カナンはあらゆる災いをもって征服され、アシュケロンは連れ去られた。これは、カナンの地におけるイスラエルという集団の存在に言及する最初の聖所外資料である。しかも興味深いことに、他の地名とは異なり、このイスラエルという集団には、都市(国家)や地方ではなく民族集団を表す決定詞(語句の意味を示す、発音されない記号)が付けられている。このことはこの集団がはっきりとした国家の態をなしておらず、またその領土も明確でなかったことを示唆している。なお、前章でも述べたように、いわゆる出エジプトに当たる出来事は、このメルエンプタハかその前任者ラメセス二世の時代に起こったと考えられるが、このことと、メルエンプタハ碑文に「イスラエル」と呼ばれる民族集団が言及されることが、直接歴史的に関連するとは限らない。出エジプト集団が少数で、後のイスラエル全体の一部にすぎないとすれば、出エジプト以前に、すでにカナンの地に「イスラエル」という集団が存在したとしてもおかしくないからである。
ゲゼルは捕らわれの身となり、ヤノアムは無に帰した。
イスラエルは子孫(ないし種)を断たれ、フルはエジプトにために寡婦とされた。
『聖所時代史 旧約篇』 山我哲雄 岩波現代文庫 岩波書店 2003年2月