夢浮橋 あらすじ
薫 28歳 大納言
薫は、叡山の根本中堂に経仏を供養して、その足で横川に寄って僧都に会い、浮舟の発見された様子や出家に至った経緯を、僧都の口から直接聞くのだった。僧都は薫の深い愛執の思いを察して、出家させたことを後悔した。薫は僧都に小野の山荘に案内してくれるよう頼んだが、僧都はそれをやんわり断り、代わりに、浮舟に一筆書いて薫が来たことを知らせ、その中で還俗を勧めるのだった。
今朝、ここに大将殿のものしたまひて、御ありさま尋ね問ひたまふに、初めよりありしやう詳しく聞こえはべりぬ。御心ざし深かりける御仲を背きたまひて、あやしき山賤の中に出家したまへること、かへりては、仏の責め添ふべきことなるをなむ、承り驚きはべる。
いかがはせむ。もとの御契り過ちたまはで、愛執の罪をはるかしきこえたまひて、一日の出家すけの功徳は、はかりなきものなれば、なほ頼ませたまへとなむ。ことごとには、みづからさぶらひて申しはべらむ。かつがつ、この小君聞こえたまひてむ
(今朝、こちらに大将殿が来られて、あなた様の状況を訊ねられましたので、初めから事情を詳しく述べました。愛情の深かった御方に背を向けて、あやしい山がつの中で出家したことは、かえって仏の責めを受けかねないと思い、承って驚きました。
仕方ないことです。元の夫婦の契りを損なわずに、大将殿の愛執の罪を晴らして、一日の出家の功徳は、はかり知れないので、還俗しても安んじてその功徳にあずかることができましょう。詳しくはそちらに赴いて申し上げます。とりあえず、この小君に託しました)
薫は弟の小君を使いに出して、文を持たせたが、浮舟は小君に会おうとしなかった。小君は会うこともできず、薫の文に返書もえられず空しく帰るのだった。誰にも知られないで終わりたいという浮舟の気持ちは強かった。
源氏物語はここで唐突に終わる。
巻名の由来
巻名はおそらく作者の造語で本文中にはない。『奥入』に引く古歌を下に挙げておく。
『夢の浮橋の』の巻名の由来は何か(増淵勝一)
世の中は夢の渡りの浮橋かうちわたりつつものをこそ思え (奥入 出典不明)
歌意 男女の仲は夢の中の浮橋のようなもの不安定に揺れて物思いが絶えない
夢浮橋 章立て
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- 54.1 薫、横川に出向く
- 山におはして、例せさせたまふやうに、経仏など供養ぜさせたまふ。
- 54.2 僧都、薫に宇治での出来事を語る
- 僧都、「さればよ。ただ人と見えざりし人のさまぞかし。
- 54.3 薫、僧都に浮舟との面会を依頼
- 「さてこそあなれ」と、ほの聞きて、かくまでも問ひ出でたまへることなれど、「むげに亡き人と思ひ果てにし人を、さは、まことにあるにこそは」と思す、ほど、夢の心地してあさましければ、つつみもあへず涙ぐまれたまひぬるを、僧都の恥づかしげなるに、「かくまで見ゆべきことかは」と思ひ返して、つれなくもてなしたまへど、「かく思しけることを、この世には亡き人と同じやうになしたること」と、過ちしたる心地して、罪深ければ、
「悪しきものに領ぜられたまひけむも、さるべき前の世の契りなり。思ふに、高き家の子にこそものしたまひけめ、いかなる誤りにて、かくまではふれたまひけむにか」
と、問ひ申したまへば、
「なま王家流わかむどおりなどいふべき筋にやありけむ。
- 54.4 僧都、浮舟への手紙を書く
- かの御弟の童、御供に率ておはしたりけり。
- 54.5 浮舟、薫らの帰りを見る
- 小野には、いと深く茂りたる青葉の山に向かひて、紛るることなく、遣水の蛍ばかりを、昔おぼゆる慰めにて眺めゐたまへるに、例の、遥かに見やらるる谷の軒端より、前駆心ことに追ひて、いと多う灯したる火の、のどかならぬ光を見るとて、尼君たちも端に出でゐたり。
- 54.6 薫、浮舟のもとに小君を遣わす
- かの殿は、「この子をやがてやらむ」と思しけれど、人目多くて便なければ、殿に帰りたまひて、またの日、ことさらにぞ出だし立てたまふ。
- 54.7 小君、小野山荘の浮舟を訪問
- あやしけれど、「これこそは、さは、確かなる御消息ならめ」とて、
「こなたに」
と言はせたれば、いときよげにしなやかなる童の、えならず装束きたるぞ、歩み来たる。円座わらふださし出でたれば、簾のもとについゐて、
「かやうにては、さぶらふまじくこそは、僧都は、のたまひしか」
と言へば、尼君ぞ、いらへなどしたまふ。文取り入れて見れば、
「入道の姫君の御方に、山より」
とて、名書きたまへり。
- 54.8 浮舟、小君との面会を拒む
- まがふべくもあらず、書き明らめたまへれど、異人は心も得ず。
- 54.9 小君、薫からの手紙を渡す
- この子も、さは聞きつれど、幼ければ、ふと言ひ寄らむもつつましけれど、
「またはべる御文、いかでたてまつらむ。僧都の御しるべは、確かなるを、かくおぼつかなくはべるこそ」
と、伏目にて言へば、
「そそや。
- 54.10 浮舟、薫への返事を拒む
- かくつぶつぶと書きたまへるさまの、紛らはさむ方なきに、さりとて、その人にもあらぬさまを、思ひの外に見つけられきこえたらむほどの、はしたなさなどを思ひ乱れて、いとど晴れ晴れしからぬ心は、言ひやるべき方もなし。
- 54.11 小君、空しく帰り来る
- 所につけてをかしき饗応などしたれど、幼き心地は、そこはかとなくあわてたる心地して、
「わざと奉れさせたまへるしるしに、何事をかは聞こえさせむとすらむ。ただ一言をのたまはせよかし」
など言へば、
「げに」
など言ひて、かくなむ、と移し語れど、ものものたまはねば、かひなくて、
「ただ、かく、おぼつかなき御ありさまを聞こえさせたまふべきなめり。
夢浮橋 登場人物
- 薫 かおる 源氏の子 ····· (呼称)大将殿・殿、
- 女一の宮 おんないちのみや 今上帝の第一内親王 ····· (呼称)一品の宮、今上帝の第一内親王
- 浮舟 うきふね 八の宮の三女 ····· (呼称)入道の姫君・姫君、
- 中将の君 ちゅうじょうのきみ 浮舟の母 ····· (呼称)親・母、
- 小君 こぎみ 浮舟の異父弟 ····· (呼称)小君・御弟の童・童、
- 母尼 ははのあま 横川僧都の母 ····· (呼称)朽尼、
- 横川僧都 よかわのそうず ····· (呼称)僧都
- 妹尼 いもうとのあま 横川僧都の妹 ····· (呼称)故衛門督の北の方・尼君・妹・主人、
※ このページは、渋谷栄一氏の源氏物語の世界によっています。人物の紹介、見出し区分等すべて、氏のサイトからいただき、そのまま載せました。ただしあらすじは自前。氏の驚くべき労作に感謝します。
公開日2021年4月21日/ 改定2023年11月18日