余剰次元について
『ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く』(リサ・ランドール著 向山信治監訳 塩原通緒訳 日本放送出版協会 2007年6月)
を読んだ。といっても理解できたの前半までで、後半はほとんど理解できなかった。しかし読後感は残っている。一言でいって、
驚きである。
リサ・ランドール(1962年6月18日〜)は女性初の終身在職権をもつハーバード大学物理学の教授である。1999年に
ラマン・サンドラムと共同で論文を発表した。その論文の内容を一般向けに解説したのが本書である。いわば現代物理の最前線
からのリポートである。このような主題を一般向けに書くこと自体、大変な忍耐と困難を伴うことだろう。まずそのことに驚き、敬服する。
著者によれば、政府から助成金をもらっているから、担当者に何を研究しているのか分かるように説明する必要もあったと
述べているが、それにしても3年をかけて書いたそうです。600余頁の大部な本であり、読み通すことが一つの体験である。
あるところで、現役の物理の教授が、この本を読むのに二週間かかったと述べている。
われわれはたまたま三次元空間(時間を入れれば四次元)に住んでいる。しかし三次元である必然性はないという。さらに高次元
の空間があってもしかるべきであると著者はいう。日本語訳のサブタイトルには五次元時空と訳されているが、著者は特に五次元と
いっているわけではない。余剰次元(extra dimentions)とのみいっている。この発想はどこから出てきたのであろうか。
説明によると、現代物理の未解決案件のひとつに、階層性問題というのがあるそうである。これは自然界のなかの四つの力
(重力、+ と- を引き付ける電磁気力、原子核のなかで陽子と中性子を結び付けている強い力、原子核のなかで核子が崩壊する弱い力)
のなかで、重力が極端に弱い理由はなぜかということだそうである。重力だけが三次元空間から余剰次元に伝達することが
できるので、余剰次元が歪曲していれば重力がそちらに染み出して、三次元の重力が弱くなっていると説明されている、ここのところは
私にはよくわからないのですが。このことは「ワープする宇宙(Warped Passages)」という本書の題名にもなっているので、
この本の核心をなしている、と思われます。歪曲した通路を伝って強い重力が余剰次元に伝達されて、三次元には弱い重力が残る
ということでしょうか。
また三次元空間と余剰次元の間にはブレーンと呼ばれる境界があり、それは余剰次元から見れば、われわれの住んでいる空間は
膜のようにブレーンに張り付いているとイメージすることができる。著者は具体的な説明として、浴室のなかのカーテンをあげる。
われわれは浴室のなかでカーテンについた水滴のような状態でカーテンに張り付いており(ブレーンに張り付いている)、浴室全体が
バルクと呼ばれる余剰次元であると想像できる。またパンを何枚にもスライスして、一つ一つのスライスされたパンがわれわれの世界で
あり、パン全体の空間が余剰次元であるとも説明する。われわれのような宇宙が沢山ある可能性も示唆されている。
次元が違ったものでも、見え方は異なるが、その痕跡は見えるということを著者は、19世紀の小説『フラットランド』を引き合いに
出して説明する。これは二次元つまり平面世界の住人を書いた物語で、この住民が三次元物体である球面が上から降りてきて下へ
通過するのを見ると、平面での切り口である大小の円が見えるというものである。このようにして、CERNで稼動を始めたLHC(大型
ハドロン衝突型加速器)では、余剰次元の仮想粒子であるKK粒子(カルツァ・クライン粒子)の痕跡が現われる可能性を示唆している。
こうして余剰次元の存在が、大型加速器の衝突実験で証明されること可能性があることをくり返し強調している。
最先端の物理理論に、超ひも理論というのがある。著者はここからもその成果の一部を借用して理論構築をしている。
このひも理論では10次元あるいは11次元が現われるそうである。粒子の根源はひもの振動によって成り立っているとする理論で、
ひもの長さは「プランクの長さ」(10-33 cm)のものであるから、ひも理論は実験では証明できないという。
それに反して、三次元空間に現われるKK粒子や重力の動きを調べることにより、余剰次元の存在を実証できるとしている。
じつにSFのような世界であり、最先端の物理学者の説とも思えないが、こうした理論が現在の物理学者の頭脳から考えだされている
ことが、驚きである。
ちなみに1972年にノーベル物理学賞を受賞したシェルダン・グラショウはその著作『素粒子物理学に未来はあるか』のなかで、
超ひも理論を評して次のように言っているそうである。この本は是非読んでみたい。
これは「神学」であり「物理学」ではない
物理理論はどこまで行くのであろうか。すべてを説明しなければ、物理学者の好奇心あるいは探究心あるいは欲望あるいは功名心
は満たされないのであろう。・・・
追記 ハーバード大学のサイトに、リサ・ランドールが一般向けに書いた一連の記事の紹介がある。わたしのこの本の理解が
中途半端であったので、彼女の理論を少しでも理解するために、そのなかの一つを訳してみました。
リサ・ランドールの世界