源氏物語  朝顔 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 20 朝顔
斎院は、御服にて下りゐたまひにきかし 「斎院」朝顔の斎院、賀茂の斎院。光る源氏二十三歳の年、斎院に立たれた。賀茂の斎院に就任のことは、賢木の巻に見える。式部卿の宮の姫君で、ずっと前から源氏が思いをかけていた人。初出は帇木に見える。/ 父式部卿の服喪のために退下なさった。式部卿の崩御は薄雲に見える。斎院は、御代替り、服喪のことがあれば交替する。
宮、わづらはしかりしことを思せば 前斎院は、世間に憚る思いをなさったことを思い出して。賢木に源氏が斎院に文通したことが見え、右大臣と弘徽殿の大后の間で話題になっていることは、斎院に耳にも入っていたのだろう。
桃園宮ももぞののみや 亡父式部卿の宮の旧宅。桃園は一条の北、大宮の西。
女五の宮 式部卿の宮の妹君と思われる。二人とも故桐壷院の弟と妹君である。おなじく妹で女三の宮と呼ばれた方は、葵の上の母である。
もて離れ この女五の宮は少しも似たところがなく。
さるかたなり 宮としての気品がある。それはそれとして、そういう方である。
やがて簀子より渡りたまふ そのまま簀子(濡れ縁)を通ってあちらにお出でになる。源氏は今まで簀子に座っている。
宣旨せんじ、対面して、御消息は聞こゆ 「宣旨」前斎院づきの女房の名。前斎院のご挨拶はお伝えする。
今さらに、若々しき心地する御簾の前かな 今さら若者のような感じのするよそよそしいお扱いです。「御簾の前」は、御簾の内(母屋)に入れない扱いをいう。
神さびにける年月の労数へられはべるに、今は内外も許させたまひてむとぞ頼みはべりける 昔からの長の年月、心をお寄せしてきた私の功労も数多く積もっているのですから。「神さぶ」相手が前斎院なのでそれにちなんだ言葉。
労などは、静かにやと定めきこえさすべうはべらむ 仰せの功労などということは、静かに考えさせていただくほかございますまい。
人知れず神の許しを待ちし間にここらつれなき世を過ぐすかな 誰にも言わず一人神のお許しがでる日を待っていた間、長く情けない月日を過ごしました(玉上)。ひそかに賀茂の神の許しを待っていた間に、こんなにも長いことすげないお扱いに堪えてきたものです(新潮日本古典集成)。賀茂在任は8年に及んだ。
なべて、世にわづらはしきことさへはべりしのち、さまざまに思ひたまへ集めしかな。いかで片端をだに 「なべて、世にわづらわしきこと」須磨流浪のこと。ああいう苦しい目にあいましてから、あとはいろいろ感じることがありました。その一部分でも申し上げたく。
さるは、いといたう過ぐしたまへど、御位のほどには合はざめり 「さるは」「めり」推量の助動詞、主観的推量。『新大系』は「「さるは」以下、あらためて語り手が源氏の風姿を批評し直す。実は、ほんとに魅力がありすぎていらっしゃるが、(その若々しさは)御位の高さには不似合いのように見える」と注す。源氏の若々しさを強調して従一位の高さには不釣合だとする語り手の批評。// それというのも、年は重ねていらっしゃるが、御位の程に対しては、似合わない若さであろうよ。
なべて世のあはればかりを問ふからに誓ひしことと神やいさめむ ひととおりの挨拶を」するだけでも誓いを立てたのにと、神がおとがめかと存じます(玉上)「あはればかりをとうからに」あわれを問う、それだけで。/ 一通りこの世の悲しみばかりをお慰めするだけでも、誓いに背くと賀茂の神はおいましめなるでしょう(新潮日本古典集成)「何のいさめにか・・・」を受けて詠む。/ 一通りのお見舞いの挨拶をするだけでも誓ったことに背くと賀茂の神がお戒めになるでしょう(渋谷)。
その世の罪は、みな科戸しなとの風にたぐへてき その昔の罪はみな科戸の風と一緒に払い捨てましたよ。今の私のおもいこそ慰めていただきたいのに。「科戸の風」は、風の神級長戸辺命しなとべのみことによる名。
世づかぬ御ありさまは、年月に添へても、もの深くのみ引き入りたまひて、え聞こえたまはぬを、見たてまつり悩めり (前斎院の)色恋にはうといご性格は、 年月がたっても、慎み深くい控え目になるばかりで、お返事もされないのを、女房たちはそばでやきもきしている。
齢の積もりには、面なくこそなるわざなりけれ 年をとりますと、面目ない目にあうものです。
世に知らぬやつれを、今ぞ、とだに聞こえさすべくやは、もてなしたまひける 例のないほどのひどいやつれを「いまぞ」といってお目にかけたいのですが、それさえできない仕打ちを受けたものです。『源氏釈』以下に「君が門今ぞ過ぎ行く出でて見よ恋する人のなれる姿を」(住吉物語)に一句「君があたりに」を引く。、/ あなたゆえにやつれたこの姿を、あの住吉物語のように、『今ぞすぎゆく出でて見よ』と申し上げるべきでしょうか。それすらできない、ひどいお仕打ちでした。
心やましくて立ち出でたまひぬるは 気持ちのおさまらぬままお帰りになったことで。
これかれにはひまつはれて 何やかにやにまつわりついて。
けざやかなりし御もてなしに、人悪ろき心地しはべりて 昨夜のそっけないおあしらいに、きまりの悪い思いがいたしまして。きっぱりとしたおもてなしにきまりが悪くなりまして。「けざやかなりしおもてなし」はっきりとした御あつかい。つれなさのはっきりした御もてなし、ということである。「けざやか」さわやか、はっきりした、さわやかな。「人悪し」外聞が悪い、見っともない。
見し折のつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ 昔拝見した折のことが一向に忘れられません美しい朝顔の(あなたのお顔)の盛りは、もう過ぎたことでしょうか(新潮日本湖古典集成)。いつぞや見ましたときのことがどうしても忘れられません。その朝顔の花の盛りは過ぎましたでしょうか(玉上)。
年ごろの積もりも、あはれとばかりは、さりとも、思し知るらむやとなむ、かつは< 長の年月の恋の苦労も気の毒だというほどには、それでもお分かり頂いておりましょうかと、一方では(たのもしく思っています)。長の年月あなたを思う」この心をかわいそうなぐらいはお思いいただけるかと、あなたのお心をたのみにしてもおります。
見知らぬやうにや ものの情趣も分からぬ女と見えようかとお思いになり。
秋果てて霧の籬にむすぼほれあるかなきかに移る朝顔 秋も終わって霧の立ちこめた垣根すがりついて、あるかなきかに色あせた朝顔ーそれが今の私の姿でございます(新潮日本古典集成)。秋は終わって霧の立ちこめる垣根にくしゃくしゃと人目につかず衰えて咲く朝顔の花、それがわたくしでございます。(玉上)。
似つかはしき御よそへにつけても、露けく ふさわしいお喩えを伺いますにつけても、涙にくれております。
人の御ほど、書きざまなどに繕はれつつ(総じて贈答の歌などは)その人のご身分や、書きぶりなどで、欠点が隠されて。  
その折は罪なきことも その当時は難なく思われたことも。
つきづきしくまねびなすには もっともらしく言い伝える段には。いかにも本当らしく語りだすときは。「つきづきし」本当らしく。もっともらしく。「まねぶ」(学ぶ)②見聞したことをそのまま人に語り伝える。
ほほゆがむこともあめればこそ 事実を誤り伝えることもあるので。「ほおゆがむ」(口元がゆがむ意から)事実と違った言い方をする。
さしもあらぬ際のことをだに、なびきやすなるなどは たいした身分でもない男のことでも、すぐ言いなりになってしまうような連中は。それほどでもない男にすぐなびいてしまいそうなものは。
過ちもしつべく、めできこゆれど 間違いも引き起こしかねないほどおほめ申し上げるが。
宮は、そのかみだにこよなく思し離れたりしを 前斎院は、昔でさえ(源氏との結婚は)ぜんぜんお考えにもならなかったのに。宮はあのころでさえまったくお気持ちなかったのに。
誰も思ひなかるべき御齢 どちらも(前斎院も源氏も)恋に心を労するようなこともないはずのお年であり、地位でもあられて。
古りがたく 相変わらず。むかしのままで。
世の人に変はり 普通の女とは違って。
対の上 紫の上。
うちつけに目とどめきこえたまふに その気になって(源氏の様子を)気をつけてご覧になると。「うちつけに」は、ここは、自分の疑念に応じてとっさに、というほどの意。
あくがれたるも うわの空の気持ち。
まめまめしく思しなるらむことを 真剣に結婚しようという気におなりになっているらしいのに。
つれなく戯れに言ひなしたまひけむよと 何食わぬ顔で冗談のようなおっしゃりようをなさったことよ。
同じ筋にはものしたまへど、おぼえことに、昔よりやむごとなく聞こえたまふを 自分と同じ親王のお子ではいらっしゃるが、世間の声望も格別で、昔から重々しいお方として世に聞こえていらっしゃるお人だから。
はしたなくもあべいかな 自分はどんなにか見っともない立場に立つことになろうか。「あべいかな」「あんべいかな」の発音無表記。
かき絶え名残なきさまにはもてなしたまはずとも すっかりお見限りといったようにはお扱いにならないにしても。
いとものはかなきさまにて見馴れたまへる年ごろの睦び 幼少の頃から親の庇護もない私と共に暮らしてこられた今までの長年の二人の仲では。
あなづらはしき方にこそはあらめ 「あなづる」(侮る)。つい、軽くご覧になることになるのであろうか。
よろしきことこそ、うち怨じなど憎からず聞こえたまへ どうでもいいことなら恨み言をいったり、憎らしげなく申し上げるのだが。「よろしきこと」まあまあのこと。恨み言をいっても差しつかえないこと。
人の言葉むなしかるまじきなめ 人の噂はほんとうなのだ。
けしきをだにかすめたまへかし 様子くらいほのめかして下さってもよいのに。せめてほんの一言でもおっしゃってくださらなかしら。
神事かみわざなども止まりて 藤壺の諒闇(りょうあん/天皇が父母の喪にふくすること)のため神事が中止されていた。神事の続くのは11月。
ついゐたまへれど 「ついいる」(つい居る)ひざまずく。かしこまる。
塩焼き衣のあまり目馴れ 古注「須磨の海女の塩焼き衣なれゆけばうとくのみこそなりまさりけれ」 (『河海抄』)
馴れゆくこそ、げに、憂きこと多かりけれ 「馴れゆく」のはほんとうに情けないことが多いもの。「馴れゆくは憂き世ななればや須磨の海女の塩焼き衣間遠なるらむ」(新古今巻十三恋三 『河海抄』)
御前など 御前駆やお供の人びと。
今は頼むなど思しのたまふも、ことわりに、いとほしければ 今はあなたが頼りです、などと女五の宮がそうお思いで口に出しておっしゃるのも、もっともなこととおいたわしいから。
いつのまに蓬がもととむすぼほれ雪降る里と荒れし垣根ぞ いつのまに蓬の生い茂るむさくるしい所になり、雪のふる故郷と荒れはててしまった垣根なのだろう(新潮日本古典集成)。/ いつのまにこの邸はこうも蓬が生い茂り、雪に埋もれたふる里と荒れはててしまったのだろうか(玉上)。
源典侍げんないしのすけといひし人は 源典侍は紅葉賀に出てくる、当時高官であったが、好色な老婆と描かれている。琵琶の名手とも。当時578~8とあったので、あれから13年たっているから、今、70歳か71歳のはずである。
いたうすげみにたる口つき /歯が抜けてひどくすぼんでしまった口元が。「舌つき」舌のまわらないこと。
うちされむとはなほ思へり うち戯(さ)れむとはなほ思えり。戯(たわむ)れかかろうと今もするのだった。
言ひこしほどに いままで人の身の老いを言ってきたが(言いこしほどに)、自分の老い嘆くことなってしまった。引き歌不詳。/ わが身の老いを嘆いてきたが、今はそれがあなたの身の上になりましたね。あなたもお年を召しましたね。「身を憂しと言いこしほどに今はまた人の上とも嘆くべきかな」『源氏釈』による。解釈が分かれる。
年経れどこの契りこそ忘られね親の親とか言ひし一言 幾年経ってもあなたとのこのご縁は忘れられません。おばあさんと呼んでくださった一言を思い出して(玉上)/ 年経てもあなたさまとのご縁は忘れられません。親の親(祖母殿)とおっしゃった一言がございますもの(新潮日本古典集成)
身を変へて後も待ち見よこの世にて親を忘るるためしありやと 行く末遠くあの世に生まれ変わった後までも待ってみてください。この世で子が親を忘れる例があるかどうか(玉上)/ 生を変えてあの世でも見ていてご覧なさい、この世の人間が親を忘れる例があるだろうか(新潮日本古典集成)。
ありつる老いらくの心げさうも、良からぬものの世のたとひとか聞きし 『河海抄』に「清少納言枕草子、すさまじきもの、おうなのけそう、しはすの月夜と云々」とあるが、現存本には見えない。
おり立ちて責めきこえたまへど 身を入れて強くおのぞみになるけれども。
はしたなくさし放ちてなどはあらぬ人伝ての御返りなどぞ、心やましきや いたたまれないほど突き放して、というのではない程度の、とりつぎを使っての御返事、気がもめることだ。/ そうかといって、立つ瀬もないように全然お相手になさらぬといった風ではない。取次ぎの女房を介してのご返事など、かえって心の焦がれることである。源氏の気持ちになりかわっての草子地(作者の意見)。
つれなさを昔に懲りぬ心こそ人のつらきに添へてつらけれ 昔に変わらぬ冷たいあなたのお仕打ちにいまだに懲りない私の心が、あなたがうらめしく思われるのに加えて、我ながら恨めしく思われます(新潮日本古典集成)。/ 冷たいお心にとうのむかし懲りもせずいつまでも同じ私の気持ちが、あなたのつらさだけでなくつらいのです(玉上)。
あらためて何かは見えむ人のうへにかかりと聞きし心変はりを 今さらどうして私の気持ちを変えたりしましょう、人のこととしてはそういうこともあると聞きました心変わりを。人はよく、心変わりすると聞きますが、私の気持ちは変わりません。(新潮日本古典集成)/ 心をあらためていまさらお目にかかることなどできません、よその人のことではそんなことを聞きましたが、心変わりなんて。(玉上)
いさら川などもなれなれしや {犬上のとこの山なるいさや川いさと答えよわが名もらすな」(古今集十三墨消歌)恋人にあてた歌なので、人に漏らすな、というのも僭越だから。
あながちに情けおくれても、もてなしきこえたまふらむ いちずに情け知らずのやりかたで、応答なさるのであろう。「情けおくれても」の「も」は強意の助詞。
おし立ちてなどは 「おし立つ」無理な振舞をする。我を張る。
もの思ひ知るさまに見えたてまつるとて ものの情けを解する女のようにおつきあいしたとしても。お情(こころ)にお応え申しても。
おしなべての世の人のめできこゆらむ列にや思ひなされむ 普通の世間の女が源氏にあこがれ申しているのと同じように思われるかもしれない。
なつかしからむ情けも、いとあいなし ものの優しい風情をお見せしても、二人の間柄にはまことに不似合いだ。優しくして見せてもなんにもならない。
かつは、軽々しき心のほども見知りたまひぬべく それにこちらの至らぬ心底もお見抜きになるに違いない。
恥づかしげなめる御ありさまを (こちらが恥ずかしくなるような)ご立派なお方ではあるし。
よその御返りなどは、うち絶えで さしさわりのないご返事などは、時々して。「よその御返り」ひとつ距離をおいてのご返事。
おぼつかなかるまじきほどに聞こえたまひ ご無沙汰にならぬ程度に。「おぼつかない」よそよそしい。へだてがましい。はっきりしない。ぼんやりしている。
にはかにかかる御ことをしも、もて離れ顔にあらむも 急いでこうした源氏のご求愛を嫌って出家したようであるのも。
なかなか今めかしきやうに見え聞こえて、人のとりなさじやは かえって人目をひくきざなことのように見えもし、聞こえもするように、人が取りざたするのではないか。
あながちに思しいらるるにしもあらねど ひたむきにご執心というのでもないが。
とあるかかるけぢめも聞き集めたまひて 人それぞれの生き方の違いも広く見聞されて。(人の世の)その時々の判断もご存知になり。
あだけ [徒け」浮気。うわっついたこと。
もどき 非難。
たはぶれにくくのみ思す 冗談もならぬほど恋しい。「ありぬやとこころみがてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞ恋しき(あの人にあわずに我慢できようかと試みるつもりであわずにいたら、冗談はやめにしたいほど、恋しさがつのってしまった。
夜離よが 愛する男女が、夜逢わなくなること。
常なき世に、かくまで心置かるるもあぢきなのわざや こんな定めない世に生きながら、こうまでこの人に隔てられるのは、つらいことだ。/ いつ死ぬかわからぬ無常の世に、このいとおしい人にこんなにまで怨まれるのも、つまらぬことよ。「心置く」打ち解けない。隔てる。心遣いする。遠慮する。
おのづから見たまひてむ 自然にそのうちお分かりでしょう。
昔よりこよなうけどほき御心ばへなるを 斎院は昔から、私など全然相手にして下さらぬお気持ちなので。「けほどし」 うとうとしい。
もて出でてらうらうじきことも見えたまはざりしかど 表立って何事もてきぱきなさることはなかったが。目だって、巧者らしいことはなさいませんでしたが。「らうらうじきこと」行き届いていること。立派なこと。
はかなきことわざをもしなしたまひしはや ほんのちょっとしたことでも、格別なさりようでした。
やはらかにおびれたるものから、深うよしづきたるところの 女らしい柔らかさやおおらかさがありながら、けっして心深さは失わない。「おびる」おおどかなころ、おおようなこと。(玉上)/ 女らしくしかとしたところもありませんでしたが、いかにも深いたしなみを思わせる点が。(新潮日本古典集成)/ 物やわらかでおおらかな。(岡野弘彦 森永カレッジ)/ 「おびれたる物から」物に怖じ驚いた(内気で物怖じする風があった)ものの。(岩波日本古典文学大系)/「やはらかにをびれたるものから」やさしくゆったりとしているものの、「おびる」動作などの鈍くなっている様子が原義。(岩波新日本文学大系)/ 「おびる」①内気でおどおどする。物をすぐに感じとる。例文にこの箇所引用②とまどう。おびえる、(日本国語大辞典 小学館)
尚侍ないしのかみこそは朧月夜。朱雀院の御代に尚侍に任じられている。
らうらうじくゆゑゆゑしき方は 「ろうろうじ」物に巧みである、物慣れている。行き届いいる。こまやかである。「「ゆえゆえし」奥ゆかしい。
人よりはことなき静けさ、と思ひしだに ほかの男と比較したら、比べ物にならぬほどおとなしいと思っていた私でさえこうなのだから。
数にもあらずおとしめたまふ山里の人こそは あなたが人並みに思わないと蔑んでいる人は。明石の上のこと。
人よりことなべきものなれば、思ひ上がれるさまをも、見消ちてはべるかな ほかの人とは同列に扱えない人ですから、気位の高いところなども、見過ごしているのです。受領の娘は身分が低い。
いふかひなき際の人はまだ見ず 全然取柄のない人というのはまだ知りません。自分の周囲にはそういう人はいない、の意。
東の院にながむる人の心ばへこそ、古りがたくらうたけれ 東の院(花散里)でさびしく暮す人はの気立ては、昔に変わらず可愛いものです。
さはた、さらにえあらぬものを 「さはた」あのようには。「さらにえあらぬものを」とてもできないものですが。
さる方につけての心ばせ、人にとりつつ見そめしより あれはまた、ああした人としてよくできた人と思って世話をするようになって以来。「心ばせ人」よく気がつく人。
氷閉ぢ石間の水は行きなやみ空澄む月の影ぞ流るる 氷が張って石の間を流れる遣水は流れかねていますが、空に澄む月の光はとどこおることなく西に向かってゆきます。(新潮日本古典集成)/ 地上は氷の水も閉ざされて石間の水も流れかねておりますが、天上では月は冴えわたってとどこおりなく西に流れてゆきます。(玉上)
いささか分くる御心もとり重ねつべし 前斎院にいささか分けていられるお気持ちも、あらためてさらに紫の上に注がれることになりだ。
かきつめて昔恋しき雪もよにあはれを添ふる鴛鴦の浮寝か /あれこもれも昔恋しく思われる雪のふるなかに、あわれをそそる鴛鴦の浮寝であることよ。(新潮日本古典集成)/ なにもかも取り集めて昔のことがしきりに思われるこの雪の夜に、ひとしをあわれをそえる鴛鴦の鳴き声です。(玉上)
とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜にむすぼほれつる夢の短さ 安らかに眠れず目覚めてわびしい冬の夜に、結ばれた夢の気がかりなままはかなく終わってしまったことよ。(新潮日本古典集成)/ 安らかに眠られずふとさめた寂しい冬の夜に、わずかに見た夢の短かったこと。(玉上)
なかなか飽かず、悲しと思すに 短い夢に、かえって心満たされず悲しい思いなので。
さとはなくて これこれの理由というのではなく。
御心の鬼 「心の鬼」疑心暗鬼。良心の呵責。帝、お気がとがめていろいろご心配さなるかも知れない。帝は、源氏に対して父の礼を尽くさぬことに引け目を感じておられるから、藤壺のことでこれ以何かとご心配をおかけしたくないという気持ち。
同じ蓮に 極楽の往生は蓮華の上に半座をあけて、同行の人を待つとされる。極楽にはたくさんの池があって蓮の花が一杯咲いている。
亡き人を慕ふ心にまかせても影見ぬ三つの瀬にや惑はむ なき藤壷を慕う心にまかせて冥途についても、その姿も見えぬ三途の川の渡しで途方にくれることであろう。(新潮日本古典集)/ なき方をしたう心にまかせておたずねしても、お姿も見えない冥土の川のほとりに迷うであろうか。(玉上)
御心の鬼 「心の鬼」疑心暗鬼。良心の呵責。帝、お気がとがめていろいろご心配さなるかも知れない。帝は、源氏に対して父の礼を尽くさぬことに引け目を感じておられるから、藤壺のことでこれ以何かとご心配をおかけしたくないという気持ち。

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公開日2019年2月21日