様々な思想


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AIで「自由度が高まった」

藤井さんはプロデビュー前の三段リーグが始まった2016年の春頃から将棋ソフトを使い始めたという。平成生まれの棋士としては、むしろ遅いほうだろう。2017年当時、各種のメデAIに関して言及した彼の言葉を見てみよう。
「(三段リーグ)当時は序盤でどう指せばいいのかかなり曖昧な部分が自分の中であったのですが、コンピューターはそこで評価値という数字を出してくれる。そこでいろいろ学びを考えた結果、改善が図られているのかなと。当初は私の第一感とかなり違う数値が出ていて違和感を感じることが多かったのですが、その後に局面を進めてみるとなるほどと思わされることも多く、本当に勉強になったと思います」
「三段時代から比べて強くなった要因としてはコンピューターを活用した結果、前半のミスが減ったのが大きいと思います。以前は局面の捉え方が漠然としていたのですが、コンピューターを活用することで場面の見え方が多少明瞭になってきたのかなと思います」
「私はまだコンピューターを取り入れて一年程度ですが、自分の対応をコンピューターが評価した際の悪手率(悪い手の率)は若干下がってきている部分があるのかなと」
「いまのソフトは強化学習によって人間とは違う価値観があり、感覚が進歩してきたというか高まってきたように感じます。序中盤は人間からすると茫洋としてなかなか捉えづらいですけど、コンピューターは評価値という具体的な数値が出るので、活用して参考にすることでより正確な形勢判断を行えるようになると思います。居玉はよくないとか、人間はパターンで考える感覚がありますが、コンピューターは居玉でもいい形というのを捻り出してきたり、局面を点で捉えますので」
それから三年を経た2020年の段階ではどうであろうか。
「序盤で定跡とされていた指し方以外にもいろいろあるとわかってきて、むしろ自由度が高まっていると感じています」
「ソフトを使っていると、自分が気付かなかった手であったり、判断を示されることもあるので。そういうし将棋の新しい可能性を広げてくれるものなのかなというふうには思っています」
さらにソフトを使いこなし、自分の将棋の領域を広げているようだ。
藤井さんが二冠を獲得した翌日の会見で、
「落ち着いたらパソコンを一台、組みたいなと面います」
と話したことが話題となった。パソコンの頭脳であるCPU(中央演算処理装置)やマザーボードなどのパーツを購入して自分で組み立てるという。
私はコンピューターには詳しくないが、藤井さんが買ったCPUは専門家に言わせれば「現時点において個人で購入できる最上のもの」だそうだ。高性能なCPUを使えば、より短時間で強い指し手を教えてくれる。つまりより深い研究ができるということだ。
藤井さんは「AIとの共存」を自ら実践しているように思える。

強さとAIは関係ない

メディアは当初、藤井さんの強さを将棋ソフトの活用と関連付けて報じた。しかし、私や師匠の杉本さんを含む多くの棋士が、その見立てを明確に否定している。
例えば、藤井さんの強さとAIの関係について尋ねられた羽生さん、こう答えている。
「いや、ほかの棋士たちも使っていますから、多分それはあまり大きな要素ではないですね。藤井さんが仮にコンピューターを使っていなくても、強くなったことは間違いありません」(山中伸弥、羽生善治『人間の未来 AIの未来』)
あるいは、棋聖戦で藤井さんに敗れた渡辺さんの発言。
「将棋は、結局のところ最終盤の力大きい。いくらAIがすごいといっても、いくら研究を深めても、最後は終盤力がモノを言いますから。彼の強みとAIは、ほぼ関係ないでしょう。結局のところ、中盤や終盤の力で勝っているわけですから」と話し、さらに、
「むしろAIが関係しているのは、私が勝った第三局です。ああいった全部の変化を網羅していく将棋は、AIを使わないと無理ですから」(2020年9月号「文芸春秋」)
そして当の藤井さん自身もそれを認めている。
「序中盤の形勢判断などで力になった部分は大きいと思います。考える候補手、拾う手が若干増えたかなという印象はあります。ただはっきりと違いを感じるものでもないです。(略)コンピューターの影響で良くなった部分はありますけど、それだけではないとも思います。
藤井さんの強さは、これまで見てきたように、最善手を求める探求心と集中力、詰将棋で培った終盤力と閃き、局面の急所を捉える力、何事にも動じない平常心と勝負術など、極めてアナログ的なものだ。将棋ソフトを使い始めたのはプロデビューする直前であり、彼の本質的な強さとAIは関係がないと言っていい。
今後、将棋ソフトによって育てられた「AIネイティブ世代」が台頭してくるだろう。藤井さんは彼らとどういう対戦を見せてくれるだろうか。

自分で考えなければ強くなれない

前述したように、AIは評価値によって好手か悪手かを教えてくれるが、その理由は示されない。結論に至るまでのプロセスはブラックボックスである。
つまり、AIによって実戦における悪手を指摘されたり、それを上回る好手を示されたりしても、それから後のことは自分で考えて結論を出す必要がある。なぜそれが悪手なのか。なぜそれが好手となるのか。
いくら自分の対局の棋譜をAIに精査してもらっても、その結果の意味を自ら考えることによって咀嚼そしゃくし吸収しなければ、自分の力にはできないのだ。
AIがどれだけ進化しても、まず自分で考え、自分で結論を出すことが大切なのは、単に将棋界にとどまることではないだろう。
・・・・・
藤井さんもソフトとの関係で、率直に次のように語っている。
「実は自分も(コンピューターソフトの)『ポナンザ』とネット上で三、四回指したんですけど、全部負けてしまいました。もちろん負けたくないとは思いましたけど、将棋の長い歴史の中でコンピューターと棋士が戦った一瞬に居合わせられたことは良かったと思います」
そのうえで藤井さんはこう語っている。
「いままでは人間というプレーヤーしかいませんでしたが、(コンピューター)ソフトを活用することでもっといろいろな棋士が出てくると思っています。ソフトによる評価値がでるようになったのはいままでの将棋観からすると革命的なことだと思います」
「いまはコンピューターがかなり強くなっていて、盤上において人間がまさる領域がどこにあるのか、あるいはまったくなくなるのかはわからないですけれど、コンピューターに関係なく面白い将棋を指すことは棋士の使命なので。そういう将棋を指せるように頑張りたいと思います。
将棋界に起きているAI革命のただなかを生きる棋士としての決然たる宣言である。
機械同士が向き合って勝負をしてるさまが、どれだけ私たちの関心を誘うか。いくらAIが進化しても、人間には「面白い将棋」を指すことができる。そして、それが将棋と棋士の存在意義とも言える。

『藤井聡太論』谷川浩司著 講談社+α新書

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公開日2022年3月13日