今月の言葉抄 2009年1月

一般相対性理論の誕生

1 時空の幾何学 
2 いざ、プリンシベ島へ 
3 誰が「場の方程式」を発見したか? 
4 まとめ この頁

4 まとめ

さいごに、一般相対性理論ができあがるまでのプロセスを復習しておこう。
一般相対性理論は「等価原理」の発見にはじまった。自由落下している人間は重力を感じない、すなわち重力は消すことが できるという、アインシュタインの「生涯で最も素晴らしい考え」が第一歩だ。「落ちるリンゴ」ではなく「落ちる人間」である ところがポイントで、この人物が手のひらにリンゴをのせたまま落ちたとしても、落下中は手にリンゴの重さを感じることはない。 「重力を感じないこと」すなわち「重力の消失」である、とアインシュタインは考えた。自由落下という「加速度運動」をする ことで、重力が相殺されたということだ。重力がもたらす「重力質量」と、加速度運動による慣性力(みかけの力)に起因する 「慣性質量」とが一致することは、ガリレイの時代から知られており、19世紀になると高い精度で実験的にも確認されるように なった。この経験的な知識を、アインシュタインはつねに厳密になりたつ原理として採用し、重力の理論を考える出発点においた。
(1) 等価原理・・・重力質量と慣性質量は等しい。
等価原理によれば、重力のはたらく静止系と、加速度運動をしている座標系とは、たがいに区別することができない。 ニュートン力学では絶対的だった重力は、こうして相対化され、慣性系に限定されていた「相対性原理」は加速度系をふくむ 一般の座標系にまで拡張される。
(2) 一般相対性原理・・・すべての座標系で、物理法則は同じ形式で書きあらわされる。
特殊相対性原理とくらべてみてほしい。特殊相対性理論では、物理法則は「ローレンツ変換について不変」であることが 求められたが、一般相対性理論では、物理法則はさらに一般的な数学的条件を満たすことが要請される。これが「一般共変の原理」 であり、(2)の数学的表現ということができる。
(3) 一般共変の原理・・・異なる座標系で「物理法則が同じ形式で書きあらわされる」ためには、物理法則が任意の座標変換 に対して不変であることが必要である。
新しい重力理論が宇宙のどこでもなりたつためには、(3)をみたさなければならない。
(1)(2)により、加速度系でおこる物理現象は、重力場でもおこることが予想される。加速度系では光が湾曲するが、それなら 重力場でも光は湾曲するはずだ。これは光が曲進するのはなく、空間が重力によってゆがめられるためだとアインシュタインは 考えた。
(4) 物質が存在することで空間はゆがみ、このゆがんだ空間が重力を発生させる。こう考えることにより、重力を「空間的」 に把握することができる。
ゆがんだ空間を数学的にあつかうため、リーマン幾何学を導入する。リーマン幾何学の計量テンソル 《gμυ》 は、ある特定の場所における空間の曲がりぐあいを示す“幾何学的な指標”だが、この 《gμυ》 が一般的な重力ポテンシャルとみなせることにアインシュタインは気づいた。さらにつごうのいいことに 《gμυ》 を用いると、物理法則のさまざまな方程式が任意の座標変換に対して不変な形式に書ける。つまり(3)の要件をみたすことができる。
(5) 《gμυ》 が満たすべき「場の方程式」を書くことで、一般相対性理論は完成した。
一般相対性理論からはつぎのような帰結がみちびかれる。
(a) 重力場では光は曲進する。
(b) 重力場では時間が遅れる。
(c) 重力場では光速は遅くなる。
(d) 質量をもつ物体が運動すると、重力波が発生する。重力波は光速で伝わる。
(a)は等価原理からみちびかれる帰結で、もしこれが実験的に確かめられなければ、一般相対性理論のおおもとの前提が 誤っていたことになるとして、アインシュタインはその検証に全力を注いだ。「いざ、プリンシベ島へ」にのべたように、光の 曲進は1919年、エディントンらの日食観測によって劇的に実証さたが、その数値の精度については、今日では疑問視する声が強い。 しかし、凸レンズが光を集めるように、巨大な質量の天体のそばを通過する光が曲げられる「重力レンズ」の現象は、これまで いくつか実例が見つかっており、したがって(a)については実験的な確証がえられているといっていい。
(b)の時間の遅れについても実験的に確認されている。高さ100メートルのビルの屋上と地表とでは、重力の強さはわずかながら ちがう。地表の方が(地球の重心に近いので)重力が強く、そのぶんだけ時間が遅れるのだ。1959年および1960年には、放射性物質 を利用して高さ22.5メートルの塔の上と地上の「時間の遅れ」を検出する実験が行われ、高い精度で理論を支持する結果がえられた。 また1971年には、ジャンボジェット機に原子時計を積みこんで地球を一周し「時間の遅れ」を確認する実験が行われた。この場合 には、高速飛行にともなう特殊相対性理論の「時間の遅れ」効果と、重力の弱い高空を飛ぶことによる一般相対性理論の「時間の進み」 効果があらわれる。測定の結果は誤差1.6パーセントの精度で理論を支持していた。
(d)の重力波は、いまだに検出されていないが、大がかりな検出装置の建設が世界各国で進められている。重力波は、最初期の 宇宙を読みとく観測手段としても応用が期待されており、これについては後にふれる。
2004年4月20日、NASA(アメリカ航空宇宙局)は重力探索衛星B(GPB)を打ち上げた。一般相対性理論によれば、地球の周囲の 重力場は、自転に引きずられてねじれている。この「慣性の引きずり」現象を、16ヶ月かけて検出する予定だ(2004年10月、NASAは レーザー地球力学衛星LAGEOSのデータで「引きずり」が確認されたと発表した)。一般相対性理論を実験的に確認する試みは現在も つづけられているのである。
更新2009年1月6日