定年・給与評価・出勤簿・・・すべて無し
— 社員の採用は先着順だそうですね
性別、年齢、国籍など一切関係なし。履歴書は見ません。周りにはトヨタ系など優良企業が多くてそれしかやりようがないから。
こんな小さな会社に来てくれてありがとうという気持ちです。でも、外れはありません。必ず、その人に合う職種がある。それを
見つけるのが経営者の務めです。元暴走族もツッパリもいます。みんな育っています。
樹研工業社長 松浦元男氏
— 普通の会社にあるいろいろなものがないとか
60歳定年制なし、出勤簿なしで残業は自己申告、出張命令も報告書もなく移動は全部グリーン車。海外にある12の合弁会社とは
契約書を交わしていません。口約束です。
新入社員には「遅刻しそうになったら遅れろ。事故を起こしたら馬鹿馬鹿しい」と言います。肩の力が抜けて遅刻はしません。
ルールを作ると、チェックする役目が必要になります。その方が無駄。社長交際費はゼロです。上が倹約していれば社員も無駄遣い
しません。要は社員と経営者の信頼関係です。
合弁会社には生産システムは絶対に守ってもらいますが指導料は取りません。為替が円高に振れた時、合弁会社からの支払いが
あったら、差益分の数千万円を即刻返済しました。余分なもうけですから。これを何回か繰り返せば信用してくれます。
— 給与評価もないそうですね
年齢が同じなら給与は同額という年齢序列賃金です。中途入社は実年齢マイナス2年が退社まで続く。違うのは役職手当がつくか
どうか。それも同年齢は大体同じ役職につけます。結婚退社した女性社員が復帰することもありますが、いなかった間も昇給していた
とみなします。
十数年前、コンサルタント会社に賃金設計してもらいました。営業とか製造とか職種ごとにランク分けし職種内では相対評価。
すると、職種を動くと自動的に下がる人が出たりして不満が出て雰囲気が悪くなりました。中小企業では職場への帰属意識が一番大切
です。それに、みんな素晴らしく働くから評価の優劣がつけられない。2年でやめました。
評価付けすると、先輩が後輩に技術を教えなくなる。給料で追い越されるのはいやですから。でも年齢別なら安心して教える。
最先端の仕事を任され技術を磨けたのもが仲間が別の仕事をこなしてくれたからこそ。給料が同じだと文句を言ってはいけません。
— それでやる気になる?
みんながそばに来て「すごいな」と言ってくれる。尊敬され大事にされる。それが最大の評価でしょう。
朝日新聞夕刊2009年6月3日
1.5億円の「衝動買い」支えた財務体質
— 常々、中小企業は財務体質を強くすべきだと説いています
73年の石油危機で気づきました。事業を拡大しようと土地を買い建物を建てたところで石油危機。車、使っていない機械、在庫や
材料をすべて売りました。何でも売り払う私に不安を感じたのか半分近い社員が辞めました。徹底して資産を圧縮した私を、後に東海
銀行(現・三菱東京UFJ銀行)の専務になる石原敏夫支店長が「よくここまでやった。後の資金繰りは全部面倒を見てやる」と応援して
くれました。そこで自己資本の大切さを肌身で感じたのです。
— 自己資本を厚くするには、利益を上げる以外にないのでは
そうです。だから、徹底して無駄なコストは省きます。現にお茶を出していないでしょ。出張を全部クレジットカード払いにした
のも、伝票の管理をカード会社に任せる合理的選択です。配当と役員賞与は絶対認めません。会社は従業員と経営者のものであって、
株主のものではない。
「税金を払う代わりに経費で落として楽しもう」と、高級車を買ったり、うまいものを食べたりして会社に請求する。でも、
その経費は100%会社から消えます。逆に税金は我が社の場合は45%取られるけれど、残りは内部留保になる。だから「税金の方が
経費より安い」と言っています。
おつきあいの借金が増えたので少し落ちましたが、それでも自己資本比率は50%超あります。銀行などに遠慮せず、自分の判断で
設備投資できます。ナノ切削の機械を買ったときも豊田工機(現・ジェイテクト)から電話があって、細かな質問をしているうちに
いけそうだと思い、値段も聞かずに現物も見ずに購入を即決しました。8千万円くらいかと思っていたら1億5千万円近くしたので驚き
ましたが、「衝動買い」も自己資金の余裕があればこそです。
この大不況で売り上げは急減。最近は最盛期の5割です。でも徹底した合理化で損益分岐点は低いし、充分な自己資金があるので
「売り上げ半分が10年続いても倒産しない」と社員に言っています。
— これからの目標は?
自己資本比率を65%に上げたら引退します。それにしても日本は法人税が高い。企業が国外に逃げ出します。経済を活性化する
には、実効税率をせめて欧州なみの30%程度まで引き下げてほしい。その代わり年金の企業負担は引き上げてもいい。原価償却の期間も
機械類で10年ではなく5年、研究開発なら3年に縮めてほしい。これまで国内で技術開発を続けてきましたが「次は海外かな」と半ば
本気で経営者仲間と話していますよ。
朝日新聞夕刊2009年6月4日
人生の贈りもの 樹研工業社長 松浦元男(73) (聞き手・畑山剛毅)