風の音

五月のよく晴れた日
箱根の彫刻の森美術館に行ってきた
お母さんが好きな所だったから
昔は家族でよく行っていた

もうその家族はない
お母さんも順ちゃんもこの世にいない
自分ひとりが残って
みんなが生きていた頃の思い出を思い出している
すばらしく若く
生きる果実がたくさん見えていた頃だ

天上の強い風を受けて
高くそびえる樹木は大きく揺れているが
園内は静かだ

ヘンリー・ムーアの彫刻が幾つか置いてある空間の
芝生の縁にある木のベンチで
しばし風の音を聞いていた
そしてこんなことを考えていた
—わたしは死んでゆくだろう
—つまり死に向かって生きているのだ
—世界の終わりは来るだろう
—始まりがあったのだから

平成三十年五月
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