源氏物語  花宴 注釈

HOME表紙へ 源氏物語 目次 08 花宴
南殿の桜 南殿(紫宸殿)の桜、いわゆる左近の桜(右近の橘に対する)をめ賞する宴。
探韻 「探韻」は、自分で探り取った韻字(漢詩で韻を踏むための句の末に置く文字)をこの韻字は、帝の仰せによって儒者が献じ、庭上の文台にある。各人官位の順に進み出て、探り取った韻字と自分の官氏名を奏上し、その後で作詩する。 ///
人の目移し 「目移し」はあるものを見た目で、他のものを比較してみること。
鼻白める 気後れして戸惑う、意。
これは今すこし過ぐして (源氏と対比して)もう少し入念に。
 御ふみ(御作詩)の略。
「心を置く」気がねする。遠慮する。未練が残る。/ おほかたに花の姿を見ましかばつゆも心のおかれましやは 何の関係もなく花のように美しいお姿を拝するのであったなら少しも気兼ねなどいらなかろうものを。(渋谷)/ /もしも世間の人なみにこの花のようなお姿を見るのであったら、露ほどの気がねもなく心ゆくまで賞嘆することができたであろうに。(小学館古典セレクション)/ 
あかれ 「あかる」ある場所を離れる。
弘徽殿の細殿 弘徽殿は清涼殿の北、藤壺(飛香舎・ひぎょうしゃ)の東隣。細殿は廂の間で形の細いもの。弘徽殿の細殿は西横、つまり藤壺の側。
枢戸 (くるるど)上下に枢(くるる)がついていて、そこが軸で回転して開閉する戸。細殿から奥に通ずる。
朧月夜に似るものぞなき 照りもせず曇りもはてむ春の夜の朧月夜にしくものぞなき(大江千里集)この歌によって、この女を朧月夜と称する。
深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろけならぬ契りとぞ思ふ 趣深い春の夜更けの情趣をご存知でいられるのも前世からの浅からぬ御縁があったものと存じます。(渋谷)/ 御身が夜更けの情趣を、私同様に愛でてあるきなさるのも、私にお逢いなさる、並大抵でない前世の縁と思います。(岩波大系)
わびしと思へるものから、情けなくこはごはしうは見えじ、と思へり いやだと思っているものの、無愛想な強情なとは見られまいと思っている。(玉上)/ やりきれないと思う一方で、物のあわれを知らない強情な女とは見られまい、と思っている。(渋谷)/ どうしたものかと情けなくつらい思いであるものの、無愛想な情のこわい女とは見られたくないという女の気持ちである。(小学館古典セレクション)/ 困った(迷惑だ)と思っているものの、源氏に、物の哀れも知らぬ、無愛想で強情だとは見られまい、と思っていた。(岩波大系)/ 「わびし」①つらい。やりきれない。②興ざめだ。つまらない。がっかりする。情けない。物足りない。③困ったことだ。閉口する。④貧しい。みすぼらしい。 ⑤もの寂しい。心細い。参考「わびし」と「さびし」の違い 「わびし」が思うようにならない、やりきれないといった失意の念が根底にあるのに対して、「さびし」は、何かが失われて物足りない、活気がなくなりさびれているという欠如の感じが根底にある。(学研全訳古語辞典)
憂き身世にやがて消えなば尋ねても草の原をば問はじとや思ふ ふしあわせなわたしが、このまま(名乗らずに)死んでしまいましたら、草むす墓を探して尋ねあてようとは思ってくださらないのですか(新潮)/ 不幸な私がこのまま死んでしまったら、草の原を、お墓を探してでも来て下さらないおつもり。(玉上)/ (私が名のらない場合は)私が憂き身のまま消えてなくなってしまっても、名がわからないのだからといって、御身は私を探しに来て、草の生い茂っている野原の墓場を問う意志はないつもりですが。お志があるのなら、問うても良さそうに思いますが。(岩波大系)/ 不幸せな私がこのままこの世から消えてしまったら、名のらなかったからといって、あなたは、草の原を分けてでも私を尋ねようとはなさらないのでしょうか。(小学館古典セレクション)
いづれぞと露のやどりを分かむまに小笹が原に風もこそ吹け あなたは誰なのか尋ねている間に、世間に噂が立って、二人の仲が駄目にならぬか心配したのです(新潮) / どなたであろうかと家を探しているうちに世間に噂が立ってだめになってしまうといけないと思いまして。(渋谷)/ お名前をうかがっていないと、どれが露のようなはかないあなたのお宿かと捜しまわっている間に、小篠の原に風が吹いて、噂が立って私たちの縁も絶たれてしまうでしょう。(小学館古典セレクション)/ 「小篠が原」は世間、「風」は評判・噂の意。
すかいたまふか 「すかし」の音便。だましなさるのか。これっきりでもう逢うまいとのつもりで、私をだまして名のらないのですか。
地下 「地下の人」は殿上人に対する語で、、清涼殿の殿上の間に参伺を許されない者。
おとうとたち 弟妹いずれにもいう。ここは弘徽殿の妹たち。
帥宮の北の方 源氏の弟(後の読者が蛍兵部卿と後の読者が言う人)の北の方は右大臣の三女。
なかなかそれならましかば、今すこしをかしからまし 「なかなか」かえって。それは「師の宮の北の方、頭の中将のすさめぬ四の君」を指す。かえってそれだったらもう少しおもしろかったろうに。「ましかば・・・まし」反実仮想。
いとほしうもあるべいかな 「いとおしい」見ていられないほどかわいそうだ。気の毒である。
わづらはしう、尋ねむほどもまぎらはし 五の君か六の君かを尋ねようとしても、面倒で紛らわしい。
さて絶えなむとは思はぬけしきなりつるを (女が)そのままで切れてしまおうとは考えていない様子であったので。
言通はすべきさまを教へずなりぬらむ 文のやり取りをすることをどうして(源氏が)教えなかったのか。
かのわたりのありさま 藤壺の辺り。(奥深く、近づきがたい)
後宴 大きな宴会の翌日行われる内内の小さな宴会。
北の陣 内裏の北門。朔平門(さくへいもん)の異名。ここに。兵衛府(ひようえふ)の陣(警備の詰め所)があった。女性の参入、退出にはこの門を用いる。
御方々の里人 「御方々」は女御・更衣たち。「里人」はその実家の人々。
四位の少将、右中弁 いずれも右大臣の子息で、弘徽殿女御の兄弟。
世に知らぬ心地こそすれ有明の月のゆくへを空にまがへて こんな思いは今まで味わったことがない、あり悪の月(女)の行方を途中で見失ってしまって(新潮) / 今まで経験したことがないほど、やるせない気持ちがすることよ。有明の月を空に見失って。(小学館古典セレクショ)/ まだ経験したことのない悲しくさびしい気持ちがすることだ、有明の月の行方を空の途中で見失って。(玉上) /「世に知らぬ」経験したことのない。「まがえる」見失う。「有明の月」は、昨夜の女。「有明の月」は男が女のもとを去る代表的な景物で、夜明けの光で空に見失いがち。
大殿 左大臣邸。具体的には葵の上。
こしらへむ なだめる。すかす。
愛敬づきらうらうじき心ばへ 「愛敬」は人の気持ちをひきつける情味あふれた魅力。ここでは顔かたちのかわいらしさ。「らうらうじ」は、隙のない洗練された才気の魅力をいう。
一日 ひとひ。宴会当日のこと。
明王の御代 賢明な君主。「四代」は桐壺帝までの四代。
警策 優れてること。一般に詩文・人柄のすぐれていること。
まして「さかゆく春」に立ち出でさせたまへらましかば まして御身(左大臣)が栄ゆく御代の春に立ち出て、もしお舞なされましたならば、どうでしたでしょうに。
尋ねたまはむにあとはかなくはあらねど 探すに当てがないわけではないけれど。跡(あと)。
許したまはぬあたりにかかづらはむも 源氏を許しなさらぬ(憎んでいる)、その憎んでいる方面に引っかかりあうようなこと。自分を白眼視される一家にかかわりあうのも。
人悪く 「ひとわろし」[人悪し]外聞が悪い。みっともない。
弓の結 弓の競技会。「結」は弦に矢をつがえる、意。
ほかの散りなむ 「見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむのちぞ咲ままし」(古今・春上・伊勢)///
御裳着 「裳着」女子の成人式。初めて裳をつけ、以後大人扱いとなる。
はなばなと はなやかに。
わが宿の花しなべての色ならば何かはさらに君を待たまし (まだお越しいただけませんが)わが家の藤の花が並みの美しさなら、何で君のお出でを待ちましょうや、君をお迎えするにふさわしい美しさなのです(新潮) / 私の家の藤の花が、もしも通りいっぺんの美しさなら、どうしてことさらあなたをお待ち申しましょうぞ。
女御子 弘徽殿の姫君たち。源氏の異腹の姉妹にあたる。
桜の唐の綺 桜は桜襲で、表は白、裏は蘇芳。桜がさねの直衣は若い人が着る。「直衣」は平服で正装ではない。
葡萄染の下襲 「葡萄染」は薄い赤紫。「下襲」は正装の際、袍(ほう)、半臂(はんぴ)の下に着る衣で、その裾をながく垂れ下げる。
表の衣 正装。源氏以外はみな正装である。当時は身分が高いほど略装が許された。
あざれたる大君姿 「あざる」[狂る、戯る]①ふざける。②うちとける。正式でない。
いつかれ入りたまへる 大事にされながらへやに入る。「いつく」 [斎く]心身のけがれをきよめて神に仕える。あがめたてまつる。
袖口など、踏歌の折おぼえて 「袖口」は、出だし衣のことで、踏歌や大饗などの際、居並んだ女房たちが御簾の下から各自の着物の袖口を出して着座すること。「踏歌」 は正月の宮中行行事。
あな、わづらはし。よからぬ人こそ、やむごとなきゆかりはかこちはべるなれ ああ、迷惑だ。身分のよくない微賎な人は、どうも高貴な縁者をば、口実(言いがかり)をつけて頼るものである。(源氏のごとき高い身分の人は頼るべきではありません。入っては困ります 。)
あてに 「あてなり」[貴なり] ①高貴だ。身分・家柄が高い。②上品だ。優美だ。
扇を取られて、からきめを見る 「石川の高麗人(こまうど)に 帯を取られて からき」悔(くい)する・・・」催馬楽「石川」の一節。
梓弓いるさの山に惑ふかなほの見し月の影や見ゆると 月の入るいるさの山のほとりでうろうろしています。ほのかに見た月が見えるかと思って(新潮) / 「あづさ弓」は「いる(射る)」の枕詞。「いるさ山」は但馬の国(兵庫県)の名所。/ いつぞやちらりと見た有明の月 の姿が、また再び見られぬものかと、いるさの山をうろうろと迷っております。(小学館古典セレクション)/ ちらと見た月の姿がふたたび見られようかと、いるさの山に迷っています。(玉上)
心いる方ならませば弓張の月なき空に迷はましやは 深くご執心なら、たとえ月が出ていなくても、道に迷ったりなさるでしょうか。月のない暗闇でもお通いでしょうに(新潮) / お心にかけてくださるのなら、弓張の月のない空でも、お迷いになることはありますまいに。(小学館古典セレクション)/ 深くお心にかけておいでなら、月のない空でもお迷いになるはずはありますまいに。(玉上)

HOME表紙へ 源氏物語 目次 08 花宴
公開日2017年10月8日