欲望をなくす
後期高齢者(という名称が怪しからんと怒っている人たちがいるそうだが、後期でも末期でもヨボヨボでも何でもいい。大ジジイ、大ババア、中ジジイ、中ババア、分かりやすいのが一番いいと私は思っている)ともなれば、どんなに厚化粧をして若ぶってみても、自分には身体の衰えがいやでもわかる。早い話が間もなく八十六歳になる私は、この原稿をここまで書くのに、書き直し書き直ししてもう四日を要している(前はこんなものは一日で書いた)。身体ばかりかアタマ、集中力が衰えてきているのだ。
それが人間の自然である。これが私の現実なのだ。この現実をしっかり見定め、受け止めることが大事だと私は自分にいい聞かせる。無理な抵抗はしない方がいい。皺とり手術をしても追っつかない。可能性が満ちて広がる未来はもうないのだ。死に向かう一筋の道が通っているだけで、その道もそう長くはない。長くはない道をどう歩むか。
ー欲望を殺いでいくことだ。
私はそう考える。死に向き合って生きる者にとって必要なことは、欲望をなくし、孤独に耐える力を養うことだという考えに私は辿りついた。たまたま「欲なければ一切足る、求むることあれば万事窮す」という良寛の言葉を見つけ、私は意を強くしている。
『お徳用愛子の詰め合わせ』佐藤愛子『人間の煩悩』