夏みかん
あの年は夏みかんが豊作だった
幸江さんは入院していて
病名は告げられていたのに
本人もわたしも信じられなくて
すぐ普段の生活に戻れると思っていた
わたしは夏みかんを収穫するたびに
病院へ飛んで行って報告し
送り先の友人たちの名前をもらってきた
果汁がいっぱいの実が二百個以上もとれたっけ
今年も夏みかんがなっているが
もうあの年のようではない
生ごみをやらなくなったからだろうか
今は夏みかんの実りを報告する人もいなくて
送り先の人とも疎遠になり
実は落ちるにまかせている
平成二十七年四月