今月の言葉抄 2014年3月

カデシュ・バルネアー38年間の放浪?

聖書は、イスラエルの人々が続く38年間を、カデシュもしくはカデシュ・バルネアと呼ばれる地で過ごしたことを暗に語っている。「カデシュ(kadesh)」 という語は、「聖なるもの」あるいは「分離」を意味するヘブライ語であるが、「バルネア(barnea)」の語源はわかっていない。この言葉自体が曖昧 なのだが、詳しい描写がないため、カデシュ・バルネアの場所を特定するのは難しい。19世紀には、カデシュ・バルネアはヨルダン渓谷ではないかと考えられ、 そのあたりで集中的に調査が行われた。聖書を読むと、現在のヨルダン山脈に位置するエドムとの境にある、と解釈することもできるからだ。20世紀初めには、 シナイ半島北部との考え方が考古学者たちの間で有力になった。1914年には、のちにウルを発掘したレオナルド・ウーリーと考古学者でありイギリスの情報将校 であったT・Eロレンスが、カデシュ・バルネアはアイン・エルクデイアだと明言した。シナイ半島で最も水に恵まれた豊かな土地で、何十年にもわたって多くの 人口を支えるのにふさわしい場所だというのがその理由だった。以来、この説が広く受け入れられている。
・・・
このあたりで緑がある唯一の場所は、ワディ・フェイラーンよりもはるかに小さな、樹木のまばらに生えたオアシスで、低い山の反対側にある。
「あれがアイン・エルクデイラだよ」アヴナールが教えてくれた。
「壮観とは、とても言えませんね」
「シナイ半島南部の立派なオアシスとは違うよ。
この地域で注目すべき特徴は、泉を取り囲む何もない平地だった。「古代世界では、地中海とアカバ湾をつなぐ道はここを通っていた。それで現在の 国境もここにあるわけだ」とアヴナールが説明してくれた。ほかの多くの地域と同様、国境の線引きには術策が絡むものだ。ネゲブ側は高地が続くのに対し、 シナイ側は平坦である。第一次大戦前、エジプトとシナイ半島を支配してた大英帝国は、トルコとともに国境線の取り決めをした。その際、この地域の 大規模な調査を行っていた英国は、主要な水源であるアイン・エルクデイラが平地ではなく丘陵地にあることを知っていた。そこで、地中海とアカバ湾 を結ぶ国境線は、水源を取り込むために二箇所だけ湾曲している(そうでなければ直線になっていただろう)。イギリスは国境裁定交渉におけるチャーチル の役割にちなんで、「ウインストン・チャーチルの指節(ナック)」呼んだ。
・・・
聖書研究者の間では、アイン・エルクレイダをカデシュ・バルネアと見るのはまず正しいこととされている。イスラエル人の砂漠の行程を考察した ほぼすべての論文が(学者によるものもアマチュア研究者のものも)、彼らはこの地域で38年間暮らしたと見ている。だが、それは疑う余地のないほど 確固とした説ではない。・・・
・・・

『聖書を歩く』ブルース・ファイラー著 黒川由美訳 原書房 2004年5月

更新2014年3月4日