人は生きんが為に生くる也
私は先生の全生の思想が、死を見つめることから出発していることが、何となく分かるような気がした。
「人は生きんがために生くる也
生くること すなわち人の目的也 使命也
人の生 人にあるにあらず 自然にある也
されど 人なくして なんの自然ぞ
自然 人によりて生くる也
人あるが故に自然あり
人 生くるに信なかるべからず
人に自然の力具わる
自然の力 人を通じて作用する也
人 これを自覚して活用すべし」
この十代のときの思想は、先生の一生を通して変わらなかった。
しかし科学の進歩は、人間が自分自身の裡の力を発揮することを忘れさせ、知識によって生きているように錯覚させた。病気はおろか、出産まで摘出になるなりつつある世の中に、先生は”生命の自然と自律”を説き続けた。
先生が亡くなってから、私は机の上の古い『治療の書』に一枚の原稿がたたみ込まれているのを見つけた。
いつ書かれたものか、ひょっとしたら、『治療の書』に書き加えたかったものかと思いながら、読み出して、私の眼はその冒頭の二行に釘づけされた。
「治療ということ、相手の体が為す也
それ以上妙に行い得るつもりになるは人間の慢心也・・・・」
繰り返し読みながら、私はふと先生の声が聞こえるような気がした。
「何故、分からないのかな」
『回想の野口晴哉』野口昭子著 ちくま書房 2006年3月発行
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公開日2022年6月28日