ある日、授業中、学生に妙なことを訊かれた。『ローマの休日』の場面で、アン王女が新聞記者のジョーに "I almost forgot...can you lend me some money?" (忘れるところでした・・・お金を少し貸していただけますか)というセリフがあるのだが、「疑問文はsomeではなくて、any じゃないといけないと教わったんですけど、この英語はいいんですか」という質問だった。
まさか今時そんな教え方はされていまいと思ったのだが、クラス全体に訊いてみたところ、みな、なんと「some は肯定文、any 疑問文や否定文に使う」と、英語の常識のようなものとして現に教わってきたという。
こんな根拠のない「ルール」はいったい何なのかと不思議に思ってさっそく日本の英語文法書を調べてみると、さらに驚くべき説明文に出会ってしまった。日本語にたとえてみれば、まるで「助詞“は”と“が”:“が”は肯定文、“は”は否定文・疑問文に用いる。例:1)彼女がいます。2)彼女はいません。3)彼女はいますか」のような説明だったのだ。
が、まず some と any の本当の使い分けは何だろう。簡単に言えば、some は「いくらか、いくつか」であり、any は「いくら(で)も、いくつ(で)も」だ、ということに尽きる。だから疑問文の場合、たとえば「お金をいくらか貸していただけるか」なら、当然 "Can you lend me some money?" というが、「いくらでもいいから、ほんの少しでも貸していただければ助かるわ」といった感じの場合なら、"Can you lend me any money?" と言う。
否定文の場合、たとえば「必要な材料は、いくつか提供してもいいよ」ということなら、"I'll supply you with some of the necessary materials." と言うが、「必要な材料は、どれでも提供していいよ」という場合は、"I'll supply you with any of the necessary materials." となる。つまり、some と any は、それぞれ意味が異なり、その使い分けは、肯定文・否定文・疑問文などには何の関係もないのである。