様々な思想


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血税の意味

日本の新聞を見ていると、何かこちらも積極的にテロに対抗していかなくてはいけないという論調があります。例えば、湾岸戦争のときに日本は血を流さなかった、金だけ払って世界に笑われた、今回はそうはいかない、という考え方です。自衛隊のイラク派遣には、その時の反省も反映していると言われています。
しかし今のようにたとえばあまりかとイラクが対立しているところで、日本人の一人として何か積極的にかかわっていくべきかどうかといえば、それは多分余計なお世話でしかありません。
湾岸戦争のときに日本は莫大な金を払いました。その金の元は血税です。血税というのはどういうことか。たとえば四国で橋を作っているときに事故で亡くなった労働者の税金も含まれています。そういうお金をつぎ込んでおいて、「金を払っているだけで血を流していない」と考える人は、話がわかっていません。
ありとあらゆる人が一生けん命払ったお金です。私の母は九十歳を超えても働いていたので、「こんな年寄りから税金を取るのか」とこぼしていたものです。安易に「金さえ払えば」というような言い方をするのは、本気でその金について考えていない人です。税金の重みがわかっていないのです。税金はガンで死にそうな人でも収入さえあれば取られています。だから「血税」というのです。そこからあれだけの金を出して、それでいて「血を流していない」というのは、あまりにも単純な論法ではないでしょうか。
結局、税金や自衛隊派遣で私たちは既に十分イラクとかかわっています。それ以上はおれはやじ馬なんだからと思っていればいい。本当のことをいうと、イラクでアメリカ人とイラク人が殺し合っていても私たちの日々の暮らしには関係ありません。そのことはむしろはっきり認識しておいたほうがいいでしょう。それは対象がイラクでもアフリカでも同じで何にでも関係があると思い込まなくてもいいのです。アフリカの飢えた人はかわいそうかもしれませんが、日本人が何かしたから解決するような簡単な話ではありません。イラク
イラクに関しては、戦後の東京だって廃墟から復活したのだから、彼らもその真似をすればいいじゃないかと思います。おまえらだったらできるだろうと言えばいい。
イラクがほんとうに貧乏かといえばそんなことはありません。石油が出るのでしゅから。隣のサウジアラビアがあれだけ金持ちなのだから、貧しいのはおまえらの問題だろうと、まず言わなきゃいけない。どうしてこちらが必要以上に関わらなくてはいけないのか。

マツタケ足りて礼節を知る

ここ意地悪な人は、「それじゃ、金を持って豊かになったらそれでいいのか。結局は金か」というかもしれません。しかしある程度お金がないと人間は駄目なのです。
つまり「衣食足りて礼節を知る」なのです。これは非常に重い言葉なのです。
多くの人は衣食が足りないと礼儀知らずになる、下品になるというふうに受け止めているでしょう。でもそういう意味ではありません。すでに述べたとおり、脳の働きから見ても人間は衣食が足りないうちは、まともな考え方はできないのです。
もっとも今の日本は衣食が足りすぎて、少々ぼーっとしすぎているのかもしれません。足りすぎてもいけないということもわかってきた気がします。でも、ある程度の衣食をきちんと保障するのがいかに大事なことかというのは、どんな社会でも当然です。
北朝鮮に対するいろいろな批判を聞きます。私もまったく好きではありません。でも問題の根本には、北朝鮮の人間には衣食が足りていないということがあります。日本人並みにとは言いませんが、ある程度楽に暮らしていないと話は通じません。だから彼らに礼節を要求しても無理です。まともな考え方を要求しても無理なのです。
小泉首相が訪朝した際、北朝鮮からお土産に大量のマツタケを貰った。それが問題とされて結局捨ててしまったことがありました。私はそれに腹が立った。マツタケをとった人の気持ちを考えてみろ、せめて返してやれと思いました。
何も金日成が自分で摘んだマツタケではない。だれか向こうの労働者が摘んだわけでしょう。それは彼らの血税です。
いくら気に入らないからといって、それを捨ててしまうのは少なくとも衣食足りている人間がやることではない。礼節とはそういうものです。返すのが面倒なら日本人の衣食が足りない人にあげればよかったのです。

『超バカの壁』養老猛司著 新潮新書

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公開日2022年1月27日