さうざうしくねぶたかりつる 「そうぞうし」物足りない。物寂しい。退屈だ。
いかで聞きしことぞや、大臣のほか腹の娘尋ね出でて、かしづきたまふなるとまねぶ人ありしかば、まことにや どうして耳に入った、内大臣の妾腹の娘を捜し出して、大切になさっているそうだと話してくれた人がいたが。
弁少将 内大臣の次男。賢木の巻に「四の君腹の次郎」とあった人。源氏は、内大臣の子息たちのうち一座の最年長に尋ねる。柏木は来ていなかった。
中将の朝臣 柏木のこと。
ふくつけきぞ 「ふくつけし」欲が深い。
さても、もて離れたることにはあらじ それにしてもお門違いではあるまい。
らうがはしくとかく紛れたまふめりしほどに 内大臣も昔はやたらにあちこちとお忍び歩きをなさっていたようだから。
少将と藤侍従 弁の少将と藤侍従(内大臣子息。弁の少将の弟)
朝臣や 第二人称の敬称。夕霧に対する呼びかけ。
昔よりさすがに隙ありける 昔からさすがにしっくりゆかなかったのだが。「隙」③仲の悪いこと。不和。
中将をいたくはしたなめて、わびさせたまふつらさを思しあまりて 夕霧をひどくつらい立場に立たせて、嘆かせていらっしゃる内大臣の無情さを腹に据えかねて。
あなづらはしからぬ方にもてなされなむはや 軽々しくはない待遇を受けるであろうな。「もてなされ」は受身、すなわち大切にされること。
いと翔けり来まほしげに思へるを、中将の、いと実法の人にて率て来ぬ、無心なめりかし (あなたのところへは)宙を飛んででも来たいほどに思っているのに、中将(夕霧)が堅物だから連れてこないのは、思いやりのないことです。
なほなほしき際をだに、窓の内なるほどは つまらぬ家の娘でも、未婚のときは。「窓のうちなるほど」
は、深窓に養われている間。「なおなおし」平凡である。劣っている。
うちうちのくだくだしきほどよりは (わが家の評判は)内幕のこまこましいわりには。「くだくだし」細かくつまらない。源氏の謙遜。
いと世に過ぎて、ことことしくなむ言ひ思ひなすべかめる まったく分に過ぎて、大げさに噂もし考えてもいるようだ。
かたがたものすめれど、さすがに人の好きごと言ひ寄らむにつきなしかし (この六条院には)女君たちがいらっしゃるが、何といっても、男が恋を語らおうとするには似合わしくない。「つきなし」不似合いである。
かくてものしたまふは あなたが(玉鬘)が、こうしてわが家にいて下さるのは。
有職どもなりな 皆見識のある連中だ。
右の中将は 内大臣の長男。柏木。この席には来ていない。
心恥づかしき気まさりたり 人に一目置かせるような、気がまさっている。
交じりものなく、きらきらしかめるなかに、大君だつ筋にて、かたくななりとにや ご一家が藤原氏ばかりでときめいているところへ、王孫という血筋だから。「大君」は親王宣下を受けない皇子または皇孫。
来まさば、といふ人もはべりけるを 催馬楽、呂「我家」によって答える。「我家は 帷帳も 垂れたるを 大君来ませ 婿にせむ 御肴に 何よけむ 鮑 栄螺 石陰子よけむ 鮑 栄螺 石陰子よけむ」
燈籠に御殿油参れり 燈籠に明かりさした。「燈籠」軒先に吊るしてある。
ことことしき調べ、もてなししどけなしや 改まった調子の演奏には、(和琴は扱いもしかと決まらぬものです。
このものよ、さながら多くの遊び物の音、拍子を調へとりたるなむいとかしこき この楽器は、そっくり多くの楽器の音色や拍子をきちんと演奏できるのが大したものです。
際もなくしおきたることなり 融通無碍に作ってある楽器なのです。
ほのぼの心得て、いかでと思すことなれば、いとどいぶかしくて (玉鬘は)少し会得していて、どうかしてもっと上達したいと思っていらっしゃることなので、いっそう聞きたいと思われて。
書司を召すは 「書司」後宮十二司の一。書籍、楽器などをつかさどる女官。特に累代御物の和琴を管掌する。
貫河の瀬々のやはらた 催馬楽、律「貫河」の歌詞。曲の具合で下を略している。「貫河の瀬々の やはら手枕 やはらかに 寝る夜はなくて 親離(さ)くる夫(つま) (下略)」
才は人になむ恥ぢぬ 芸事は恥ずかしがっていては上達せぬものです。
「想夫恋」ばかりこそ、心のうちに思ひて、紛らはす人もありけめ しかし「想夫恋」だけは、内心弾きたく思っていても、隠す人もあったでしょう。曲名から夫を慕う曲と解され、女は演奏を恥ずかしがったであろう。
いと心やまし ほんとに不本意に思われる。玉鬘の思いがそのまま地の文に重なる書き方。
いにしへも、もののついでに語り出でたまへりしも あの時、雨夜の品定めで、内大臣がたまたまあなたのことを語ったのも。
撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人や尋ねむ 撫子のいつ見ても心ひかれる色ー美しいあなたにお会いになったら、内大臣はきっと母上の行方をお尋ねになるでしょう(新潮)/ 撫子のいつも変わらないやさしい色を見たら、もとの垣根を根堀り葉堀りするだろうな。(玉上)「とこなつかし」つねになつかしい。「とこなつ」撫子の別名をかけている。
山賤の垣ほに生ひし撫子のもとの根ざしを誰れか尋ねむ 数ならぬ生まれの私のこと、誰が母のことまで尋ねて下さいましょうか。「あな恋し今も見てしが山がつの垣ほに咲ける大和撫子」(『古今集』巻十四恋四 読み人しらず)(新潮)/ いやしい山家の垣根に生まれた撫子の元の根を誰が探して下さいましょう。(玉上)
わが身ひとつこそ、人よりは異なれ 自分は太政大臣として格別の身分だが。
見む人のあまたが中に、かかづらはむ末にては 大勢の妻の中であくせくするような者の末席にいたのでは。
異なることなき納言の際の、二心なくて思はむには、劣りぬべきことぞ ざらにいる納言あたりの身分で、玉鬘ひとりを後生大事にする者には及ばないだろう。「納言」は大臣の下、参議の上。中堅の公卿である。
さはまた、さて、ここながらかしづき据ゑて、さるべき折々に、はかなくうち忍び、ものをも聞こえて慰みなむや それならまた、結婚させて、この邸で今までどおり大切に世話をして、人目のない折々に、ひそかに忍び込んで、自分の気持ちなりとお話して、心をはらそうか。以下、玉鬘を手放さず、婿を通わせながら、ひそかに情を通じることを考える。
かくまだ世馴れぬほどの、わづらはしさにこそ、心苦しくはありけれ 今のように、まだ男を知らぬ娘心を靡かせようとあれこれ気を遣って策を弄するのは、(玉鬘に対して)気の毒だけれど。
おのづから関守強くとも、ものの心知りそめ、いとほしき思ひなくて、わが心も思ひ入りなば、しげくとも障はらじかし (結婚して)自然夫のきびしい目があるようになっても、男女の仲が分かるようになって。「関守」は「人知れぬわが通い路の関守は宵宵ごとにうちも寝ななむ」(『古今集』巻十三恋三 業平朝臣)
いとほしき思ひなくて、わが心も思ひ入りなば、しげくとも障はらじかし こちらも(源氏も)ひるむ気持ちがなくて、すっかりその気になったら、人目がしげくても障りにはなるまい、とお考えになる。
いとけしからぬことなりや まったくけしからぬお考えである。草子地。
なのめに思ひ過ぐさむことの さりとてほどほどにして諦めることは。「なのめ」ありふれている。際立たない。適当に。
この今の御女のことを この問題となっている娘。近江の君のこと。
「殿の人も許さず、軽み言ひ、世にもほきたることと誹りきこゆ」と、聞きたまふに お邸の人々も、あれでは姫君と認められないと、軽んじた批評をし、世間でも馬鹿なことをなさった批判している、お聞きの上に。
「さることや」ととぶらひたまひしこと、語りきこゆれば 「あれは本当か」とお聞きになったことを。
少将の、ことのついでに 「少将」弁の少将。内大臣の次男。長男は柏木。
これぞ、おぼえある心地しける それで、面目を施した気がする。源氏がとかく関心をもってくれるので晴れがましい。/太政大臣は私の家の悪口をおっしゃる。ということは、娘も認められた気がする。
いとこともなきけはひ見ゆるわたりになむはべるなる 全くこれといった欠点もない人物と見受けられる方のようです。
御許 「おもと」は女房くらいにつける敬称。
親王こそまつはし得たまはむ 親王がうまく靡かせてわが物になさるだろう。「まつはす」は、側にひきつけて離さぬようにすること。
人柄も警策なる御あはひどもならむかし 人柄もご立派で婿君にふさわしい。
姫君の御こと 雲居の雁のこと。
かやうに、心にくくもてなして、いかにしなさむなど、やすからずいぶかしがらせましものを (玉鬘のように)奥ゆかしく世話をして、誰をl婿にとるのだろうなどと、気が気でなく好奇心をそそってやりたかったのにと、忌々しいので。
otodonadomonemhugoronikitiire">大臣なども、ねむごろに口入れかへさひたまはむにこそは、負くるやうにてもなびかめと思すに 源氏の大臣なども、丁重に口添えし(今の自分の処置に)反対なさるのなら、それに負けた体にして承服しようと思っているのに。「かへさふ」は押し返すこと。///
男方は、さらに焦られきこえたまはず、心やましくなむ 夕霧の方は一向に焦る様子もおl見せにならないので、面白からぬことであった。「心やましくなむ」内大臣の気持ちをそのまま記したもの。
ふともおどろいたまはず (雲居雁は)すぐにはお目覚めにならない。
心やすくうち捨てざまにもてなしたる 気を許して無造作なふうにしているのは。
うつつの人にもあまり気遠く、もの隔てがましきなど、気高きやうとても、人にくく、心うつくしくはあらぬわざなり 日頃接する人にも、あまり奥に引っ込んで、上品なこととはいっても、小憎らしく、かわいげのないものです。「不動の陀羅尼」と仏前のことを言ったのに対し、「うつつの人」と言う。
立ててなびく方は方とあるものなれば 特に好きこのむ方面はどうしてもあるものだから。
試み事にねむごろがらむ人のねぎごとに ちょっと気を引くために親切にするような人の言うことに。夕霧のことをいう。「ねぎごと」神に願う言葉。
昔は、何ごとも深くも思ひ知らで、なかなか、さしあたりていとほしかりしことの騒ぎにも、おもなくて見えたてまつりけるよ 昔は(まだ幼くて)何ごとにも深い分別がなくて、あの当時の目も当てられなかった事件の時でさえ、恥ずかしげもなく父君にお目にかかっていた。以上雲居の雁の思い、回想。
大宮よりも 祖母大宮。今は、三条の宮にひとり住む。
うたてあはつけきやうなり それではあまり軽率だと思われましょう。/困ったことに軽々しい性格らしいのです。
いとさことのほかにははべらむ どうしてそんなにひどいことがございましょう。
中将などの 柏木。近江の君を探し出してきた。
いと二なく思ひはべりけむかね言に足らずといふばかりにこそははべらめ 本当にまたとなく立派だと思って吹聴した前触れには及ばぬというだけのことでございましょう。「かね言」先を見越して言う言葉。
いと恥づかしげにて聞こえさせたまふ こちらが気恥ずかしくなるような様子で。父大臣を暗にたしなめるほど聡明なもの言い。
この御ありさまは、こまかにをかしげさはなくて この女御の容貌は、何もかも整って美しいというのではなく。「こまか」は精巧緻密なこと。
いとあてに澄みたるものの、なつかしきさま添ひて 気高くすっきりした感じながら、ものやさしいところがあって。「あて」(貴)見分の高いこと。高貴。上品なこと。
おもしろき梅の花の開けさしたる朝ぼらけおぼえて、残り多かりげにほほ笑みたまへるぞ 美しい梅の花が開きかけの明るい朝のような感じで、皆まではおっしゃらず笑みを湛えていらっしゃるご様子は。
いとほしげなる人の御おぼえかな お気の読な(近江の君の)ご評判であること。草子地。
やがて、この御方のたよりに そのまま女御の御殿からのついでに。引き続きこちらにおいでになったついでに。「たより」機会。ついで。
中に思ひはありやすらむ 心にはいろいろ物思いもあるのだろうが。「さざれ石の中に思いはありながらうちいづることのかたくもあるかな」(『紫明抄』『河海抄」』
罪軽げなるを 前世の因縁も悪くない様子だが。過去の善悪の因縁により、現世の容貌の美醜が決まると考えられていた。
かくてものしたまふは、つきなくうひうひしくなどやある この家でお暮らしになるのは、落ち着かず馴染めないなどということはありませんか。
手打たぬ心地 「手を打つ」双六で巧みな手を打つこと。
それだに、その人の女、かの人の子と知らるる際になれば、親兄弟の面伏せなる類ひ多かめり その場合でも、誰それの娘、何がしの子と、名の通った家の生まれとなると、親兄弟の面目をつぶすような者が多いようだ。
そは、ことことしく思ひたまひて交らひはべらばこそ、所狭からめ 何の、それは大層に考えまして宮仕えしましたならば、たいへんでしょうが。
大御大壺取りにも、仕うまつりなむ 御用の壺の掃除役でも何でもご奉仕いたしましょう。「大御大壺」は「大壺」(便器)をさらに敬った言い方。姫君の口にすべき言葉ではない。
人びともあまた見つぎ、言ひ散らさむこと 大勢の女房たちも次々に(近江の君)に接しては、芳しからぬ噂を撒き散らすことだろう。
いつききこえて うやうやしく傅(かしず)かれて。
うち身じろきたまふにも ちょっとどこかへお出ましになるにも。(新潮)/ ちょっとおからだをおうごかしなさるにも。(玉上)
あまりことことしく、恥づかしげにぞおはする。よろしき親の、思ひかしづかむにぞ、尋ね出でられたまはまし でもあまり立派すぎて、気おくれしそうなお方です。ほどほどの親で大事に育ててくれるような人に、見つけられなさったら良かったのに」
わりなし 無理な注文だ。草子地。
例の、君の、人の言ふこと破りたまひて、めざまし ほらまた、あなたって、私の言うことをぶち壊しなさる、あきれた
今は、ひとつ口に言葉な交ぜられそ 今は友達みたいに口出ししないでください。「ひとつ口」同胞扱いで。同じ階級の者同士でのようなつもりで。
あるやうあるべき身にこそあめれ きっと何か仔細のある身の上なのでしょう。内大臣に見出されたからには、特別の運勢に恵まれているのだろう。
わがままに誇りならひたる乳母の懐にならひたるさまに したい放題にいい気になって乳母の懐に今も馴れきっているふうに。
もてなしいとあやしきに、やつるるなりけり 態度がひどく無作法なので、悪く見えるのであった。
大臣の君、天下に思すとも 父大臣が私をいかに大事に思ってくださっても。「天下に」は強調の語。
御おぼえのほど、いと軽らかなりや 近江の君の邸内のご声望のほど、まことに頼りないことだ。からかい気味の草子地。
勿来の関をや据ゑさせたまへらむとなむ 勿来の関をもうけて来るなとされたのでしょうか。「勿来の関」奥州の勿来の関。アイヌ族に対して、こちらへ来るなという意味で設けられた。
知らねども、武蔵野といへばかしこけれども お目にもかかっておりませんのに、お血続きだと申し上げるのは恐れ多いのですが。「知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそはむらさきのゆえ」(古今六帖)
点がちにて 点は語句の反復を示す「ゝ」である。「あなかしこやあなかしこや」と同じ詞を繰り返したこと。当時だと「あなかしこやゝゝゝ」と書く。(玉上)
厭ふにはゆるにや。いでや、いでや、あやしきは水無川にを 嫌われますと、いっそう思いがつのるからでしょうか。いえもう、いえもう、見苦しい字は大目に見ていただく。(新潮)「あしき手をなほよきさまにみなせ川底の水屑のかずならねども」(『源氏釈』引用)/ 嫌がられると熱心になるのでしょうか。あのうあのう、心中お慕いしているからなのでしょうか。「あやしくもいとふにはゆるかないかにしてかは思いやむべき」(不思議なことに、おいといになればなるほど、つのる恋心なのです。いったいどうしたら、このつのる思いを断ち切ることができましょうか)(玉上)
草若み常陸の浦のいかが崎いかであひ見む田子の浦波 一首の意味は「いかであひ見む」にある(何とかしてお目にかかりとうございます)にある。三箇所の関係のない名所を詠み込み、「本末あはぬ歌」の実例。/ わたしは田舎の百姓の子でございますが、なんとかして女御様におあいしたくてたまりません。(玉上)
大川水の 「み吉野の大川のべの藤なみのなみに思わば我が恋めやも」(『古今集』巻十四恋四、読み人しらず)の「大川のべの」を言い誤りしたもの。
宣旨書きめきては 代筆と分かっては。
近きしるしなき、おぼつかなさは、恨めしく お側にいるかいもなくお目にかかれませんのは、恨めしく存じます。
常陸なる駿河の海の須磨の浦に波立ち出でよ筥崎の松 歌意は、「お出かけください。お待ちしています」一首のなかに、四箇所の関係のない地名を用いて、本末の合わない歌で応じる。(新潮)/ 常陸にある駿河の海の須磨の浦に、浪はおいであそばせ。箱崎の松でございます。
公開日2019年8月13日