橋姫 あらすじ
薫君 20~22歳 宰相中将
ここから54帖夢浮橋までの十帖は、俗に宇治十帖と呼ばれ、物語は宇治を舞台に新しい展開になる。主な登場人物は、匂宮、薫、八宮、八宮の娘の大君、中君、それに八宮の認知されない子の浮舟などである。
薫は、冷泉院の御前で、ある高僧の阿闍梨から、仏典に詳しく聖のような生活をしている宇治の八宮のことを聞き、ぜひお会いして教えを請いたいと思った。
八宮は、一時、弘徽殿の女御の画策により、帝の後継に祭り上げられる事件に巻き込まれたが、とりわけて後見もなく、その後は俗世が嫌になって、宇治でひっそり暮らしていた。
薫は、宇治へ通って、三年がたったある日、宇治を訪問すると、八宮は寺にこもって修行中であった。薫は、二人の娘、大君と中君が合奏しているのを聞いて魅了され、挨拶に伺った。
姫君や女房たちが戸惑っているところへ、弁という老いた女房が現れ、亡くなった柏木のことで、薫の出生に関してお告げしたいことがあり、改めてゆっくりお会いしたいという。老婆は柏木の乳母子弁だった。彼女は柏木の形見の品を薫に手渡すことを目的に後半生を生きてきたのである。
八宮は、自分の死後、娘二人の後見をそれとなく薫に頼み、薫は了承した。
薫は大君の落ち着いた気品と優しさに惹かれていた。
一方、薫は匂宮に宇治の姫君たちのことを話し、宮は興味をそそられるのだった。橋姫は宇治川にかかる橋の守護神です。
巻名の由来
歌は薫と八宮の大君の相聞。
橋姫の心をくみて高瀬さす棹のしづくに袖ぞ濡れぬる (薫)(45.16)
歌意 姫君のさびしいお心のうちを思って、棹させば涙があふれて袖が濡れそぼちます
註 橋姫は宇治川にかかる橋の守護神。
さしかへる宇治の川をさ朝夕のしづくや袖を朽し果つらむ (大君)(45.16)
棹さして行き来する渡し守は朝夕袖を濡らして朽ちさせていることでしょう
橋姫 章立て
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- 45.1 八の宮の家系と家族
- そのころ、世に数まへられたまはぬ古宮おはしけり。
- 45.2 八の宮と娘たちの生活
- 所につけて、御しつらひなどをかしうしなして、碁、双六、弾棊たぎの盤どもなど取り出でて、心々にすさび暮らしたまふ。
- 45.3 八の宮の仏道精進の生活
- さすがに、広くおもしろき宮の、池、山などのけしきばかり昔に変はらで、いといたう荒れまさるを、つれづれと眺めたまふ。
- 45.4 ある春の日の生活
- 春のうららかなる日影に、池の水鳥どもの、羽うち交はしつつ、おのがじしさへづる声などを、常は、はかなきことに見たまひしかども、つがひ離れぬをうらやましく眺めたまひて、君たちに、御琴ども教へきこえたまふ。いとをかしげに、小さき御ほどに、とりどり掻き鳴らしたまふ物の音ども、あはれにをかしく聞こゆれば、涙を浮けたまひて、
「うち捨ててつがひ去りにし水鳥の
仮のこの世にたちおくれけむ
心尽くしなりや」
と、目おし拭ひたまふ。
- 45.5 八の宮の半生と宇治へ移住
- 父帝にも女御にも、疾く後れきこえたまひて、はかばかしき御後見の、取り立てたるおはせざりければ、才など深くもえ習ひたまはず、まいて、世の中に住みつく御心おきては、いかでかは知りたまはむ。
- 45.6 八の宮、阿闍梨に師事
- いとど、山重なれる御住み処に、尋ね参る人なし。
- 45.7 冷泉院にて阿闍梨と薫語る
- この阿闍梨は、冷泉院にも親しくさぶらひて、御経など教へきこゆる人なりけり。
- 45.8 阿闍梨、八の宮に薫を語る
- 中将の君、なかなか、親王の思ひ澄ましたまへらむ御心ばへを、「対面して、見たてまつらばや」と思ふ心ぞ深くなりぬる。さて阿闍梨の帰り入るにも、
「かならず参りて、もの習ひきこゆべく、まづうちうちにも、けしき賜はりたまへ」
など語らひたまふ。
- 45.9 薫、八の宮と親交を結ぶ
- げに、聞きしよりもあはれに、住まひたまへるさまよりはじめて、いと仮なる草の庵に、思ひなし、ことそぎたり。同じき山里といへど、さる方にて心とまりぬべく、のどやかなるもあるを、いと荒ましき水の音、波の響きに、もの忘れうちし、夜など、心解けて夢をだに見るべきほどもなげに、すごく吹き払ひたり。
- 45.10 晩秋に薫、宇治へ赴く
- 秋の末つ方、四季にあててしたまふ御念仏を、この川面は、網代の波も、このころはいとど耳かしかましく静かならぬを、とて、かの阿闍梨の住む寺の堂に移ろひたまひて、七日のほど行ひたまふ。
- 45.11 宿直人、薫を招き入れる
- しばし聞かまほしきに、忍びたまへど、御けはひしるく聞きつけて、宿直人めく男、なまかたくなしき、出で来たり。
- 45.12 薫、姉妹を垣間見る
- あなたに通ふべかめる透垣すいがいの戸を、すこし押し開けて見たまへば、月をかしきほどに霧りわたれるを眺めて、簾すだれを短く巻き上げて、人びとゐたり。簀子すのこに、いと寒げに、身細く萎えばめる童女一人、同じさまなる大人などゐたり。
- 45.13 薫、大君と御簾を隔てて対面
- かく見えやしぬらむとは思しも寄らで、うちとけたりつることどもを、聞きやしたまひつらむと、いといみじく恥づかし。
- 45.14 老女房の弁が応対
- たとしへなくさし過ぐして、
「あな、かたじけなや。かたはらいたき御座のさまにもはべるかな。御簾の内にこそ。若き人びとは、物のほど知らぬやうにはべるこそ」
など、したたかに言ふ声のさだすぎたるも、かたはらいたく君たちは思す。
- 45.15 老女房の弁の昔語り
- この老い人はうち泣きぬ。
- 45.16 薫、大君と和歌を詠み交して帰京
- 峰の八重雲、思ひやる隔て多く、あはれなるに、なほ、この姫君たちの御心のうちども心苦しう、「何ごとを思し残すらむ。かく、いと奥まりたまへるも、ことわりぞかし」などおぼゆ。
- 45.17 薫、宇治へ手紙を書く
- 老い人の物語、心にかかりて思し出でらる。
- 45.18 薫、匂宮に宇治の姉妹を語る
- 君は、姫君の御返りこと、いとめやすく子めかしきを、をかしく見たまふ。
- 45.19 十月初旬、薫宇治へ赴く
- 十月になりて、五、六日のほどに、宇治へ参うでたまふ。
- 45.20 薫、八の宮の娘たちの後見を承引
- 「このわたりに、おぼえなくて、折々ほのめく箏の琴の音こそ、心得たるにや、と聞く折はべれど、心とどめてなどもあらで、久しうなりにけりや。心にまかせて、おのおの掻きならすべかめるは、川波ばかりや、打ち合はすらむ。論なう、物の用にすばかりの拍子なども、とまらじとなむ、おぼえはべる」とて、「掻き鳴らしたまへ」
と、あなたに聞こえたまへど、「思ひ寄らざりし独り言を、聞きたまひけむだにあるものを、いとかたはならむ」とひき入りつつ、皆聞きたまはず。たびたびそそのかしたまへど、とかく聞こえすさびて、やみたまひぬめれば、いと口惜しうおぼゆ。
- 45.21 薫、弁の君の昔語りの続きを聞く
- さて、暁方の、宮の御行ひしたまふほどに、かの老い人召し出でて、会ひたまへり。
- 45.22 薫、父柏木の最期を聞く
- 「空しうなりたまひし騷ぎに、母にはべりし人は、やがて病づきて、ほども経ず隠れはべりにしかば、いとど思うたまへしづみ、藤衣たち重ね、悲しきことを思うたまへしほどに、年ごろ、よからぬ人の心をつけたりけるが、人をはかりごちて、西の海の果てまで取りもてまかりにしかば、京のことさへ跡絶えて、その人もかしこにて亡せはべりにし後、十年あまりにてなむ、あらぬ世の心地して、まかり上りたりしを、この宮は、父方につけて、童より参り通ふゆゑはべりしかば、今はかう世に交じらふべきさまにもはべらぬを、冷泉院の女御殿の御方などこそは、昔、聞き馴れたてまつりしわたりにて、参り寄るべくはべりしかど、はしたなくおぼえはべりて、えさし出ではべらで、深山隠れの朽木になりにてはべるなり。
- 45.23 薫、形見の手紙を得る
- ささやかにおし巻き合はせたる反故どもの、黴臭きを袋に縫ひ入れたる、取り出でてたてまつる。
- 45.24 薫、父柏木の遺文を読む
- 帰りたまひて、まづこの袋を見たまへば、唐の浮線綾を縫ひて、「上」といふ文字を上に書きたり。