源氏物語  梅枝 注釈

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裳着もぎのこと  明石の姫君の裳着の儀。(女子の成人式)この年十一歳。
御かうぶり 朱雀院上皇の皇子。母は承香殿の女御。このとき十三歳。男子の成人式。垂れ下げていた髪を、髻(もとどり)に結い上げて冠をつける。
大弐の奉れる香ども 大宰府の大弐。次官、従四位相当。大弐が実務をきしることが多い。外国のものを入手しやすい。
鉄臼の音 「鉄臼〈かなうす〉」 小さな香木をくだいて粉にする鉄の臼。
寝殿に離れおはしまして 六条の院南の町の寝殿。調合の秘密を知られないように常の住居の東の対から離れて一人でいる。
承和の御いましめ 仁明天皇が、男子には伝えぬようにと仰せられた二種の調合法。黒方と侍従である。「承和」は仁明天皇治世の年号。『河海抄』所引『合香秘方』に「此両種方不伝男耳。承和仰事也」 とある。
上は、東の中の放出に、御しつらひことに深うしなさせたまひて 「上」は紫の上のこと。六条の院南の町の東の対である。「放出」は境界のすだれや障子を撤去して、母屋と廂などを一続きにした部屋。東、西、南の例が多い。「中の放出」は母屋の南北の仕切りを放ったものか。
八条の式部卿の御方を伝へて、かたみに挑み合はせたまふほど  仁明天皇の皇子元康親王。仁明天皇直伝の金薫香調合法の名人。その「御方」とは、黒方と侍従である。紫の上は女だから、源氏より正当な伝えである。
兵部卿宮 蛍兵部卿の宮。源氏の兄弟。仲がよい。
前斎院 朝顔の前斎院。、桃園式部卿宮の(桐壺院の弟)の姫君。朝顔の君は以前賀茂神社の斎宮を務めていた方で、その頃に源氏は神職の彼女に手紙ラブレターを送っていて問題視されたことがあった。今は斎宮の職を離れいる。今までの経緯もあって朝顔の君は源氏を警戒している。源氏に容易になびかない女。  朝顔の君は叔母の女五宮(桐壺院の妹)と同じお屋敷に住んでいる。女五宮は源氏にとっても叔母さんにあたるので伺いに行く口実で屋敷を訪ねる。女五宮の姉は葵の上や頭中将のお母さんの大宮さまである。
沈の筥  
沈の筥 沈(香木)で作っ香壷の箱。
瑠璃のつき 硝子の杯(物を盛る器)
花の香は散りにし枝にとまらねどうつらむ袖に浅くしまめや 花の香は散ってしまった枝には残っていませんが、たきしめてくださる姫君の袖には深く香ることでしょう。わが身を卑下し姫君を讃える歌。(新潮)/ 散ってしまった枝には香りは残りませんが、たきしめる(姫君)の袖には、深く残ることでしょう。(玉上)
花の枝にいとど心をしむるかな 人のとがめむ香をばつつめど あの方にますます心が惹かれます。あなたに気づかれはしないかと恐れながら。「花の枝」は前斎院の文につけられた梅の枝。すなわち前斎院をさす。 (新潮)/ 人が咎めることがあってはと隠してはいますが、美しい花の枝の頼りにはひとしお心が惹かれます。(玉上)
あえものも、げに、かならず思し寄るべきことなりけり 「あえもの」手本とするもの。あやかるもの。あやかり物としても。(将来の立后を目指すとしても)
誰れにか見せむ 「君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る」(『古今集』巻一春上、友則)
言ひ知らぬ匂ひどもの、進み遅れたる香一種などが、いささかの咎を分きて、あながちに劣りまさりのけぢめをおきたまふ 数々の口には尽くせぬ芳しい薫香のなかで、調合の材料の一種のどれが強すぎるとか、足りないとかいったほんのわずかの欠点をかぎ分けて。
右近の陣の御溝水のほとことをりになずらへて の右近府の場所。「承和御時、右近陣の辺りの地にうづめる。後代相伝してその所を違えず云々」(『河海抄』)薫物はすこし湿気のある土中に埋めるのを法とした。
黒方 香の名。梅花 (ばいか)春/ 荷葉 (かよう) 夏/ 侍従 (じじゅう)秋風、菊花 (きっか)秋/ 落葉 (らくよう) 冬/ 黒方 (くろぼう) 冬、とある。
侍従は 秋の香という。「合香は四季にかたどる方ある也。春は梅花方、夏は荷葉方、秋は菊花方、又侍従、冬は落葉方、又黒方」(『河海抄)
見参けざんばかりにてまかづるを 伺候したことを示すために記帳すること。
さしいらへしたまひて< 一緒に声をそろえて。一緒に謡う。
梅が枝 催馬楽、呂(りょ)。「梅が枝に来居る鶯 や春かけて はれ 春かけて 鳴けどもいまだ や 雪は降りつつ あはれ そこしや 雪は降りつつ」
鴬の声にやいとどあくがれむ心しめつる花のあたりに 鶯の声にいよいよ気もそぞろになりそうです。心引かれる花の御殿では(新潮)/ 鶯の歌を聞いていよいよ魂の抜け出しそうな気がします。心引かれた花のところでは(玉上)
色も香もうつるばかりにこの春は 花咲く宿をかれずもあらなむ 花の色も香も染みるほどに、ほど、今年の春は、花咲く我が家に絶えずお出でいただきたいものです。(新潮)/ 花の色も香も身に染まるほど、今年の春は、花咲く私の家を絶えず訪ねてほしい。(玉上)
鴬のねぐらの枝もなびくまで
なほ吹きとほせ夜半の笛竹
鶯のねぐらの枝もたわむほど、夜通しその笛の音をを吹きすましてください。 (新潮)/ 鶯の宿とする梅の枝もたわむほどその笛を、夜通し吹きすましてください。(玉上)
心ありて風の避くめる花の木に とりあへぬまで吹きや寄るべき 風さえ気をつけて花を散らさぬようにこの梅の枝を避けて吹いているのに、私がむやみに吹き寄っていいものでしょうか。(新潮)/ 気をつかって風さえも避けて咲く花の木に、むやみに笛を吹いて近づいていいものでしょうか。
霞だに月と花とを隔てずは
ねぐらの鳥もほころびなまし
 せめて霞が月と花を隔てなかったら、巣の中の鶯も月の光を夜明けかと思って囀りを聞かせてくれるでしょう。(新潮)/ 霞さえ月と花とを隔てていなかったら巣に眠る鳥も鳴きだすでしょう(玉上)
花の香をえならぬ袖にうつしもて ことあやまりと妹やとがめむ 頂戴した薫物をこの結構な装束に匂わせて帰りましたら、女と過ちをおかしたのかと、妻が咎めることでしょう。女の移りが香と思い違いするかも知れない。(新潮)花の香りを頂 き物の結構な衣装の袖に移して帰りましたら、女と過ちをおかしたのかと妻が咎めだてをするでしょう。(玉上)
めづらしと故里人も待ちぞ見む 花の錦を着て帰る君 珍しいことと奥方も待っているでしょう錦の衣装を着て帰る君を「故里人」は家にいる妻の意。(新潮)/ 珍しいこと と家の方も待ち受けてごらんになりますよ。花の錦の美しい衣装を着て帰ってゆくあなたを。(玉上)
かくて、西の御殿おとど 六条の院の西の町。中宮の御殿。「戌のとき」午後7時から9時までをいう。
いぬの時 午後7時から9時まで。
の時 午後11時から午前1時までをいう。
なめげなる姿を 失礼な姿を。まだ裳着をつけていない、童女姿を言う。
いかなるべきこととも思うたまへ分きはべらざりつるを、かうことことしうとりなさせたまふになむ、なかなか心おかれぬべく どういうことともわきまえずしたことですので、後代のためしになるなどと、たいそうなこといわれますと、気が引けます。/ 「どのようなこととも判断せず致したことを、このように大層におっしゃって戴きますと、かえって気が引けてしまいます」(渋谷源氏)
あはひめでたく思さる [ 「あはい」人と人との間柄。そういった家族関係をすばらしいと思う。
のたまひ消つ 言いかけて途中でやめる。
思すさまにをかしき御けはひどもの、さし集ひたまへるを 思い思いに美しい方々が一門に集まっているのを。
かかる所の儀式は 明石の御方は「薄雲」の巻きで、姫君と生木を引き裂くような別れ方をしてから、まだ一度も対面していない。同じ六条の院に住んでいても、姫君との対面は許されないのである。姫君は紫の上の養女となった人。今では紫の上が母親であり、明石の御方は紫の上に母親の権利を譲ったのである。(玉上)
人のむすめども競ひ参らすべきことを、心ざし思すなれど [ 「人の女」で一語。主語は、姫君の親たち。大臣、大納言級の人たち。「心ざし思す」敬語、身分の高い人たちであろう。しかるべき姫君たちを競って入内させようと思っているらしいが。
この殿の思しきざすさまの、いとことなれば 「この殿」源氏のこと。源氏が入内させようと並々ならぬ気持ちがあるので。
なかなかにてや交じらはむと 入内しない方がよかった。「まじらふ」ということは、女同士でお交際いすること。后妃は、陛下にお仕えするよりも、同僚たちとどう付き合うか、の方が難しい。「なかなか」中途半端な。
左の大臣なども 系図不詳。の人。『源氏物語』ができて、わずか100年たらずころには、「系図になき人」と呼ぶ。身分が高くとも系図にない人。
この御方は 明石の姫君。
 中宮の母御息所 六条の御息所。
淑景舎しげいさ 昔源氏の宿泊所であった、淑景舎(桐壺)を改装して。
かえさひ申したまふもあれば、まめやかに聞こえた まふ 「かえさいそうす」(返さひ奏す)(帝に対して)ごじ辞退申し上げる。辞退される方もあるので、そういった方には、ねんごろにお願いする。
草のも、ただのも、女手も草仮名(万葉仮名の草体も普通の仮名(狭義のひらがな)も女手も。
たてまつり (奉る ①差し上げる。献上する。③「乗せ奉る」「着せ奉る」などの上の同士を略していう慣用的な言い方④(③の転じたものか)「食う」「着る」「乗る」の尊敬語。単語帳。
かたみにうるはしだちたまへるも 互いに改まった挨拶をするのも。
ただかたかどに、 「かたかど」(片才)少しの才能。未熟ながら才気に任せて。一本調子に。
いといたう筆澄みたるけしきありて 大変垢抜けした感じに。
かかる御中に面なくくだす筆のほど、さりともとなむ思うたまふる あなたからご依頼を受けるほどの方々に混じって。、臆面もなく書こうというのですからい、くら何でもそれほど拙くはないと思います。
しどろもどろに愛敬づき の型にとらわれず自在で魅力があり、目が吸い寄せられるので。「しどろもどろ」は乱れた様をいう歌語。「よしとてもよき名も立たず刈萱のいざ乱れなむしどろもどろに」(『紫明抄』『河海抄』所引)
左衛門督さえもんのかみ  式部卿の宮の子息。玉鬘に求愛した。紫の上の異母兄弟。六条院に出入りしている。
ことことしうかしこげなる筋をのみ好み 大げさでもったいぶった書風ばかり好んで書いている。
継紙つぎがみ 様々な色や紙質の紙を継いだ巻物。
ただかたそばをけしきばむにこそありけれ ほんの部分的な技巧を凝らすに過ぎない。
をさをさ見はやすまじきには伝ふまじきを たいして見る目を持たぬ者には伝えたくないものですが。まして娘のいないわが家ではせっかくの名品が埋もれてしまいますから。女子の調度品だから。
心づから戯れにくき折多かれど 我から求めて、やるせない思いをする折は多いけれど・「ありぬやとこころみがてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞ恋しき」(『古今集』巻十九俳諧歌。よみ人知らず)
人のねむごろなりしきざみに、なびきなましかば 相手が熱心に望んでいた時に、言うことを聞いていたら。
あやしう浮きたるさまかな 妙にいつまでも身の固まらないことど心配なさって。
かのわたりのこと あちらの姫君のこと。雲井の雁のこと。
けしきばみ言はせたまふめるを 娘を嫁にやろう、そういう顔つきで申してこられるようであるが。人を通して夕霧のところへ話が来ているのを、源氏が聞いたのである。
つれづれとものすれば (結婚せずに)ひとりでいれば。
いみじう思ひのぼれど 大層な高望みをしても、
とりあやまりつつ見む人の うっかり結婚した相手が。まちがって結婚した相手が。
人柄心苦しうなどあらむ人をば 相手の女性の人柄が、いじらしく思われるような人は。「心苦しい」気の毒な。いたわしい。同情を誘う意か。
それを片かどに寄せても見たまへ ひとつの取り柄とし 「かたかど」(片才)少しの才能、才芸 。
つれなさは憂き世の常になりゆくを 忘れぬ人や人にことなる あなたの冷たさは、つらいこの世の定めのようにいつものことになってゆきますが、それでもあなたを忘れぬ私は、普通の人とは違うのでしょうか(新潮)/ 冷たいお心はいやなこの世の普通の人並みになって行きますが、忘れられない私は他人(ひと)と違うのでしょうか(玉上)
限りとて忘れがたきを忘るるも こや世になびく心なるらむ これ限りと、忘れられないとおっしゃる私を捨てておしまいになるのも、これこそはなやかな世間になび く人心というものなのでしょう(新潮)/ もうこれまでと。忘れえない私を、お忘れなのも、これも世間普通におなりのお心でしょう(玉上)

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源氏物語  梅枝 注釈

公開日2019年2月5日