ヘブライ語聖書の世界
ヘブライ語聖書の世界には、強い現実肯定と生きる意志とが前面に出ています。
はかなさといった感覚は、見当たりません。 — 人間は土から作られ、死んだら土に戻る。この世界は永遠の神が創造されたものであり、世界も人間もやがて壊れゆく
存在に過ぎない。生きている間に、創造主の神を讃えよう — この人間観・死生観は、古代ギリシャの転生する魂(プシュケー)や世界を支配する法則(ロゴス)
といった抽象概念からは遠いものです。世界の背後に転生する魂があるとか、世界をつかさどる法則があるという感覚は、ヘブライ語聖書の世界にとっては全く異質であり、
世界をつかさどる法則のほうは父なる神に帰することとして若干触れられているていどだったのです。
ヘブライ語ではとても具体的な身体表現がたくさん用いられています。それは現代でも同じです。聖書には喉や鼻といった体の語彙が多く使われている
のですが、ギリシャ語・ラテン語へ翻訳されていく過程で、喉は魂に、鼻は怒りにと、抽象的・精神的な世界に変換されていきました。詩篇103のダビデの詩を見ましょう。
わが喉(息)よ、主をたたえよ、わが内側(内臓)の全てよ、主の聖なる名を
わが喉(息)よ、主をたたえよ、忘れるな、主の計画の全てを
新共同訳では次のように訳されています。
わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。
わたしの魂よ、主をたたえよ、主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。
ヘブライ語の強い音、言い切りの強さ、具体的な体の語彙、そのどれもが典型的なヘブライ語の世界です。新共同訳聖書の日本語は、説明文のような素っ気なさが
気になります。原文は「わが内側(内臓)よ」とか「忘れるな」という力強い語彙の詩なのです。・・・
『キリストの理解 ヘブライ語聖書から読み解く』 山口勇人著 イザラ書房 2008年7月
更新2014年1月25日