そのとき釈尊の前に、大きな七宝の塔が地面から湧き上がった。高さ五百
由旬、
底辺の縦横二百五十由旬の大きさで、湧き上がって
空中に浮び、そこに留まった。様々な宝玉で飾られ、五千の欄干、幾千の飾り棚、無数の旗や吹流しや宝石の環が吊るされ、
幾千の大小の鈴がさがっている。四面から香木の香がただよい世界を満たしている。七宝の日傘の列は、天の宮殿まで届き、
諸天は天の花々を降らし、人も非人も一斉に様々な花、香料、伎楽を鳴らして供養した。その宝塔から大音声が響いた。
「素晴らしい。本当に素晴らしい。釈迦牟尼世尊はよくぞ平等の智慧である法華経を説いてくれた。そのとおりである、
説かれたとおりである。釈迦牟尼世尊が説くところはすべて真実である」会衆のものたちは、大宝塔が宙に浮かぶのを見、大音声の
響きを聞き、未曾有の出来事に驚き、起立して合掌した。
そのとき大楽説という名の菩薩が、
会衆のみなの疑問を察し、釈尊に問うた。
「世尊よ、この宝塔が地から湧き出たのはどういうわけでしょうか。それにこの大音声は何でしょうか」
釈尊は大楽説菩薩に答えた。
「大楽説よ、この宝塔のなかには、如来の全身が欠けるところなく安置されているのである。昔、無量
阿僧祇劫
の遠くに宝浄という名の国があった。
そこに多宝という名の
仏がいた。その仏が菩薩であったとき、誓願をたてた。もし仏となり、
入滅ののちに、どこかの世界で法華経が説かれる処があれば、この経を聴くためにわたしの宝塔を出現させ、誓願の証として、
素晴らしい、本当に素晴らしい、と賛嘆しよう、と。そして入滅のとき、自分の欠けることなき全身を供養するものは
大宝塔を建てるべし、と大衆に告げて逝ったのである。大楽説よ、
多宝如来の塔は、法華経を聴くために出現したのである。そして、素晴らしい、本当に素晴らしい、と言ったのである」
大楽説はさらに、願わくば多宝如来の姿を見たいと言った。
「大楽説よ、かの多宝如来の誓願には、さらに次のものがある。法華経を聴くために多宝如来の塔が出現し、
そこで経を説く仏が、もし塔を開いて多宝如来の全身を大衆に示すときには、その仏の分身を全部そこに集めてから開示する
ようにとのことである。それゆえ、わたしの分身を集めなければならない」
そのとき釈尊は、眉間から一条の光を放ち、東の方を照らした。そこにはガンジス川の砂の数に等しい五十千万億の世界が見え、 それぞれの世界で仏が説法しているのが見えた。頗梨でできた地は輝き、宝樹、宝衣がきらびやかで、 幾十万の菩薩であふれていた。そして南東、南、南西、西、北西、北、北東、上、下も一面の光に照らされて、 同じ情景がはっきり見えた。それら十方の諸仏はそれぞれの侍者に言った。 今これから、 娑婆世界の釈迦牟尼仏 のところに行き、多宝如来の宝塔を供養する、と。
こうしてその時、釈尊は娑婆世界を一変させ、全き清浄な世界に変えた。瑠璃を地とし、宝樹を茂らせ、黄金の縄で道の境界とし、
高い山々はなく、村落、城邑、海、川、森林等もなく、地はどこまでも平坦で、天の花々があまねく敷き詰められていた。
そして釈尊はここに集まった会衆のみを残して、ほかの諸々の天子と人を他の世界に移した。諸仏は侍者一人を連れて娑婆世界に来ると、
宝樹のもとに到った。宝樹は高さ五百由旬で、枝、葉、花、実を豊かに実らせており、宝玉の座の高さは五由旬あった。
諸仏はこの座において結跏趺坐し、こうして三千大千世界は諸仏で満ちたのである。しかし釈尊の分身は、これで全部ではなかったので、
釈尊は諸仏の来訪をさらに受け入れるため、二度、三度、八方の二十千万億の世界を変え、娑婆世界を浄土と化した。
このようにして、十方の諸仏はことごとく来集し、八方に坐した。それぞれの宝樹のもとに結跏趺坐し、侍者にいっぱいの
宝華を持たせて、おのおの霊鷲山の釈迦牟尼世尊のもとに
使いに出して伝言を託した。「世尊よ、つつがなきや。菩薩、声聞たちもお変わりありませんか。何の誰がしは、この宝塔を開くことを
願っております」
釈尊は分身の諸仏がすでに来集し、おのおのの座に坐し、宝塔を開くことを願っているのを聞くと、座より立ち、そのまま虚空に
浮かび上がって、宙に留まった。一切の会衆は起立して合掌し、一心に釈尊を仰いだ。釈尊は宝塔に近づくと、右の指で扉を開いた。
大門の閂を開くような大きな音がして扉が開いたとき、大衆は宝塔のなかで多宝如来が禅定に入っているように座しているのを見、また
このように言葉を発するのを聞いた。
「素晴らしい。本当に素晴らしい。釈迦牟尼仏はよくぞ法華経を説かれた。わたしはこの経を聴くために、ここに来たのだ」
そのとき会衆は、過去幾千万億劫の昔に入滅した仏が、このような言葉を発したのを聞いて、不思議な思いに駆られ、宝華を
散じて、釈尊と多宝如来を供養した。多宝如来は宝塔のなかで、釈尊に半座を譲り、掛けるように言った。釈尊は宝塔のなかに入り、
半座につくと、結跏趺坐した。こうして二人の如来は、並んで結跏趺坐したのである。会衆のなかに、われらも共に
仏の神通力で虚空に上がりたい、との願いが湧き起こった。釈尊は会衆の心を察し、ことごとくの大衆を虚空に浮かび上がらせ、そこに
留まらせた。そしてすべての会衆に大音声で告げた。
「この娑婆世界で、広く法華経を説くものは誰か。今がまさしくその時である。わたしは間もなく入滅する。わたしは
この法華経を誰かに委ねたいと思っている」
釈尊はこのように語ると、重ねてこの意味を伝えようとして、詩句をもって唱えた。
その詩句のなかで釈尊は熱い調子で語るのである。
「わたしが入滅ののち、よくこの経を信じ伝え弘めるものは誰か、今、仏前において誓いの言葉を述べよ。ここに集まった諸仏は
ことごとくその大願を聞くだろう。諸々の仏の子らよ、明らかに目覚めよ。宜しく大願を起こすべきである。
たとえガンジス川の砂の数ほどの経をすべて説いたとしても、難事とは言えない。たとえ須弥山を取って投げたとしても、
難事とは言えない。たとえ足の指で三千大千世界を動かし蹴飛ばしたとしても、難事とは言えない。たとえ世界の頂点に至って衆生に
経を説いたとしても、難事とは言えない。
仏の入滅ののちの悪世のなかで、この経を説くことこそ難しいのである。
たとえ虚空を手にとって遊行するとしても、難事とは言えない。
わたしの入滅ののちこの経を自ら書くこと、また人に書写させることこそ難しいのである。
たとえ大地を足の爪先にのせて梵天に駆け上がったとしても、難事とは言えない。
仏の入滅ののちの悪世のなかで、ひと時であれ、この経を読むことこそ難しいのである。
たとえ世界を焼け尽くす劫火のなかで乾いた草を背負い歩くとしても、難事とは言えない。
わたしの入滅ののちに、一人のためにでもこの経を説くことこそ難しいのである。
たとえ八万四千の法門を説いて六神通を得させたとしても難事とは言えない。
仏の入滅ののちにこの経を聞いて信じ、その趣意を問うことが難しいのである。
たとえガンジス川の砂の数ほどの衆生をして阿羅漢に至らしめたとしても難事とは言えない。
わたしの入滅ののちにこの経を保ち尊ぶことこそ難しいのである。
わたしは仏道の初めから今に至るまで、諸々の経を説いてきたが、そのなかにおいて法華経こそが第一の経である。
諸々の
善男子よ、
誰かよくこの経を信じ読み誦し弘めるのか、今、仏前において大願を起こすものは誰か。仏の入滅ののちに
よくその趣意を解するものこそ、仏の子である」
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