早朝まだ薄暗いなか、弥谷寺を打つ。長い石段を登ってゆく。昨日の夜は暗くて分からなかったが、 山の中腹にへばりついて建っている感じだ。納経所のお坊さんによると、石段は500段あるそうだ。 歩いてなさるか、わしは兵隊の時分にはよく歩いたが、歩いて回ったことはないんじゃ、と言う。 そばに積んであるみかんを、お接待だから好きなだけ持っていくように言われ、本山寺への道も細かく教えてくれた。 何の気取りもなく、素朴な人だ。なんとなく空也上人の彫刻を思い出した。
国道を歩いていると、気軽に声をかけてくれる。
「車で送るよ、それとも歩き?」
「はい、歩いています」
「良いお参りを」
ここの人達にとって、遍路は他処者(よそもの)ではなく風景の一部なのだ。
近所の人に挨拶するのと同じように遍路に挨拶する。
本山寺からは、暖かい陽気のなか、川の土手道をのんびり歩く。観音寺市内に入る手前で、昼食にうどん屋に入る。 「福田・本場かなくま餅」と看板にある。注文の仕方が分からず見ていると、作業服やスーツを着た地元の人が気軽に入ってきて、 まずうどんの種類を頼んでから、自分でショウケースを開けて皿に2ヶずつのったおにぎりの類のご飯物を持ってテーブルにつく。 どの人も似たようなものをごく自然に食べている。紙に書いたメニューはない。奥の畳の間では、子供連れの若い主婦が食事中だった。 安くて素朴で大変おいしい。うどんは腹に軽いし、赤飯やお稲荷さんのようなご飯ものは、腹の足しになる。 昼食には丁度良い。うどん200円、皿160円合計360円に消費税。美味しかったので、お礼を言ってメニューを写真に撮らしてもらう。 お接待に餅2ヶ包んでくれた。
午後足が重く、friendという喫茶店に入る。ぬるいコーヒーを飲んでいると、近くのコンビニでわざわざ買ってきたらしいビニール袋が 目の前に差し出された。おかみさんがにっこり笑っている。お接待だった。納札を渡すと,おやじさんがさっそく柱に貼っていた。 見ると、横浜市青葉区67歳夫婦、横浜市港北区64歳男性、相模原市年齢不詳女性、みんな神奈川県だった。
道沿いに大平正芳記念館があったので入ってみる。60年配の館長らしい人が迎えてくれる。蔵書1万2千冊、 その他に焼けてしまったもの多数あったとか、すごい読書家だ。古典の全集などもあったが、目に付いたのは単行本の多さであった。 当代の潮流や新知識を吸収し勉強していたのであろう。内村鑑三全集や聖書もあったので、聞いてみると無教会派のクリスチャン だったと言う。素朴で正直な人ですね、と感想を述べるとうなずいていた。金にきれいな人だったそうだ。 お茶とお菓子が出され、巡礼の話になる。自分も興味があるので、いずれ歩きたいと思っていますと言っていた。