蓬生 あらすじ
源氏 28~29歳 内大臣
源氏が須磨・明石に退去していた間また都に帰ってからも、末摘花のことはすっかり忘れていた。末摘花はひどい困窮の状態になっていた。
もとより荒れたりし宮の内、いとど狐の棲みかになりて、うとましう、気遠き木立に、梟の声を朝夕に耳ならしつつ、人気にこそ、さやうのものもせかれて影隠しけれ、木霊など、けしからぬものども、所得て、やうやう形を現はし、ものわびしきことのみ数知らぬに・・・
(元々荒れていた邸の中は、ますます狐の棲家になって、気味悪く、人気のない木立に梟の声が朝夕に聞こえるが、人の住む気配があればこそ、気味悪いものたちも姿を隠していたが、今は木霊など怪しいものたちが我が物顔に姿を現し、もの侘しいことのみが数々あって・・・)
末摘花の不如意を見かねて、母方の叔母が大弐になった夫の赴任にともなって太宰府に行くので同行するよう誘うが、末摘花は同意しない。乳母子の侍従が長年献身的に仕えていたが、大弐の甥と一緒になったので、叔母に同行して離れることになった。
源氏は、ある時花散里訪問の途上、ひどく荒れた邸の木立に見覚えがあって、常陸宮の邸と確認すると、姫がまだ独りでいるか惟光に確認させる。末摘花はひどい不如意にたえて、ひとりで源氏に気づかれるのを待っていたのである。
それからは源氏が援助して、邸も修理して、宮家は見違えるようになった。その後、造営中の二条院の東の邸に移った。
巻名の由来
舞台となった末摘花の邸に蓬生が生えていることから巻名になったもの。
蓬生 章立て
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- 15.1 末摘花の孤独
- 藻塩垂れつつわびたまひしころほひ、都にも、さまざまに思し嘆く人多かりしを、さても、わが御身の拠り所あるは、一方の思ひこそ苦しげなりしか、二条の上なども、のどやかにて、旅の御住みかをもおぼつかなからず、聞こえ通ひたまひつつ、位を去りたまへる仮の御よそひをも、竹の子の世の憂き節を、時々につけてあつかひきこえたまふに、慰めたまひけむ、なかなか、その数と人にも知られず、立ち別れたまひしほどの御ありさまをも、よそのことに思ひやりたまふ人びとの、下の心くだきたまふたぐひ多かり。
- 15.2 常陸宮邸の窮乏
- もとより荒れたりし宮の内、いとど狐の棲みかになりて、うとましう、気遠き木立に、梟の声を朝夕に耳ならしつつ、人気にこそ、さやうのものもせかれて影隠しけれ、木霊など、けしからぬものども、所得て、やうやう形を現はし、ものわびしきことのみ数知らぬに、まれまれ残りてさぶらふ人は、
「なほ、いとわりなし。
- 15.3 常陸宮邸の荒廃
- はかなきことにても、見訪らひきこゆる人はなき御身なり。
- 15.4 末摘花の気紛らし
- はかなき古歌、物語などやうのすさびごとにてこそ、つれづれをも紛らはし、かかる住まひをも思ひ慰むるわざなめれ、さやうのことにも心遅くものしたまふ。
- 15.5 乳母子の侍従と叔母
- 侍従などいひし御乳母子のみこそ、年ごろあくがれ果てぬ者にてさぶらひつれど、通ひ参りし斎院亡せたまひなどして、いと堪へがたく心細きに、この姫君の母北の方のはらから、世におちぶれて受領の北の方になりたまへるありけり。
- 15.6 顧みられない末摘花
- さるほどに、げに世の中に赦されたまひて、都に帰りたまふと、天の下の喜びにて立ち騒ぐ。
- 15.7 法華御八講
- 冬になりゆくままに、いとど、かき付かむかたなく、悲しげに眺め過ごしたまふ。
- 15.8 叔母、末摘花を誘う
- 例はさしもむつびぬを、誘ひ立てむの心にて、たてまつるべき御装束など調じて、よき車に乗りて、面もち、けしき、ほこりかにもの思ひなげなるさまして、ゆくりもなく走り来て、門開けさするより、人悪ろく寂しきこと、限りもなし。左右の戸もみなよろぼひ倒れにければ、男ども助けてとかく開け騒ぐ。
- 15.9 侍従、叔母に従って離京
- されど、動くべうもあらねば、よろづに言ひわづらひ暮らして、
「さらば、侍従をだに」
と、日の暮るるままに急げば、心あわたたしくて、泣く泣く、
「さらば、まづ今日は。かう責めたまふ送りばかりにまうではべらむ。かの聞こえたまふもことわりなり。また、思しわづらふもさることにはべれば、中に見たまふるも心苦しくなむ」
と、忍びて聞こゆ。
- 15.10 常陸宮邸の寂寥
- 霜月ばかりになれば、雪、霰がちにて、ほかには消ゆる間もあるを、朝日、夕日をふせぐ蓬葎の蔭に深う積もりて、越の白山思ひやらるる雪のうちに、出で入る下人だになくて、つれづれと眺めたまふ。はかなきことを聞こえ慰め、泣きみ笑ひみ紛らはしつる人さへなくて、夜も塵がましき御帳のうちも、かたはらさびしく、もの悲しく思さる。
- 15.11 花散里訪問途上
- 卯月ばかりに、花散里を思ひ出できこえたまひて、忍びて対の上に御暇聞こえて出でたまふ。
- 15.12 惟光、邸内を探る
- 惟光入りて、めぐるめぐる人の音する方やと見るに、いささかの人気もせず。
- 15.13 源氏、邸内に入る
- 「などかいと久しかりつる。いかにぞ。昔のあとも見えぬ蓬のしげさかな」
とのたまへば、
「しかしかなむ、たどり寄りてはべりつる。侍従が叔母の少将といひはべりし老人なむ、変はらぬ声にてはべりつる」
と、ありさま聞こゆ。
- 15.14 末摘花と再会
- 姫君は、さりともと待ち過ぐしたまへる心もしるく、うれしけれど、いと恥づかしき御ありさまにて対面せむも、いとつつましく思したり。
- 15.15 末摘花への生活援助
- 祭、御禊ごけいなどのほど、御いそぎどもにことつけて、人のたてまつりたる物いろいろに多かるを、さるべき限り御心加へたまふ。中にもこの宮にはこまやかに思し寄りて、むつましき人びとに仰せ言賜ひ、下部どもなど遣はして、蓬払はせ、めぐりの見苦しきに、板垣といふもの、うち堅め繕はせたまふ。
- 15.16 常陸宮邸に活気戻る
- 今は限りと、あなづり果てて、さまざまに迷ひ散りあかれし上下の人びと、我も我も参らむと争ひ出づる人もあり。
- 15.17 末摘花のその後
- 二年ばかりこの古宮に眺めたまひて、東の院といふ所になむ、後は渡したてまつりたまひける。
蓬生 登場人物
- 光る源氏 ひかるげんじ 二十八歳から二十九歳 ····· (呼称)大将殿・権大納言殿・殿・大殿・君・大臣
- 末摘花 すえつむはな 故常陸親王の娘 ····· (呼称)常陸宮の君・姫君・宮・君
- 禅師の君 ぜんじのきみ 末摘花の兄 ····· (呼称) 前師の君
- 北の方 きたのかた 末摘花の母方の叔母 ····· (呼称) 御叔母・大弐の北の方
- 侍従の君 じじゅうのきみ 末摘花の乳母子 ····· (呼称) 侍従
- 惟光 これみつ 光る源氏の乳母子 ····· (呼称)惟光
- 花散里 はなちるさと 源氏の愛人 ····· (呼称)花散里
- 紫の上 むらさきのうえ 光る源氏の妻 ····· (呼称)二条の上・対の上
※ このページは、渋谷栄一氏の源氏物語の世界によっています。人物の紹介、見出し区分等すべて、氏のサイトからいただき、そのまま載せました。ただしあらすじは自前。氏の驚くべき労作に感謝します。
公開日2018年8月2日/改定2023年3月14日