女御、更衣 にょうご・こうい。いづれも天皇の夫人。女御は中宮に次ぐ夫人、更衣は女御に次ぐ夫人。延喜の代には女御五人、更衣十九人あった(河海抄)。
さぶらひ 目上の人のそばに控える、参上する。
やむごとなき際 「やむごとなき」(身分・地位)きわめて尊い。 「際(きわ)」 身分。引用
時めきたまふ この「時めく」は、帝の寵愛を一身にあつめて栄えるの意。そのような方・人・者。桐壷の更衣のこと。引用
めざましきもの 目ざわりな無礼者として。「めざまし」は目が覚めるほど意外な、善悪両方の意味がある。ここは後者。先輩の女御・更衣たちが、寵愛を受けている更衣を「めざましきもの」としてさげすみ、妬むのである。引用
下﨟 げろう 下位。﨟は一夏(4月15日から7月15日まで)90日間、安穏静居して修行すること。﨟を積むことの多い者を上﨟、少ない者を下﨟という。後には、人々の身分の上下にも用い、下﨟を下郎とも書く。引用
人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ (女御、更衣たちの)心をのみ動かし、怨みを受けることが積もったせいであろう。つもり 名詞。
篤しく 「あつしく」病気が重くなる。引用
里がち 実家に帰る頻度が多くなる。
あかず あ(飽)かず。
ためし 例(ためし) 先例。前例。また、基準・模範・証拠などになるような例。
上達部、上人 かむだちめ、うえびと 上達部 公卿。三位以上の者ただし参議は四位でも。 上人 殿上人。四位五位で昇殿(清涼殿の殿上の間に上がること)が許された人と六位蔵人。引用
あいなく目を側めつつ 「あいなし」関係がないのにが原義。ここでは、語り手が上達部・上人などの態度に、あらずもがなの困ったことだとする感想。あるべき筋から外れている。けしならぬことである。 「目を側める」目をそむける。あいなし 引用/ 「あいなし」不調和を意識するところから生じる複雑・微妙な違和感を表す、とみてよく、文脈に即して、筋が通らない、無益だ、どうしようもない、興ざめだ、など、適切に解釈する必要がある。①筋が通らない。不当である。不都合である。よくない。②無益だ。むだだ。③おもしろくない。つまらない。気にくわない。興ざめだ。④むやみに。わけもなく。ただもう。(三省堂古語辞典)
あじきなふ にがにがしい。道理に合わない。
はしたなき どっちつかずで落ち着かない。中途半端だ。居たたまれない。
心ばへ 心遣い。配慮。
北の方 公卿・殿上人などの妻の称。この更衣の母。
いにしへの人のよしあるにて 旧家の出身で、教養が深く。
親うち具し 両親が揃っている。
いつしかと心もとながらせたまひて 「いつしか」いつか、早く、と待つさま。 「こころもとながる(心許無がる)」 待ち遠しがる。
一の皇子 後の朱雀院。源氏より3歳年上。
右大臣の女御 右大臣の娘である弘徽殿の女御。
寄せ 後見の勢力。人が望みを託すこと。心を寄せること。信任。引用
儲の君 もうけのきみ 皇太子の称。
かしづき 傅く(かしづく) 大事に育てる。大切に扱う。
おほかたのやむごとなき御思ひにて 第一皇子を公人として やむごとなき ものとして思うのにたいし、この若君を私人としてそれ以上に大切に思う帝の気持ち。
おしなべて 普通に、世間並みに。引用
おぼえいとやむごとなく この「おぼえ」は世間の信望。(更衣は)世間の信望もあり。
上衆 身分の良い人。上臈。(更衣は)貴人の品格もあり。
わりなくまつはさせたまふ (帝が)むやみにお傍に置いておく、手放さない。「まつはす」まつわるようにする、たえずつきまとわせる。
御遊び 管弦の遊び。
大殿籠もり おおとのごもり 貴人がおやすみになること。
やがて 本来は間に介在するものがないさまをいう。すぐさま、ただちに、時を移さず、そのまま。
あながち あまりに強引であるさま、身勝手であるさま。
坊 春宮坊(とうぐうぼう)の略。皇太子関係の事務をつかさどる、転じて皇太子をいう。引用
ようせずは ひょっとしたら。
人より先に参りたまひて、やむごとなき御思ひなべてならず (弘徽殿の女御が)他人より先に入内しているので、(帝の)弘徽殿に対する思いも並大抵ではないのだが、
なべてならず 並べてならず ひととおりでない。よのつねでない。引用
落としめ疵 後宮のほかの女性たちが、更衣の弱点を探しだして悪口(貶め言)をいうこと。「毛ヲ吹キテ小疵を求メズ」(韓非子)
なかなか なかほど、中途。不徹底・不十分な状態 、もしくは過度の状態が、逆に不満をかき立てること。なまじい。なまなか。また、それくらいならが、いっそのことの意。かえってご寵愛故の気苦労。引用
桐壷 桐壷は後宮五舎の一、淑景舎(しげいさ)の通称。壷(庭)に桐を植えた。帝の居所、清涼殿から最も遠い。あまたの御方がたを過ぎさせたまひて、とはそのことを言う。
心を尽くしたまふも ①心のすべてを込める。精魂を傾ける。②あれこれと気をもむ。やきもきする。学研古語 引用
打橋 建物と建物との間に仮に渡した板の橋。引用
渡殿 寝殿造の二つの建物をつなぐ廊下。ほそどの。わたりどの。渡り廊下。引用
あやしきわざをしつつ 汚物などのまき散らすことらしい。
まさなきこと 「まさなし(正無し)」よろしくない、不都合である、不当である。
馬道 めどう 建物の中を貫く板敷の廊下。
はしたなめ 取りつくしまのない思いにさせる、どうしようもないみじめな気持ちにさせる。引用
後涼殿 こうらうでん 清涼殿に西隣にあり、納殿(おさめどの)・御逗子所(みずしどころ)などがある。別伝。
曹司 ぞうし 官史や女官用の部屋。
上局 うえつぼね つねに住む局(下局・したつぼね)のほかに、御前に参上するときの控えの間として賜る。後涼殿に上局を賜うのは異例。
袴着 はかまぎ 着袴(ちゃっこ)とも。3~7歳の間に行い、以後少年として扱う。
およすげ 「およすぐ」成長する、子供が年齢に比べて早く知恵づく。
あさましき 「あさましい」意外である、驚くべきさまである。善悪両用に用いられる。引用
御息所 みやすみどころ 皇子・皇女を生んだ女御・更衣の敬称。ここでは桐壷の更衣。
限り (宮中の)掟。后妃も宮中で死ぬことは禁忌であった。/ しきたりがあるので帝は更衣をそういつまでも宮中に引き止めておおきになれず、宮中では思うような養生ができないのと、万一の時の死の穢れを憚って、病気退出をするのがならわしであった。
あえなくて あえなし どうしようもない。
あるまじき恥もこそ 神聖な宮中を更衣の死で穢すようなことがあってはならない。/ 行列などに嫌がらせをされ、とんでもない恥を受けるかも知れないと用心して。御子が同行していれば、その体面が傷つけられる。
まみ 物を見る目つき。引用
我かの気色 我か人かの略。意識が混濁。
輦車の宣旨 てぐるまのせんじ 人の手で引く乗物。天皇の仰せで宮廷内の乗用を許可される。 その仰せを手車の宣旨という。
限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり 定めのある寿命なのだと思ってお別れする死出の道の悲しさにつけても、生きていたいものでございます(新潮)/ これを限りとして、死出の道へお別れしてゆきますこと、それの悲しいにつけましても、わたくしがほんとうにいきたいのはお別れの道ではございません。ほんとうにいきたいのは、命でございます。「行く」と「生く」とをかけことばにしてある。(玉上)
かくながら、ともかくもならむを御覧じはてむ いっそこのままで、更衣の成り行きを見届けようと。帝の宮中の掟も無視する気持ち。
いぶせさを限りなくのたまわせつるを 「いぶせさ」 心の鬱積して晴れやらぬさま。(いぶせさは)限りなしとのたまわせつる の意。思う・言う・知る・見る・聞く などの動詞の上にある連用形の形容詞は、原則として述語の資格を持って下にくる語の内容を示す。
かるほどに 母の喪中の間に。(母の里に帰らず宮中で帝の傍におられるということは)と続く。
さは思ひつかし やっぱり。案の定だった、の気持ち。
さま悪しき御もてなし 帝の度を過ぎた寵愛ぶり。/ 桐壷更衣への見苦しいご待遇のいせいでこそ。
なくてぞ 引き歌 ある時はありのすさびに憎かりきなくてぞ人は恋しかりけり(源氏物語釈)今ある歌集には見えない。生きている時は、つい何かにつけて憎くも思った。こうして死なれてみると、今更のように亡き人が恋しくてならない(玉上)。
はかなく あっけなく。
後のわざ 死後四十九日までの七日七日に行う法事。
ひちて 「ひつ」濡れる。
胸あくまじかりける 「胸あく」心がはれやかになる。胸が晴れない、鬱屈する、胸がふさがっている。
野分立ちて 野分だちて 「野分立ちて」とすんで読み、「野分」を主語、「たちて」を述語と見なくてはならない、と主張する人もある。日本語、とくに古代日本語は、主語を必要不可欠のものとはしない。何げなく「野分だちて」とはじめる方が、わたくしには好ましく感じられる(玉上)。野分めく。
靫負命婦 ゆげのみょうぶ 「靫負」は「ゆぎおい」の約。靫(矢を入れて背に負う具)を負って宮中を守る者で、衛門府の武官の総称。「命婦」は中級の女官。父兄または夫に靫負がいたのでこう呼ばれた。
眺めおはします 「ながむ」はぼんやり見やりながら、物思いにふける。
闇の現 引き歌 ぬばたまの闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり (古今集巻13恋3 読人しらず)暗闇のなかで会ったのでは、はっきりした夢をみるのとたいして変わりはない。ここでは、更衣の幻もやはりさだかなる夢と同様、闇の中の現実にも及ばぬ、はかないものであったの意(玉上)。
門引き入るる 命婦の乗る牛車を門内に引き入れる。
けはひ 「けはひ」は態度、様子。「けしき」が静止的固定的であるに対し、「けはひ」は動的雰囲気的な感じ。
人一人の御かしづき 娘ひとりを養育する。「かしづき」大切に育てる。
つくろひ ととのえる、修繕する。あれやこれやと手入れをして仕立てて、更衣の里としては見苦しくない程度で暮らしていた。
まやすき めやすし(目安し)見苦しくない、感じがよい。
闇に暮れて臥し沈みたまへるほどに 子を思う心の闇(悲しみ)に、眼前が真っ暗になって。「人の親の心は闇にあらねども子を思う道にまどひぬるかな。(後撰雑1)
八重葎 八重葎は蓬生とともに、荒廃した邸の象徴。とう人もなき宿なれど来る春は八重葎にもさはらざりけり(古今6帖2)
南面 寝殿(寝殿造りの中心になる建物)の正面の、正式の客を招じ入れる部屋。当時は多く南向きに建てたので、その正面は南向きになる。
(母君も)、とみにえものものたまはず 命婦もそうだが、母君もやはりすぐには話をはじめなかった。「とみに」急に、にわかに。引用
今までとまりはべるがいと憂きを 今まで生き残りましたのが、辛うございましたのを。「とまる」(止まる、留まる)あとに残る、生き残る、この世にとどまる。
典侍 女官。内侍司(ないしのつかさ)の次官。
もの思うたまへ知らぬ心地にも 自分のことを謙遜していうのである。「たまふ」は下二段活用助動詞の連用形で、「ものおもひしる」という動詞の中間に入っている。(玉上)
心肝も尽くるやうになむ 心が消え入りそう。茫然となる。/ 「心肝」心の中、たましい。「尽きる」なくなる、消え失せる。 引用
たどられしを 「たどる」手探りで探し求める意から転じて、思い迷う状態。
はかばかしう はっきりしている。引用
つつまぬ 「つつむ(慎む)」はばかる、気がねする、遠慮する。
目も見えはべらぬに 子を思う親の心の闇。「人の親の心は闇にあらねども子を思う道にまどひぬるかな」(後撰雑1)
なむ (助詞 1係助詞)(「なも」の転。ナンとも)種々の語に付き、その語の内容を強める働きをする。和歌に用いられることは少なく、会話散文に多い。②「・・なむ」と後の述語を省略し、余情をこめた柔らかな物言いをする。引用
待ち過ぐす月日に添へて 「待ちすぐす月日」が重なると、悲しみもそれにそうて重なるのである。(玉上)「添える」すでに有るものに外からつき従う形で新たに加える意。加える、足す。
わりなき 道理にあわぬ、りくつにあわぬこと、そこから、難儀な、とか、困った、という意になる。(玉上)
いはけなき人 「いわけなし(稚し)」こどもらしい、あどけない、おさない。
もろともに育まぬおぼつかなさを 若宮をあなたとともに愛育できないのが気がかりだ。「おぼつかなさを」は、詠嘆な言いさしとみる。
なほ昔のかたみになずらへて 私(帝)を更衣の形見の列に加えて、の意。若宮を、と解する説もある。「なずらえる」擬する、同類とみなす、似せる、なぞらえる。
ものしたまへ 「ものする(物する)」ある動作をする。ある物事を行う。言う・食べる・書く・など種々の動作を婉曲にいう語。
宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ 宮中に吹く秋風の音を聞くにつけても涙を催し、子供のことを思いやっているのだ。;「宮城野」は宮城県仙台市の東にある野。萩の名所で歌枕(新潮)/宮城野を吹き渡って、露の玉をむすばせる野分の風の響きを聞くにつけて、小萩がその風に痛めつけられはしないかと、いつしか思いをそちらに馳せてしまうことである。「宮城野」は、奥州の萩の名所、宮城野と書くので、宮中の意に用いた。「小萩」に子の意を含めて、若宮に擬してある。(玉上)
思うたまへ 「たまう(給ふ、賜ふ)助動 主に見る・聞く・思う・などの動詞に付けて用い、見ること、聞くこと、思うことなどをこちらからする意を表すことで謙譲語となり、「拝見する」「伺う」「存ずる」の意を表す。古くは他人の動作に対しても用いたが、平安時代にはほとんど自己の動作に対して用いた。引用
松の思はむ 引き歌 いかでなほありと知らせじ高砂の松の思はむこともはづかし(古今6帖5) 長寿を恥じる。
百敷 ももしき 宮中のこと。
ゆゆしき身 「ゆゆしい」忌まわしい、不吉だ。引用
忌ま忌ましう いまいましい 斎(い)みつつしむべきである。引用
かたじけなく (尊貴さがそこなわれるようで)もったいない、恐れ多い。引用
はるく 晴るく。はれる。「晴るく」は晴れさせる。
私にも心のどかにまかでたまへ 今回の命婦の訪問は公的な性格をもつが、別の機会に個人としてお出かけください。
うれしく面だたしきついでにて立ち寄りたまひしものを 以前には命婦は叙位の宣言など晴れがましい面目ある使者として訪れた。「面立たし」名誉なことであ。
生まれし時より、思ふ心ありし人にて 生まれた時から親が望みをかけた娘。
くづほるな くずおれる 衰える、力をなくす。
出だし立てはべりし 「出だし立つ」促して外に出す(ここでは出仕させる)、本人の希望はどうであれ。
人げなき恥 ひとげなし(人気無し) ①人のいる気配がない ②まともな人間らしくない、人並でない。人並みでないために受ける恥。
横様なる 天寿を全うしたのではない有様で。横死。
かへりてはつらくなむ、かしこき御心ざしを思ひたまへられはべる。 かへりてはつらくなむ・・・・・・・・かしこき御心ざしを思ひたまへられはべる・・・・・・
我が御心ながら 以下帝の言葉。「御心」「思す」は、命婦が代わって伝えるので、命婦の帝の対する尊敬がこの表現となった。
あながちに あまりに強引であるさま、身勝手であるさま。しいて、必要以上に、異常なまでに。
人の契り 「人の契り」で一語。因縁。
しかなむ 母君の言葉「かえりてはつらく」を受けて「しか」とするが、その内容は 「今はつらかりける・・・」と更衣の早世への恨み。表現法が同じであるだけに、かえって内容の相違がきわだつ。(小学館セレクション)
長かるまじきなりけり 「まじ」否定の推量を表す。・・・ないだろう。「なりけり」指定の「なり」に回想・詠嘆の助動詞「けり」のついたもの。(多く終止形で)ある事実にあらためて気付き詠嘆する意を表す。・・・なのだなあ。「年たけて又超ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山」
世に (打消しの語を伴って)決して。さらさら。
人悪ろう (悪い)①(物の形、人の容姿などが)みっともない、見た目がよくない。②(品質・程度)劣っている、いやしい。③(行為・状態などが)ほめられない、好ましくない、人の道にはずれている。「ひとわる(人悪)」性格が悪いこと、また、その人。
かたくなに すなおでなく、ねじけているさま、偏屈。引用
ゆかしう ゆかしい(床しい・懐しい)①何となく知りたい、見たい、聞きたい。好奇心がもたれる。②何となくなつかしい、したわしい、心が引かれる。
うち返しつつ うちかえす(打ち返す)②くりかえす、反復する。
しほたれがちに 「しほたる」は、「潮垂る」。海女の袖が潮に濡れてしずくの垂れることが原義。悲涙に沈む、の意。
もよほし顔 もよおしがお(催し顔) ある感情をうながすような様子。誘うような気配。引用
「鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜あかずふる涙かな」 鈴虫が声の限り鳴き尽くす、それに促されて私も秋の夜長を泣き通しても涙は尽きない(新潮)/ 鈴虫が声をせいいっぱい鳴き振るわせても長い秋の夜を尽きることなく流れる涙でございますこと(渋谷)
「いとどしく虫の音しげき浅茅生に露置き添ふる雲の上人」 悲しみに沈んでいる宿に一層涙をお添えになる大宮人ですこと(新潮)/ ただでさえ虫の音のように泣き暮らしておりました荒れ宿にさらに涙をもたらします内裏からのお使い人よ(渋谷)
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かごと (託言) かこつけていう言葉、言いわけの言葉、口実。③恨みごと、不平、愚痴。
と言はせたまふ 母君が侍女に取り次がせて、すでに車の所にいる命婦に伝える。
御装束一領 更衣の衣装一揃い。「裳(も)、唐衣(からぎぬ)、濃張袴(こきはりばかま)これを女房の装束といふなり。包みに入れてとり重ねて給うなり。(雅亮装束抄)
御髪上げ 髪を結い上げる道具。櫛、鋏、鑷子(けぬき)、髪掻、耳掻などを入れた御櫛箱(みぐしばこ)をいうか。
さらにも言はず 改めて言うまでもない。もちろんである。
内裏わたりを朝夕にならひて 内裏あたりを毎日見なれ、住みなれて、よくその様子を知っているので。「内裏わたり」の「わたり」は軽くそえた語。「て」は原因。
いとさうざうしく そうぞう・し あるべき物やなすべき事がなくて物足りない、ものさみしい。当然あるべきものがなく満たされない気持ち。 物足りない、心寂しい、張り合いがない。現代の騒々しいとは別語。
うしろめたう 気がかりの意。若宮を手放す不安な気持ち。
すがすがとも あっさりとも。
壺前栽 「壷」は建物に囲まれた中庭。その植込みが「壷前栽」。これは清涼殿と後涼殿との間の 朝餉(あさがれい)の壷か、台盤所(だいはんどころ)の壷か。
心にくき 奥ゆかしい。①奥になにかあるようで強く引き付けられる。②奥ゆかしくすぐれている。
亭子院 本来は、京都市下京区西洞院通、今の東西両本願寺の間あたりにあった上皇の御所。宇多上皇がここに住んだので宇多上皇の通称となった。
枕言 まくらごと 平常いいならわした言葉。口ぐせに言う言葉。引用
筋 その物事につながりのある事柄・方面。引用
いとかうしも見えじ 帝の悲嘆惑乱を見せまいとする態度。
荒き風ふせぎし蔭の枯れしより小萩がうへぞ静心なきいとかうしも見えじ 荒い風を防いでいた木が枯れてからは、木蔭の小萩のことが気がかりです(新潮)/ 荒い風を防いでいた木が枯れてからは小萩の身の上が気がかりでなりません(渋谷)
乱りがはしきを 不作法であるのを、気を取り乱している時だから致し方ないと。「あらき嵐」の一首は、源氏の祖母が一人で源氏世話していて、帝を眼中に置かぬ如き態度である。故に「乱りがはし」と言った。(岩波)帝の「宮城野の・・・」の歌への返歌。「かげの枯れし」は更衣の死、「小萩」は若宮。母と子の関係だけで、父帝の存在を無視したような発想の歌。(小学館)
御覧じ初めし年月 更衣を初めて見た頃。
時の間もおぼつかなかりしを 更衣なしには片時も不安だったのに、死別後の月日の経過に気づいて驚く気持ち。
尋ねゆく幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく 更衣の魂を捜しにいってくれる幻術士がほしい。人づてにでも、魂のありかが知れるように(新潮)/ 亡き更衣を探し行ける幻術士がいてくれればよいのだがな、人づてにでも魂のありかをどこそこと知ることができるように(渋谷)
雲の上も涙にくるる秋の月いかですむらむ浅茅生の宿 宮中でさえ涙に曇って暗く見える月が、どうして草深い宿で澄んで見えよう(新潮) 「雲の上」は宮中の意。/ 雲の上の宮中までも涙に曇って見える秋の月だましてやどうして澄んで見えようか、草深い里で(渋谷)
通ひたりし容貌 似かよう。相通じる。引用
うるわし 王朝時代には、この語は、端麗な美しさ、きちんとした美しさ、立派な等の意味を表す。(玉上)
なつかしう なつかし やさしい、柔和な、親しみがもてる、人好きがする。(玉上)「なつか・し」 【懐かし】①心が引かれる。親しみが持てる。好ましい。なじみやすい(学研古語)「なつかし・い」懐かしい ①そばについていたい、親しみがもてる。②心がひかれるさまである、しっくりとして優しい感じである。③かわいい、いとしい(広辞苑)。
らうたげなりしを らうたげ 「なつかし」とともに、楊貴妃の「うるはし」に対立する語。かわゆい。(玉上)「らうた・し」かわいらしい。いとおしい。いじらしい。かれんだ。(学研古語)「ろうたし」(「労甚(いた)し」の意)いたいたしい、いじらしい、いとおしい。(広辞苑)
あさましう あさま・し 意外である、驚くべきさまである。
思ひわたり 思い渡る 長い間思い続ける。
思ひ念ぜめ 心がけるほうがよい。思惟の「む」に「こそ」や「なん」が伴うときは、希求の意となる。
よそふべき方ぞなき くらべる事のできる方法がない。
もののみ悲しう思さるる 何もかにも、自然に悲しくお思いなさるのに。
いとすさまじう、ものし あてつけがましいと不快に思う。(遊びを)「いと、すさまじう、物し」と、(帝は)聞こし召す。興味なくいやらしいと。「物し」は「物々しくていやである」の意。
かたはらいたし 傍らにいて心が痛むの意。気の毒である、そばで見ていていやな気がする。引用
おし立ち 押し立つ 無遠慮なふるまいをする、我を張る。引用
かどかどしき 性格・態度などにかどがある、とげとげしい。引用
ことにもあらず思し消ちてもてなしたまふなるべし 事あるごとに帝の悲しみなど無視してふるまうのであろう。「べし」確実な推量。
べかめり (べかんめりのんが表記されない形)・・・のはずらしく思われる。
聞こし召さず 「聞し召す」①聞くの尊敬語。お聞きなさる。③「飲む」「食う」などの尊敬語。お召し上がりになる。
朝餉 あさがれひ 女房が給仕する。朝餉の間での簡略な食事(粥・干飯など)。朝に限らない。
けしき ⑥様子をつくろうこと、そぶりをすること。
大床子 たいしょうじ 昼の食事で殿上人が給仕する。
御膳 おもの 「御物」天皇・貴人の召上り物。
いと遥かに思し召したれば ご自分から遠く離れている、関係がないと。召しあがろうとなさらないこと。
陪膳 ばいぜん・はいぜん 宮中で供御を奉るとき、膳部の給仕をする、またその人。引用
たいだいしきわざ たいだいし 厄介である、不都合である。
清らに 「きよら」は最上の美。
およすげ およすぐ 成長する。引用
いとゆゆしう 忌忌しい・由由しい 神聖または不浄なものを触れてはならないものとして強く畏怖する気持ちが原義。⑤そら恐ろしいほどにすぐれている。引用
さばかり思したれど、限りこそありけれ 帝は若宮をあれほど寵愛なさったが、制約があったのだと。「限り」は朝廷内の制約。
うけひく 受け引く。承諾する。うべなう。
おはすらむ所にだに尋ね行かむ せめて更衣を、今いるあの世に探しに行こう。
見たてまつり置く みおく「見置く」③見捨てておく、残し置く。
らうたう ろうたし かわいらしい。
さし放ち さしはなつ(差し放つ) 遠ざける、ほうっておく。引用
なずらひ 準ずる、くらべる。
隠れたまはず 女性が男性と対面するときは几帳を隔てたり、扇で顔を隠したりしたが、若宮はまだ幼少なので顔を隠さない。
なまめかしう 「なまめかし」は、みずみずしい新鮮な美しさが原義。この時代には一般に気品ある優雅な美しさをいう。/
うちとけぬ 打ち解けてしまう。「ぬ」助動 話し手がしようとしたのではなく、動作・作用が自然と移行し、完了することを表す。・・・してしまう。
遊び種 あそびぐさ 遊び相手。
わざとの御学問 殊更に、表立ってする学問。漢文・漢詩即ち一般にいう漢文。
うたて ますます甚だしい。
相人 人相を観察して将来を占う人。
右大弁 弁は太政官の三等館。左右に分かれそれぞれ大中小がある。
宇多の帝の御誡 寛平の御遺戒。宇多天皇が幼少の醍醐天皇に譲位するにあたり、心得とすべきことを書き残したもの。外国人と会う場合は、御簾を隔てて、直接対面してはならないと誡めている。やむを得ない時の他は宮中に入れなかった。
そなたにて見れば 「そなた」とは「国の親となりて、帝王の上なき位にのぼるべき相」
あたらし 惜しい、惜しむ。
親王となりたまひなば、世の疑ひ負ひたまひぬべくものしたまへば 親王には皇位継承権が留保されている。若宮を親王にすると、東宮に立てるつもりかと他人に疑われ、政争に巻き込まれやすい。
際 際だって、格別に。程度、ほど。引用
源氏 皇子・皇孫を臣籍に降下するとき「源」の氏を賜るのが当時の風習。
なずらひに思さるるだにいとかたき世かな せめて桐壷更衣に似た者として、帝が自然にお思いになる方でも、全くありにくい世の中であるよ。「なずらう」肩を並べる、類、なぞらう。
かしづききこえたまふを かしずく 子供を大切に育てる。
いはけなく いわけなし 子供らしい、あどけない、おさない。引用
いとようおぼえて おぼえて 「思う」の受身形、思われる。それより「似ている」という意味になることもある。ここはそれ。
ねむごろに聞こえさせたまひけり 礼儀をつくしてお申し入れなさったのである。
さがなくて 意地悪だ、たちがわるい。
おもひなし 「思ひなし」だけで慣用句的に、「思ひなしにや」(気のせいか)の意に用いられる。
うけばりて うけばる(受け張る)他にはばからず事をおこなう、わがもの顔にふるまう。
あやにく あやにく(生憎) 予期に反して、思うにまんせぬ、程度がはなはだしい。
源氏の君は 前段で、帝が皇子を源氏にする決心をした。その後、臣籍降下したものらしい。
御あたり去りたまはぬを 常に桐壷帝の傍らから離れない。帝がそのように近侍させる。
うち大人びたまへるに どの御方も若盛りを過ぎた年配になっていること。
なづさひ見たてまつらばや 「なづさふ」は、なれむつぶ意。
どち 仲間、友だち。
あやしくよそへきこえつべき心地なむする 藤壺が桐壷更衣に似ているので、藤壺を源氏の母君に見立ててしまいそうだとする。
よそへ=「寄そふ・比そふ(よそふ)」の連用形、なぞらえる、比べる。関係づける、かこつける。
聞こえ=「聞こゆ」の連用形、謙譲語。動作の対象である藤壺を敬っている。桐壷帝からの敬意。
「よそ・える(比える・寄える)」かかわりをもたせる、関係ありとする。ことよせる。なぞらえる、くらべる。
「不思議に(あなたを光源氏の母親に)なぞらえ申し上げても良いような気持ちがします」
なめしと思さで 「なめし」は無礼の意。
かよひて 「かよう(通う)」④似かよう、相通じる。
似げなからずなむ 「にげない(似気無い)」似つかわしくない、ふさわしくない、つりあわない。
聞こえつけたまへれば 「言ひつく」(頼み込む)の謙譲語。
ものし 物し 厭わしい、気障りである、不愉快だ。
変へまうく思せど 変えま憂く思せど(岩波)成人の姿に変えるのがつらい、の意。うい(憂い)(動詞の連用形に付いて)・・・したくない、・・・しずらい、などの意を添える。
元服 男子の成人式。角髪(みずら)を解いて髻(もとどり)を結い、冠をつけて闕腋(けつてき)の袍(ほう)から縫腋(ほうえき)の袍(ほう、衣冠束帯のとききる上着、うえのきぬ)を着る。
居起ち思しいとなみて 座ったり立ったり、忙しく考え営んで。 「居立つ」 すわったり立ったりする(気にかかってじっとしていられない、熱心に世話をする、さま)。「おぼす」(思す) 思うの尊敬語。「いとなむ」(営む)忙しく仕事をする、せっせと務める。
引用
よそほしかりし 装いがおごそかで美々しい、ものものしい。
響き 世間に広く知れ渡ること、評判。うわさ。
角髪 みずら 「耳鬘(みみづら」の約といわれ髪を頂きの中央から左右に分け、耳の上で結び、その余りをわがねておく少年の髪型。
申の時 午後四時頃。
かうぶりしたまひて 儀式がすすみ、加冠をすませた。
下りて拝したてまつりたまふさま 清涼殿の東庭に下りて帝に対し謝意をこめた拝舞をする。再拝(笏を両手で持ち、捧げて頭を下げる。これを二度)笏を地上に置き、立って左右左と、身をひねり、それから座って左右左。笏を取って小拝、終わって立ち上がって再拝するのである。
きびは きびわ うら若くかよわいさま、幼くて痛々しいさま。
あげ劣りや 元服して髪をあげたため容貌が以前にくらべて見劣りすること。
引入の大臣 「引入れ」は髻を冠のなかに引き入れることで、元服のときに冠者に冠をかぶせる役。左大臣が務めた。
皇女腹 左大臣の北の方は桐壷の帝の妹宮である。この北の方に「むすめ」(葵の上)と、蔵人少将(後出)が生れている。
添ひ臥し 東宮や皇子の元服の夜、公卿の娘を添臥させる例があった。
さぶらひ 前出の「御休所」。
気色ばみ 意中をほのめかす、様子を顔色にあらわす。
もののつつましきほどにて 何かと恥かしい年齢。「つつまし(慎む)の形容詞化」ある事柄をしたり、ある状態を他に知られたりすることが遠慮される。気恥ずかしく感じられる。
あへしらひ 応答すること。挨拶。
大袿 おほうちき 内着 表着の下に着たもの。大きめに仕立てた禄用の袿。着用するときは、身体に合わせて仕立て直す。
御衣一領 表衣(うえのきぬ)・下襲(したがさね)・表袴(うえのはかま)の三つをいう。
いときなき初元結ひに長き世を契る心は結びこめつや 幼い冠者がはじめて結ぶ元結いに、あなたの姫との末長い仲を約束する気持ちを結びこめたか(新潮)/ 幼子の元服の折、末永い仲をそなたの姫との間に結ぶ約束はなさったか(渋谷)/「初元結い」元服の時、初めて髪を結うために用いる紫色の組紐。
結びつる心も深き元結ひに濃き紫の色し褪せずは御衣一領 深い心をこめて結びました元結いに、その濃い紫の色さえ変わらなければ。源氏の君のお心が変わらなければと存じています。(新潮)/ 元服の折、約束した心も深いものとなりましょうその濃い紫の色さえ変わらなければ(渋谷)
長橋 清涼殿から紫宸殿に渡る廊。ここから清涼殿の東庭に降りられる。
折櫃物 元服者から帝への献上品。檜の薄板を折り曲げて作った器に、肴の類を盛り付けたもの。
籠物 籠のなかに五果(柑・橘・栗・柿・梨)そ入れ、木の枝につけたもの。
きびは うら若くかよわいさま、幼くて痛々しいさま。
作法 婿として源氏を迎える儀式。結婚の儀式。
過ぐしたまへるほどに 葵の上はこの時十六歳、源氏は十二歳。
いづ方につけても 父方母方どちらにつけても。父は帝の信任があつく、母は帝と同じ腹の妹。
つひに世の中を知りたまふべき (ゆくゆくは)この世を治めなさるはずの(右大臣)
劣らずもてかしづきたるは 右大臣が、左大臣の源氏に対するのに劣らず。「かしずく」①大切に育てる。②世話する、後見する。
あはひ 物と物、また、人と人の組み合わせ。(多く衣装の配色や人間関係にいう)釣り合い。間柄。
見め 「見る」は妻として逢う。
大殿の君 葵の上。「大殿」は大臣の館の尊称。
ただ今は幼き御ほどに、罪なく思しなして、いとなみかしづききこえたまふ 今は子供だから、罪がないとお思いなされて、なにやかやと源氏を大切にお世話する。
御方々の人びと 源氏と葵の上の女房。並々ならぬ人材を集めた。
おほなおほな思しいたつく 「おほなおほな」おとなげないほどに、人目もはばからずに。「あふなあふな(危ふな危ふな)」とは別語か?「いたつく」いたずく(労く)心を労する、骨折る。気をつかって世話をする。
淑景舎 しげいさ かっての母の御息所が局としていた桐壷。
御曹司 宮中で女官や役人の宿直・休憩のために与えられた個人室。
まかで散らずさぶらはせたまふ 御息所づきの女房たちが宮仕えをやめて、散り散りになろうとしたのを引きとどめ、そのまま源氏に仕えるようにさせた。
里の殿 桐壷更衣の里邸。祖母死去(源氏六歳)以来ほとんど人が住んでいない。後に二条院と呼ばれる。帝から大修理の宣旨が下った。
二なう 二つとないくらい立派に。
思ふやうならむ人 理想どおりの人。藤壺その人でなくとも、藤壺のような人がいるならばその人を、の意。
※ 引用と注記しているのは、広辞苑に引用されているとの意味である。たまたま見つかった語をのせました。
公開日2016年4月29日