イエスが生まれたとき、宣教を始めたとき、十字架刑にかけられたときの年代を色々調べてみると、情報がもっとも多いのはやはり福音書 であるし、そこに書かれた記録がもっとも頼りになる。その中のどれを優先するかで、おのずからイエスの年代が決まってくるのである。
私は、以下の二つをもっとも信憑性のある情報として、前後2年の幅をみて表を作ってみた。
生年/年齢 | 28歳 | 29歳 | 30歳 | 31歳 | 32歳 | 33歳 |
---|---|---|---|---|---|---|
紀元前6年 | 紀元23年 | 紀元24年 | 紀元25年 | 紀元26年 | 紀元27年 | 紀元28年 |
紀元前5年 | 紀元24年 | 紀元25年 | 紀元26年 | 紀元27年 | 紀元28年 | 紀元29年 |
紀元前4年 | 紀元25年 | 紀元26年 | 紀元27年 | 紀元28年 | 紀元29年 | 紀元30年 |
上記二つの条件を満足させるのは、紀元前4年生まれ、かろうじて紀元前5年生まれまでです。あとはイエスが何年宣教したかの 問題が残りますが、これは推定しかありません。ニサンの月の14日が金曜日の可能性のある年(紀元27、33、36、or30年)、 さらに「この神殿を建てるのに四十六年かかった」という記録は(紀元27/28年または紀元28/29年)、それぞれ上記の大枠の 推定内にはいる参考情報としての扱いにします。
当時の年度の数え方は、今日の1月1日から12月31日までを一年とする表記と違いますので、今日的表記では2年にまたがったりします。 もとより正確は期しがたいので、その頃と推定するしかありません。こまかなところは捨象して、おおよそ次のように言えると思います。 イエスは、紀元前4年に生まれ、紀元28年の31歳のとき宣教を開始し、 紀元30年の33歳で十字架刑にかけられたとするのが無理のない推定だろうと思います。イエスはおそらく宣教を始めてから エルサレムには最後の時まで行かなかったと思われます。宣教とその手ごたえを優先したため、一度は行く機会を やり過ごしたことになります。宣教は二年弱の短い期間だったと思います。しかしその衝撃的な教えはずっと残ったのである。
イエス伝 年代記 完
公開日2009年6月29日