、身をはこべないのは、あなたが八重雲で隔てているのかな(玉上)
あと絶えて心澄むとはなけれども世を宇治山に宿をこそ借れ/ ふっつりと俗世を捨てて、悟りすましているというわけではありませんが、世を憂きものと思い、宇治山にしばらく住んでいます(新潮)/ 俗世を捨てて、悟りすましてているのではないが、世をつらいものと思い、宇治山に一時住んでいるのでございます(玉上)
山おろしに耐へぬ木の葉の露よりもあやなくもろきわが涙かな 山から吹き下ろす風に耐えきれず落ちる木の葉の露よりも、なぜかむやみにこぼれる私の涙であることよ(新潮)/ 山から吹き下ろす風にこらえきれず落ちる木の葉の露よりも、むやみにこぼれる私の涙だ(玉上)
藤大納言と申すなる御兄の、右衛門の督 「藤大納言」柏木の弟の紅梅大納言。この兄は亡くなった柏木、衛門の督と呼ばれていた。死の直前、権大納言に昇進している。
あさぼらけ家路も見えず尋ね来し槙の尾山は霧こめてけり 夜もほのぼのと明けてゆきますが、帰る家路も見えず、わざわざやって参りました槇の尾山も、霧が立ち込めています(新潮)/ 夜明け方の霧に京に帰る道も見えないで、せっかく尋ねて来た槇の尾山は霧が立ち込めています(玉上)
雲のゐる峰のかけ路を秋霧のいとど隔つるころにもあるかな いつも雲にかかっている峰のかけじを秋霧がたちこめて、父君との間をいよいよ隔てるのです(新潮)/ 雲のかかっている山の道を秋霧がたちこめていっそう父とと私たちとを隔てた感じのするこの頃です(玉上)
橋姫の心を汲みて高瀬さす棹のしづくに袖ぞ濡れぬる 橋姫たちのおさびしいお心の内はいかばかりかとお察しして、、浅瀬をこぐ棹の雫(涙)に袖を濡らしております。「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」(『古今集』巻十四恋四、読み人知らず)「宇治の橋姫」は、宇治川の宇治橋に奉られる守護神。ここでは姫君によそえていう。巻名の出所となった歌。(新潮)/ 姫君たちのお寂しい心をお察しして浅瀬を漕ぐ舟の棹の、涙で袖が濡れました(渋谷)
さしかへる宇治の河長朝夕のしづくや袖を朽たし果つらむ 棹さして何度も行き来する宇治川の渡し守は、朝夕雫に袖を濡らして、すっかり朽ちさせていることでしょう(新潮)/掉さし帰る宇治川の船頭は朝夕のしずくで袖を朽ちつくすように、わたしも寂しさの涙で袖が朽ちつくすことでしょう(玉上)
世の中に心とどめじと思うたまふるやうある身にて、なほざりごともつつましうはべるを、心ながらかなはぬ心つきそめなば、おほきに思ひに違ふべきことなむ、はべるべき しばらくもこの世に執着を残すまいと存じております仔細のある身ですから。折あらば遁世したいと思う心境。ほんの遊びの色恋沙汰も気がすすみませんのに、わが心ながらも抑えかねる思いが起こりましたなら、大いに本意に違うようなことも起こりましょう。/ 物々しい修行僧ぶった口ぶり。
冷泉院の女御殿の御方 弘徽殿の女御。柏木の妹。柏木の乳母の子としては、真っ先に庇護者として考えるべきだろう。
「上」といふ文字を上に書きたり。細き組して、口の方を結ひたるに、かの御名の封つきたり 「上」は奉るの意。小侍従を介して、女三の宮にさし上げるつもりだったので、こう書いてある。かの人(柏木)の御名の封がついている。結び目に草名(そうな・実名を崩し書きにした花押のようなもの)を書き、封印とする。
目の前にこの世を背く君よりもよそに別るる魂ぞ悲しき 目の前にこの世をお背きなさるあなたよりも、お顔を見ずにこの世を去る私の魂の方が悲しいのです(玉上)/ 眼の前にこの世を背かれるあなたよりも、お目にかかれずにこの世を去る私の方が悲しいのです(新潮)
命あらばそれとも見まし人知れぬ岩根にとめし松の生ひ末 命さえあれば、ひそかにわが子とも見ましょうものを、誰にも知られずに岩根に残した松の生い先を(新潮)/ 生きてさえいられたならあれがそうだと見ましょうに、誰も知らない岩根に残した松の成長ぶりを(玉上)
HOME表紙へ 源氏物語 目次 45 橋姫
公開日2020年9月28日